#11 春原夏目
真海との最後の言葉を交わしてから、早くも1週間の時が流れた
真海の作るお弁当を拒絶してからと言うもの、俺の生活風景は見違える程に様変わり
────結論から言おう
これからの生活においては、彩華を頼り、生活を手助けしてもらう事にした
当然、葛藤もしたけどな
⋯⋯このままではダメ人間コースを一目散に突っ走ってしまうと、俺の心に残っていた"努力"と言う名の2文字の人格が訴えた
⋯⋯俺の意志の弱さが、こういう形で如実に尾を引いてくるとは思わなかった
そこから彩華に、上手い具合に口車に乗せるかのような説得を施され、俺は詰まるところ、口達者な彩華に丸め込まれたって訳になる
⋯⋯現在は土曜日の休日で、俺と彩華は揃って別々のフリーな時間を過ごしている
土日だけは、互いの関係に縛られず会わないフリー時間を尊重し合おうって、予め取り決めておいた
彩華はそんな物要らないと最初は突っぱねてきたが、あまり深く介入し過ぎるのもよろしくない⋯⋯
それに、真海と揉めてからそこまで大きな時間が経っていないってのも大きい
傷心冷めやらぬまま次の恋愛は正直⋯⋯って感じで、精神的負担も考慮しての判断
真海に関してなんだが、あの日からかなり落ち着きを見せ始めた。精神が休まって嬉しいっちゃ嬉しいけど⋯⋯
あの出来事を境に、真海からはめっきり声を掛けられなくなった
彩華が出入りするのを見ていない訳はないんだが、俺の家どころか俺の前にも姿を見せなくなって、正直何だか拍子抜けだ
⋯⋯まぁ、そういうもんだってのは分かってたけどいざそうなると込み上げてくるものもある
ただ、奇妙なのは真海が行動しなくなってから、誰かに見られてるって感覚が多くなった事か
聞けば彩華も帰り道に、背後から何者かの視線を感じると言っていた
俺と彩華はそれを深刻に考えなかったが、それでも身を案じて極力一緒に帰る事を徹底している
〜
「彩華、何やってるかな」
自分の部屋でくつろぎ、休日の朝をのんびりと楽しむ
彩華とのやり取りをボケーッと眺めて、何気なく独り言を呟いた
今日は何食べるの?と送られてきた彩華のメッセージに俺は嘘偽りなく、コンビニ弁当かなと返信する
休日時は俺の家に来ない彩華とは、基本的にはALINEでこまめに連絡を取り合っている
彼女の既読速度は凄まじい⋯⋯真海の返信が最低でも3時間程度後に来るとして、対して彩華のメッセージは何と10分も掛からずに帰ってくるのだ
社会人に必要な報連相ってのもよく出来ているようで、連絡が出来なくなる時はしっかりとその旨を伝えてくれる
小馬鹿にするみたいに俺をからかってはいても、やはりれっきとした優等生であるとしみじみ分からせてしまう
あれを世間ではギャップ萌えって言うのだろう⋯⋯
そして俺がメッセージを送ってから3分と経たずに返信が来た
随分と脅しじみたメッセージが届く
『そうやって横着ばかりしてっ!そんな食生活なら、今からにでもそっち行くよ?』
⋯⋯必要以上にお節介なのは真海と通ずる所があるんだよな
しかしその指摘は確かに的を射ているし否定しようにもできねぇ⋯⋯
あの真海が俺の今の食生活を見た日には、間違いなくその日の俺は長時間の説教で疲れ果てる事間違いなし
私がいなきゃあんたは〜と小言から始まり、過去の失敗談の振り返り大会が始まって⋯⋯とにかくそれが長いのなんの
まぁ彼女が、俺にとってかけがえのないありがたかった存在なのは紛れも無い事実だが
んで問題のその食生活⋯⋯
朝はトーストを貪る、それはいいんだ
それだけならまだ普通なんだが問題は昼からの食事で、そこからコンビニ弁当、カップ麺と質と栄養がどんどんと悪くなっていく
⋯⋯うわ、今一度冷静に思い直してみると説教されても反論できないぐらい、かなり栄養面が偏り過ぎてるな
これ以上続けて、タダでさえ冴えない面にニキビが出来て不細工に拍車はかけたくないし⋯⋯
う〜ん⋯⋯
「たまには自炊、してみるか⋯⋯」
部屋に掛けてあった時計で時間を確認
栄養の偏りを直すことを口実として⋯⋯率直に言うと彩華を驚かせて、料理ができると見直させてみたい
そう思い立った俺は、財布とスマホをポケットに突っ込んで、ある場所へと向かう事を決めた
〜
俺が向かったのは近場では有数のスーパー
主婦の味方と名高いこのスーパーの品揃えは、学生の俺からしても分かる素晴らしさ
真海の買い物に付き合わされたりと、不憫な俺の思い出が残っている⋯⋯
だけどお誂え向きな状況の事に、なんと今日は俺一人の買い物
「さ〜てと、まずは野菜からだが⋯⋯」
青果コーナーに訪れて、今日の副菜として使う野菜にさらっと全体に目を通す
そう難しい料理は作れないが、煮物や炒め料理ぐらいなら真海に教わった
その知識を上手く利用して、味はともかく見た目だけでも出来る風な料理を作るには⋯⋯
「あら、裕介くん?」
ん⋯⋯?
「珍しいですね。今日は裕介くんひとりでお買い物ですか?」
突然、後ろから声を掛けられた
手に取ったキャベツをカゴに入れつつ、直ぐに振り返ると、そこに立っていた人物は俺の知り合いだった
「あっ、夏目さん」
"春原夏目"さん
美人な容姿とお淑やかで几帳面な性格をした女性の方で、大人びた口調から来る艶やかな声に、俺はいつもドキッとさせられる⋯⋯
先輩に見えるが、俺達は3年生⋯⋯なんと、同級生なんだ
彼女に恋愛的な感情を抱いた事はないけれど、女性経験の薄さが悪さをしてるんだろう
「本日は真海さんとご一緒ではないのですか?」
夏目さんは、いつも一緒に来ている真海を探してその場で周囲を見通す
真海と彩華が年相応の"美少女"と表現するなら、生徒会長の身である夏目さんは"優しいお姉さん"と言えよう
「真海とは訳あって会ってないんです。夏目さんこそ、いつもの彼氏さんが見えませんけど⋯⋯」
気のせいだろうか、一瞬だけど夏目さんの手が震えたようにも見えた
「⋯⋯⋯」
うちの高校は何かと交際関係を持つ人が多い
夏目さんもその1人で、特に夏目さんに限ってはその彼氏と付き合っていることがデフォとして認知されている
所謂生徒公認カップルって奴だ
「あの人は本日友達の家でお泊まりで、私一人です。互いにおひとりなのでしたら、良かったら私と見て回ります?」
彼女は3年3組の生徒であるためこうやって話す機会がないが、雅俊と一緒によく会いに行っていたおかげで多少の交流があった
「そっちが大丈夫ならぜひ俺も一緒にお願いしたいかなって⋯⋯」
「畏まらなくても大丈夫ですよ。その様子⋯⋯きっと真海さんと喧嘩したのでしょう?」
思考を読まれているかのような感覚
夏目さんには真顔で全てを見抜かれた
喧嘩ではないが、1週間も話していないんじゃそれと言っても過言じゃない
もっと言えば、俺が辛いから一方的に避けてるだけなんだがな⋯⋯
「⋯⋯よく分かるなぁ」
「あまり元気がないように見えますからね」
夏目さんはそう言い、上品な足取りで俺の隣へ来て、野菜を手に取った
それは⋯⋯白菜か?
それはそうと、才色兼備の夏目さんなら⋯⋯もしかすれば料理の極意を教えてくれるかもしれん
ってか無理にでも頼み込んで教えて貰いたい所存だ。
真海を信用してない訳じゃないが、彼女だけの入れ知恵じゃ、どうにも心許ない
それに夏目さんの入れ知恵が加われば、これ以上に心強い物は無いし⋯⋯買い物がてら、必死に頼み込んでみるとしよう
しかし、夏目さん⋯⋯さっきの反応と言い、どこか隠し事をしているような感じがしてならないんだよな⋯⋯
目元がぎこちなく緩んでいて、心ここに在らずの表情
同行とか色々と教わるにしても、彼女の地雷を踏まないよう、常に細心の注意を払った方が良さそうだ⋯⋯
尤も、その地雷がどう言った所にあるかは全然想像つかないんだがな⋯⋯
俺も気まずいし、とにかく彼氏関連の話は避けておこう
思考を巡らせる俺、一方の夏目さんはそのまま白菜を3つほど買い物カゴに入れ、続けざまに俺の方を見てきた
「⋯⋯何か作りたい物でもあるのですか?」
俺から話を切り出そうと、タイミングを見計らっていたが、思わぬ展開に俺は動揺
「は、はい!ちょっと訳がありまして⋯⋯!」
このチャンスを逃すまいとなった俺は、気ますぐなっては軽く頭を掻く癖をしつつも、何とか自分のお願いを伝える事に成功する
お読み頂きありがとうございました!
新キャラクター、生徒会長の春原夏目。
いずれ言及予定ですが、あえて公開しますと彩華と真海、その両方とも面識があります。
ストーリーでは大きく絡める予定ですので、お楽しみに!
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