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沼蛇の魔女と石の巨人  作者: おどぅ~ん
第一章 魔女出立編
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第5話 幕間劇 古城の白魔

「バルクス、その後、メネフから連絡はあったか?」

「まだです、陛下」

「むむ……だがコナマは見つけたんだったな?」

「はい陛下。三日前、伝書屋のケイミーから()()そう報告を受けております。メネフがコナマ大師にお供して、こちらに向かっているとのことです」

「もう少し待つしかないか。で……『奴』の方は?」

「予断を許しません。斥候からの知らせによると、『敵』の本拠と思われるテバス州は、すでに全域が不死怪物アンデッドに埋め尽くされ侵入は不可能、その後も周辺およそ三州に新たな不死怪物の群れが確認されたとのこと。

 ……恐るべき早さで増えています」

「自ら不死怪物を増やす不死怪物、高位吸血鬼ロード・ヴァンパイア。だがこれ程の『奴』とはな。わしの記憶にも、いやいにしえの記録にもまるで例が無い!」

「軍を動かす準備は整えてあります。ですが陛下、『奴』を倒す算段が先にないと、迂闊に動かせません」

()()()()()()()()()()、か……」

「教会の聖騎士団が一部隊、丸ごと()()()()()()()()()という報告もあります」

「余計なことを!勝手に動いて全滅どころか、敵を増やしてくれるとは。普段布施ばかりがめつくせびりおったくせに、生臭坊主どもめ、肝心な時には足手まといだ!やはりコナマでなければ。さりとて問題は……?」

「そうですね。コナマ大師のお力をお借りするにしても、どうやって敵の本拠、テバス古城にお送りするか。陛下、大師の護衛のため、我が国屈指の精鋭を揃えてはあります。ですが……」

「うむ。不死怪物がそれ程に増えた今となっては、正面からでは難しいだろうな。むしろ正規軍は陽動に用いて、裏から。テバスの古城はかつて、海から来た蛮族に対する守りのためにあった城だ。海沿いにある。

 だから海から、小数の手勢で奇襲する……メネフなら」

「やると言うでしょうね、()()()()()なら、断固行く、と。」

「むむ、これも他にはまかせられん、メネフの他には。だが……またわしはあれを、死地に立たせるのか……」

 グラン・ノーザン城、城主モレノ三世侯爵と、腹心の臣下バルクス。侯爵の私室で絵図面を広げながら、額を寄せ合うように国家の一大事を討議していた二人は、不意に、家族の顔に戻った。

 父と兄は、末の息子の、弟の帰りを待っている……


 男がいるその場所。豪華な調度に、輝くシャンデリア。きらびやかな室内に満ちた甘やかな香り、そしてどこからか聞こえる優美な音楽。

「ああ……シモーヌ……様……我が主人(マダム)……」

 どこを見ているのか、そもそも何かが見えているのか。男の眼差しは空虚、足取りは雲を踏むよう。ただし。

 男は確かに、何かを目指し、近づこうとしている。

「おいで」

 男の歩む先に、忽然と響く女の声。男は虚な目を見張る。

 その身に一糸もまとわぬ、抜けるような白い肌の一人の女。その姿が、今まで何も無かったはずの男の数十歩ほど先に、()()()()()()()()()()()()()()()ジワリと現れたのだ。

 そしてその女は白い両の腕を広げて、その胸の中に男が来るのを待っている……

「我が主人、我が主人シモーヌ様、我が主人……」

 男はそう口の中で呟きながら、やや歩みを早める。依然覚束ない足取りのままで。

 男が遂に、女の半歩先まで近づいた。そして。

「おいで」

 男が女の胸に、腕の中に飛び込んだ時。

「受けろ!私の与えるこの【穢れ】を!!」

 女が男の後ろの首筋に、何かを押し付けた。

 絶叫した男には、苦痛という感覚をその瞬間、ごくごく僅かな瞬間だけは、感じたのかも知れない。だがその一刹那ののち、男は一個の物、一体の屍となり果てていた。

 そこは、テバス古城の一室。その城が蛮族を迎え撃っていたのは、もう百年近く前のこと。争いを繰り返しつつも、海の民とノーデルの民はいつしか混じり合い、敵も味方も消えた。そして用の無くなったテバスの城は、長きに亘って打ち捨てられ朽ちるに任されていた。

 かつて調度だったはずの、朽ちたがらくたの山。

 二度と灯されることのない、ほこりまみれの錆びた照明器具。

 室内に満ちているのは、黴と潮の匂いが混ざり合うすえた臭気と、城の背後の岸壁を叩く波の音。

 かつて一人の男だった()()が見ていたのは、全て幻。

 そしてもう()()は、何も見ず何も感じない。

「これであの聖騎士団も全て私の人形……不死怪物アンデッド

 お前を除いて、な」

 全身を覆う真っ白な産毛。広葉樹の葉のように広く、そして尖った耳。両の腕から広がる皮膜の翼。

 人と蝙蝠の姿を持つ、白い妖魔。

「お前は女、私の【魅了チャーム】の力が効かない。だが同じことだ、私の与える【穢れ】を受ければな。いずれお前もあいつらの仲間……」

 妖魔は、猿轡を嵌められ縄で縛られた女を足蹴にして床に倒し、踏みつけながらくつくつと嗤う。

「お前も私を我が主人と呼ぶのだ、いずれ。

 私を!【我が主人(マダム)シモーヌ】とな……!!」

 シモーヌ。

 それが白い妖魔の、テバス古城の高位吸血鬼ロード・ヴァンパイアの名であった。

(続)

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