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沼蛇の魔女と石の巨人  作者: おどぅ~ん
第四章 魔女相剋編・混沌

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第55話 槍の聖女と神箭の射手(その2)

(なんて輝き……)

 巨人の爪が露わにした、槍の十字の穂先。その黄金色はいまや、戦場の大広間を隈なく照らすほど。

 魔女も一度たじろぎ、だがすぐに槍に目も心も奪われる。その胸に湧き上がるもの、畏怖とそれに、奇妙な()()

(後悔なんてない。でもあれは、わたしが魔女の力と引き換えに失くした何か、わたしも持っていたはずの、わたしの側にも昔、いてくれていたはずの光……だったらお願い!)

 思わず知らず、魔女は祈りを捧げる。誰に?それはわからない。

(わたしの代わりにみんなを守って!)


 槍の輝きは今、その場を制圧している。群れなす吸血獣たちは皆恐れをなし、まるでこちらに近付ける様子もない。

「みんな、これで鼠たちは私の力がなくても、しばらく防げるわ」

 コナマは錫杖をしかと床に突き、両手で握り締め額をそっと添える。そしてそのままの形で錫杖を滑り降りるように膝を折り座り込んで。

「もう少しの辛抱よ。今から私が……」

 大師の声はそこで小さく消えゆく。精神統一、深い三昧の境地に入っていったのだろう。

(力を溜めてドカンとぶっ放す、だな?よし、頼むぜ婆さん……)

 頼もしげにその姿を見守りながら、しかしメネフは自分にそっと喝を入れる。

(だがこうなったらもう、そのしばらくの間は婆さんの力は借りられねえ。このまま奴ら、黙ったままじゃいねえぞきっと。油断するなよ……!)


「何だチキショウ!何であんなモンがここに……一体何だってんだありゃあ!」

 ゾルグのアグネスへの猛攻は途切れない、だが。

(乱れてきた)

 当然だ、アグネスは思う。

(私ですら、驚いているのだから!)

 コナマ同様、聖なる力を持つ何かの存在を感知していた彼女だが、まさかこれほどのものだったとは。

 そして重ねて思う、自分も焦ってはならない。アグネスは押し殺す、その焦りを。

(何という槍……ああ、あれがこの手にあれば……否、否!それは迷いだ!!

 槍よ!今我が手に届かぬならそれでよい、ただその輝きで我をも支えよ!!)

 そしてアグネスは、反撃のために心の槍の穂先を研ぎ澄ます……


「むむ、こうしてはおれぬ!」

 シモーヌが顔色を変える。盤石と思っていた布陣にまさかの蹉跌、足止めを食らったのは今度は自軍の方。このまま手をこまねいていては、テバス古城前の戦いの二の舞、あの矮人に全てを覆されるだろう。しかも端から捨て駒だった古城のクズ怪物たちとは違う、長年手塩にかけて育てたとっておきの【穴の主】をむざむざと!

 くわと目を見開き動きかけた白魔、だが。

「どこへ行くのシモーヌ、逃げるの?お前、わたしから逃げるのね?!」

「何?」

「シモーヌ!今お前はこの場でわたしと戦っていたはず。お前が言ったのよ、『論をもって争おう』って!だからここでみんなの戦いを見届けるのが、今のわたしの戦い。『黙って見ていろ』?それはお前もよシモーヌ!!」

 喝破したオーリィ。だがわかっている、これは賭け。この挑発にシモーヌが乗らなければならない理由は何もない。

(殿下!ここはあなたの力を貸して!ウソとハッタリでわたしをこの戦いに連れてきた、博打に強いあなたの力を!!)

 魔女はメネフの面影を思い描き、自らの顔に投じる。

(『城に来たら答える』って、わたしに言った時のあなたの顔を貸して、殿下!)

 たちまち魔女の面に現れた、あの不敵で皮肉な笑み。

「……ち」

 白魔は小さく舌打ちを一つ投げて押し黙る。そしてこれみよがしにグイと背を反らし、魔女の視線を敢えて無視して戦況を再びうかがう構えに戻る。

(かかったわ……ああ、流石ね殿下!)

 ただオーリィも、そしてシモーヌも思い及ばない。なぜあの口うるさい古い神が、この時口を挟まなかったのか……?


「【主】テメェ、腑抜けてンじゃねぇぞぉぉぉ!ここが覚悟の決め時じゃねぇか!多少やられても構わねぇ、それがテメェらの強みじゃねぇのか!」

 ゾルグは怒声を轟かせる。槍に怯んでいた群鼠たち、なおしばし躊躇うようにメネフ達を遠巻きに渦巻いていたが、

「……いいから突っ込めェェェ!!」

 魔将軍の重ねての号令には逆らえなかったものか、にわかに一隅が盛り上がったかと思うと、そこから水柱が立ち上がるように群れが噴き上がり、こちらに突進してきた。

「いかん!」かくなる上は自ら盾に、と皆の前に身を乗り出したテツジ。だがその肩越しに背後から迸ってきた雷に思わず首をすくめる。雷、否それは、槍の穂先から撃ち出される神聖力の光の矢。それは飛びかかってくる吸血鼠を、余さず片端から撃ち落とす。

 なんたる神力、なんたる神器、と。胸を撫で下ろしかけた巨人と仲間たちだが。

(むむむしかし敵がこの数では?)

 倒されても倒されても、いよいよ飛びかかる数を増して襲い来る敵。そして見れば、槍が一群を光の矢で掃射殲滅している間に、別の方向からもう一群の鼠が山と盛り上がり、新たに襲いかかろうとしている。

(防ぎきれるのか?!)

 すかさず。

「えい!」

 ベンがそこに向かって小石を撃ち放つ。それが鼠たちを焼くと、敵はたちまち怯み潮が退いた。

 だが無論それは一時しのぎ。その後二度三度と、同じことが繰り返されていく。

 槍の神力は確かに鼠の群れをかなり押し留めてくれている、槍の守りが無ければ、おそらく周囲から一斉に雪崩込まれていただろう。だが、万全でないのは明白。そしてコナマが精神統一から目覚めるまでは、こちらに有効な手立ては他に、ベンの小石パチンコ攻撃しかない。

 つまり。


「ハハハハハ!それでよい、それでよいぞ!魔将軍よ【穴の主】よ、攻め手を緩めずそのまま繰り返せ!!

 ……小癪な犬子鬼コボルドめ、どうなることかと思ったが……いける、これを繰り返せば、やつの弾などいずれすぐ尽きる!そうすれば!」

 不死怪物のシモーヌが、本来かかない額の冷汗を拭う仕草。衒いではない、思わず人間だった頃の感覚に引きずられてしまったのだ。

 そして安堵の色もあからさまに勝ち誇る。

「どうだ魔女よ!また覆ったぞ、どうやらこちらの勝ちだな!!」

「みんな!!」

 一方、オーリィの顔色は凍りつく。聖なる槍の出現という僥倖も、皆のこれほどまでの苦心奮闘も、悪魔の企みの前には力及ばないのか?


「ううん……ダメだな、当たらない」

 群獣の波状攻撃に、健気に射撃を繰り返すベン。だが何度繰り返しても、決定的な効果が無いのは同じだ。すると。

「当たらないや、パチンコじゃダメ!でんかさま!」

「どうした?!」

 するとベンは、肩越しに自分の背中を指差して。

「お願い、クロスボウ、巻き上げて!次がくる前に!早く早く!」

「クロスボウ?」

 そういえば。ベンがその背に担いでいるそのクロスボウは、これまで一度も使われていない。そしてメネフは思い当たる。

(そうか、いつもはアイツが……)

 弩弓クロスボウ。高威力長射程のために、弓に鋼を貼った強力な射撃武器。通常それは素手では引くことは出来ない、矢を装填する度に毎回、歯車仕掛けの巻き上げ機を取り付け操作する必要がある。ベンのクロスボウは彼の体格に合わせて大分小型だが、素手で引くことが出来ないのは同じ。いや射手のベン自身の力では、巻き上げ機を使うこともどうやら無理。普段はおそらく、相棒のゾルグが必要に応じてそれを用意し、ベンに撃たせていたのだろう。

()()()()()()()()()()()。でもクロスボウなら!」

「??」

 だがそれにしても、ベンの言葉は意味が通らない。

「だってお前、クロスボウで一本や二本撃ったところで……」

 一回の射撃で倒せる数はごくわずか。多数の弾を散布放射出来るパチンコの方が、群れなすこの相手には有効なのではないのか?

「当たる!クロスボウなら()()()()()よ!()()()に当たる。あの、兄貴が連れてきた大きなやつに!」

「……ベン!」叫んだのは巨人。メネフより先にテツジがその意を汲み取った。

「まさかお前!狙えるのか?見えるのか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか?」

「わかる、見える、さっきから狙ってる!おれが撃ってた辺りに、いつもあいついたんだ!」

「なんだって?!」

 メネフとテツジは全く声を揃える。信じがたい、いや彼らには想像すら出来なかったのだ。多少体が大きいとはいえ、あの鼠の特徴はそれだけ。この海のような鼠の大群の中で、しかしベンは今までその存在を見分けて、居場所を捕捉していたとは!

 だが確かに、とメネフは思う。ベンのパチンコ攻撃は()()()()()()()()()()()ではないか。ただ闇雲に撃っていただけなら、そうはならないだろう。ベンの攻撃した近くに、群れ全体を率いているあのボス鼠がいて、ベンの攻撃は実に!今までも毎回際どくボスに迫り、脅かしていたのだ……だからこそ!

「でもあいつの周りには小さいのがたくさん、そっちに当たっちゃって、()()()()()当たらないんだ。

 ……クロスボウなら!」

 ()()()()()!メネフの脳裏で算盤玉がバチバチと弾かれる、断は一瞬。

「よし、だったらこうだ!テツ、弓は頼む、お前が引いてやれ!お前の力なら巻き上げ機なんていらねぇ!

 ベン、残りの石弾を全部よこせ!お前の言う通りにオレが投げる、周りの邪魔なヤツをオレが掃除して、ベン、お前がクロスボウでヤツを!どうだ?!」

「おれできる、やる!」

「よし!」再び叫び、メネフはベンの胸元にかじりつく。クロスボウを担ぐ吊り紐を手早く解き、武器をテツジに手渡す。

「わかるかテツ?!」

 見慣れず使ったこともないその精巧な武器、だが聡明な巨人がまごついたのはわずか一瞬。

「むむ、そうかこうして、こうか?」

 すぐに仕掛けの作りを読み取り、彼の掌の中では玩具のようなそれを()()()()()()指で支え、もう片方の手の指先を弦に()()()かけ、弓を()()()()()()引き絞る。弓の強さは彼には問題ではない。壊してしまわないことの方がよほど難しいのだ。そしてカチリと弦が掛け金にかかる。

「こうだな!出来たぞ!」

 巨人がクロスボウをベンに手渡す。一方メネフはベンから渡された石弾の量をザッと計っていた。少ない。この残弾で敵を止められるのは、おそらくあと二回が限度。

(二回?なら上等だ!!)

 だがスリルこそ、メネフという男の魂の起爆剤。

「ベン!いいか、二回で行くぞ。次に奴らが動いたら狙いを教えろ、オレが石を投げる。それで奴らが引いたら、お前は矢をつがえて……その次が本番だ!」

「わかった!」


「んん?アイツら何を?クロスボウだと?……しまった!」

 ゾルグは悟る。そう彼こそ誰より、ベンの射撃の絶技を知り抜いている。【穴の主】はベンの前ではまるで無防備だ、指令しなければならない!

「【主】止ま……」

 だがその瞬間。

 魔将軍の鳩尾に鋭く突き刺さったのは、アグネスの逆手に持った剣の柄の末端。ゾルグの決定的な動揺、それを伺い続けていたアグネスは、ついにその隙を掴み敵の懐に飛び込んだのである。

(私は槍、槍こそが私だ!)

 そう自らにも仲間にも誓った通り、聖女の騎士はこの瞬間、自らの身を槍と成した。そしてその一撃は、魔将軍の采配を際どく遮った……


「でんかさま来るよ、そこ!」「!」

 ベンの指差す方向に、一際大きく盛り上がる一団の群れ、メネフは声なき雄叫びを上げながら礫を放つ。効果あり、燃える緑の炎に群獣の波がサッと引く。ベンはもうそこを見ていない、クロスボウに素早く矢をつがえ、その神眼を素早く巡らし、

「……次あっち!」「!!」

 流星が緑と燃える()()()、すでに神箭の射手ベンは引き金を引いていた。放たれた矢は聖なる炎の雲を貫き、そして。

 その場に巻き起こったのは、床一面の鼠の群れが一斉に上げた悲鳴!耳をつんざくそれに、メネフもテツジもたまらず耳を塞ぐ。

 ベンだけが満足そうに、ただ一言。

「うん、当たった」

(続)

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