第59話 似合わぬこと(その1)
「ひゃああああ!大師様、殿下ぁ、この通り、どうか命ばかりはお許しをぉ!」
「あ〜……よせよせ!」
平身低頭、床に禿頭を擦り付けて謝罪のゾルグに、メネフはかえって困り顔。
「バカヤロウ、似合わねぇマネはやめろ!みっともねぇ……コウモリ女の術にやられたんだろ?なぁに、オレもあの馬におんなじようにやられた、二度もな!お前に偉そうに説教なんざ出来ねぇよ。
なぁゾルグ。詫びなら顔でも言葉でもねぇ、お前のそのよく利く腕と悪知恵でしてくれ。そいつが要るんだ、今のオレたちにはな。
……これからも頼むぜ?」
見上げるゾルグの目に流し込むようにそう一言。ゾルグは今はただ黙して、もう一度深く頭を下げた。その姿に大きくひとつ頷きを返し、さて次はとメネフは。
「テツ!」「うむ」
以心伝心、何用と巨人は問わない。即座にくるりと振り返る。その視線の先にあるのはあの神秘の槍だ。始め二枚の壁の間に埋められていたそれ。巨人は先に壁を破壊しその姿の大部分を露出させた、だが床に近い部分の壁は掘り崩さなかった。鼠たちとの戦闘中、槍を手放しで立てておけるように。
今は仕上げとばかりに、巨人はその爪の一撃を振るう。そして土台を失って倒れ掛かる槍をはしと受け止めて。
「アグネス!」「……え?」
だが今度はトントン拍子にいかない。ちょっとつんのめるようなテツジ、やれやれとメネフが助け舟を出す。
「どうしたアグネス?受け取れよ、お前の槍だぞ?」
「私の?いえ侯子殿それは……」
アグネスの奇妙な戸惑い。ゾルグとの戦いの最中には、彼女はあれほどその槍を欲した。だが、いざこうとなると……?
察したメネフはその顔にクスリと一つ笑いを投げて。
「おいおい!お前でなきゃ、誰がこれを使うってんだ?なぁ婆さん?」
「そうよアグネス……ええ、わかるわあなたのその気持ち。『畏れ多い』のでしょう?こんな偉大な品ですものね。
でも遜っては駄目。この魔城にこの聖なる槍が現れたのは、ただの偶然じゃない。きっと偉大な神の思し召し。あなたがこの槍に相応しいと、そう言って下さっているのよ」
「何しろ出てきたのが槍ってのがな。オレの槍の腕は多分アグネス、お前の剣よりヘナチョコだ。テツにゃそんなちまちましたもの邪魔なだけ、婆さんやベンじゃ今度は重くて持てもしねぇや。
……ゾルグ?ツラが悪くて似合わねぇ!」
「おっと殿下?そいつは聞き捨てなりやせん。そこは『品がない』ぐらいにしといていただかねぇと」
二人のその懐かしい軽口の掛け合いに、テツジがわははと短く豪傑笑い。そしてもう一度、アグネスの瞳を覗き込むように。
「皆の言うとおりだ。これはアグネス、初めからお前のために用意された槍なのだ。これはずっと、今日の日とお前を待っていたのだ!
……さぁ受け取れ」
巨人の大きな拳の中に掴まれた聖なる槍。ずいと目の前に突き出されたそれに、アグネスは恐る恐る手を伸ばす。彼女が槍の下に両掌をくぐらせ、震える指がかかったと見て、テツジはそっと手を離す。
「うむ、今度は俺から受け取ってくれたな」
満足げに微笑む巨人。アグネスは困り眉。前には、彼の好意を素直に受け取れなかった自らを恥じて。だが今は彼女も不器用な笑みを返しながら。
「ありがとう。テツジ殿、あなたにも誓います、この槍にかけて……この戦に私の全てを投じる、そして世とこの場の皆の力となって戦うと」
途端。パリリと軽い音と共に、槍の穂先から煌めきが一つ弾けた。
「おお……ワハハハハ!見たか、槍が喜んでいるぞ!」
巨人の快笑に皆も釣られる。ただゾルグのみがややバツの悪い顔だ。先程アグネスをいたぶったことだけではない、妖魔に操られる前からすでに彼は彼女を目の敵にし、密かに亡き者にしようと思っていたのだから……
その時。
「あれ?変だなこれ?」
みんなまた、何かむずかしい話をしてる。じゃぁおれは、と。その間ベンは一人、甲斐甲斐しく鏃と石を拾い集めていた。探して回ること一通り、大体こんなものだろうと皆の下に戻ってきたベンは、足元に転がっている壁の大きめのかけらを指さして。
「兄貴、兄貴、これこれ!見て、兄貴のしるし!」
「何だぁベン?俺の?」
小走りにそちらに向かったゾルグは、ベンの指差す物を覗き込む。砕かれた壁のその破片に刻まれているのは、確かにあの海賊文字のZ。
「でもこれ変。兄貴の字だけど、兄貴の匂いしない。それになんだかずいぶん……」
「古い、か?……そりゃそうだ……ベン、そりゃそうさ。こいつはな、俺が昔、ずっと昔ガキの頃に……落書きした……ハハハァ!」
破片をガツと掴み拾い上げ、天井高く差し上げて下から見つめる。喉から吐き出された乾いた哄笑は、やがて。
「ハハハ……俺はあの時!この城の宝のすぐそばまで来てたんだ!どおりで見つからねぇはずだ、まさか壁の中に……ガキの俺が夢にまで見た、テバスの城のお宝が……ハハ……」
やがて泣き笑いに変わっていく。
「あの時、俺にゃ宝を見つけられなかった。そりゃそうだ!旦那の言う通りなんだ、宝は、槍は……あんたを待ってたんだから。よかった、俺があんたを殺さずにいられて、あなたに……会えて。
……アグネス様、」
少女の前に跪くゾルグ。それは彼がメネフにも見せたことのない、恭順の姿。
「先程のわっしの狼藉、どうかお許しを。この上は……」
アグネスはものやわらかにそれを遮って。
「ゾルグ殿、私にもそのような謝罪は無用です。あなたはノーデルの正規兵で、侯子メネフ殿の直属。私のような外様の助っ人に、左様に遜るものではありません。
……侯子殿にまたお叱りを被りますよ、似合わぬことは、とね?」
クスリと一つ、いたずらな笑いを漏らすアグネスに。
「おっと!こいつは驚ぇた、一本取られやしたね。ですが、今のは……似合わねぇのはどっちですかい?」
ゾルグもこちらは得意の軽口でそれに報いる。アグネスとゾルグ、双方心を許したその姿に、見守る仲間たちはほっと胸を温めた。
そして、まさにその時。天井を通して上階から聞こえてくるその音。トントンとかそけく、人を訪うような誘うような……
巨人がたちまち叫ぶ。
「おお、あれは!みんなあれだ、あれが!」
「オーリィちゃんが呼んでるんだな?よし!ようやく迎えに行ける。テツ頼む」
「おお!」勢い込んでシャベルを担ぎ、瓦礫を作りに行こうとするテツジ。だが。
「ああいやいや?ちょいとお待ちを」と、ゾルグが割り込む。
「旦那?どこに行って何を始めなさるんで?」
「つまりだな、あの山を……」出鼻を挫かれてむすっと鼻白むテツジ、すぐ声の出ない彼に代わって説明するメネフ。するとゾルグは大きく手を振って。
「いやいやいや!旦那、殿下、そんな手間はいりやせんよ。わっしがご案内しまさぁ。魔女様の居所とここからの道ならわかってますんで」
「何?」と声を揃えてきょとんとする二人にゾルグは。
「【主】を使ったさっきのわっしの策、お分かりでしょうがあれは、魔女様に出て来られたら台無し。だから魔女様が今どこにいるか、こっちに向かって来んのかどうか、そいつをしっかり確かめた上で仕掛けたこってす。
で、魔女様はわっしが仕掛けた時からずっと、その場所から動いちゃおりやせん。動けなかった訳がありやしてねぇ……おっと!止まってる場合じゃありやせんな。
ささ、話は進みながら!こっちでゲすよ」
サッと先に立って手招きする姿に。
「まったく!やっぱり抜け目のねぇヤツだ。良かったぜ……」
こちらに戻って来てくれて。ホッと吐いたため息はメネフもテツジも同時であった。そして彼らの足は思わず逸る。ベンは慌てて四つ足で駆け追い、しかし。
「アグネス?」
「魔女……あ、申し訳ございません大師様!」
一人ギクリと足が止まったアグネス。コナマの声に慌ててその体を抱え上げる。自分を抱くその腕に胸に、ざわざわと走る震え。コナマは問う。
「……不安なのね?」
「はい。ですが、恐ろしいのは魔女ではありません。私が魔女の前で取り乱さずにいられるのか、それが……」
「大丈夫よ。そうねアグネス、今はこれだけ信じてちょうだい。
……オーリィはね、とってもいい子よ。それだけ」
あとは自分の目で。大師は多くを語らない。アグネスも、ならば今はと足早に床を蹴った。
「ひゃっ、こりゃ大変でゲす」
ゾルグが皆を案内したのは、とある上階への階段の側。そこでは先に聞こえたやさしい音が、狂おしい轟音に変わっている。
「お聞きの通り、ここを上がれば魔女様の居場所はすぐでゲすが、困りやしたね、これじゃとても……」
そう、ここに来るまでも全員が感じていたこと、暑い。ゾルグの案内に従って通路はどんどん暑く、いや熱くなった。そしてついに辿り着いたその階段からは、凄まじい熱気が流れ落ちてくる。これでは上階は、いったいどれほどの火焔地獄なのか?登ることなどとても出来そうにない。
「任せろ。俺がお呼びかけする」と進み出るテツジ。
「みんな、しっかり耳を塞いでくれ。ベン、特にお前はな。いいか、やるぞ!」
そうと言うなり、巨人は大きく体を反らし空気を吸い込む。たちまち大きく膨らむ胸と腹、きしむ全身の筋肉に、みしみしと太く浮き上がる血管!
その様を見てメネフがざっと青い顔に。
「……ヤベェぞ!耳だけじゃダメだ、みんな伏せろォォ!!」「ガッテンで!!」
「……え?」
すかさずメネフはコナマを胸の下に掻き込んで床に伏せる。同時にゾルグがベンを同じく庇い伏せ、しかしアグネスは一瞬意味を悟り得ない、無防備な棒立ちのままで。
「オオオオオ、オーリィ様ァァァァァァァァ!!」
そこに大爆発。巨人のその叫び声に、伏せた仲間は感じる、床がまるで地震のよう、伏せた頭の後ろをザッと突風が撫でていく。そして。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
彼女らしからぬ悲鳴をあげながら、アグネスは衝撃波に押し倒され床を転がる。
(そういうこと……)
ようやく思う、しまった、と。巨人戦士テツジの力、まだまだ自分は知らなければならないようだ。あわてて彼女も床にかじりつく。
「お迎えに参りました!炎と熱をお鎮め下さい!!」
怒涛のようなもう一声。みな床にしがみ付き、必死で流されないようにする。
そしてそのまま、呼吸一つ二つの間を待つと。
「すげぇな……」
メネフは感嘆する。つい今さっきまで熱気でもうもうとしていた通路の空気が、たちまち冷えて来たではないか。彼はあの平原での大爆撃の、その直後を思い出す。炎の魔女オーリィは、自らが生み出した熱と炎を自在に鎮めることも出来るのだ。
そして。
今はしんと静まり返った階段の上から、さらさらと衣擦れのような音が聞こえてきた。
(続)




