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沼蛇の魔女と石の巨人  作者: おどぅ~ん
第四章 魔女相剋編・混沌

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第53話 鼠の女皇と穴の主(その3)

「来る!さぁ、みんなは止まらず走って!」「アグネス!」

 謎の壁に向かって退いていくメネフ一同、だが鼠の群は一筋の濁流となって迫り来る。最早捕捉される寸前だ。

 だがそこで、アグネスは一人、足を止め立ち向かう。

「神よ御力を!かぁぁぁぁ!」

 アグネスの体全体からほとばしる火花、それはダンダレルを倒した時と同じ、黄金色の神聖力。すると見よ、今にも襲い掛かろうとした吸血獣たちが、それに慄いてたちまちわっと散り逃げたではないか。その隙に踵を返し、アグネスも再び壁に向かう。

「アグネスの神聖力はね」

 テツジの太い腕の中に抱かれ運ばれるまま、コナマが皆に言う。

「私のものとは()()()()の。癒しの力が無い代わりに、破邪の力、魔を祓う力に大きく傾いた力。あの子が本気を出せば、弱い魔物なら近寄ることも出来ないわ」

「どおりでバリバリバチバチするわけだ!だったら……」

 声を明るくしたメネフに、しかしコナマは釘を刺す。

「いいえ。いくらあの子でもあの力をあんな風に使っていたら、たちまち尽きてしまう。坊やも今まで見てきたでしょう、刺して一瞬だけ流し込んで倒す、それが本当の使い方なのだもの」

 ならどうすりゃ、と問いかけて、しかしメネフはそれを飲み込んだ。コナマはもう彼を見ていない、その視線の先に彼も目をやる。

(そこであの壁が、てか?わからねぇ!何があるってんだあそこに?!)

 メネフもまた、ただ走る。彼の義手の指でいよいよ激しく踊る、あの金属片の音を聞きながら。

 一方。

「ちっ、【主】のやつ!あんなこけおどしにビビりやがって!」

 歯噛みする魔将軍、だが彼もまた見透かしている。

「だがまあ、あんな派手な術はそう長くは続くモンじゃねえだろ。いや?だったら……」

 ゾルグのカイゼル髭がピンと反り上がる。ほくそ笑んだのだ。

「あの小娘にはつまらねぇ借りがあったっけ。とっとと返しちまわなきゃな」

 ゾルグの手には今、どこからか携えて来た新しい得物がある。槍斧ハルバードだ。

「今度はおれが長物で相手してやろうじゃねぇか、えぇ、小娘ぇぇ!」


「ふむ?教皇の娘め、味をやる……妙だな?」

 遠く離れていながら、今や目前に手に取るように広がる戦場の光景。見つめるシモーヌは一つ小首を傾げる。

「前にやつを倒して捕まえた時は、あれ程の力は無かったが?」

 すると。

〈コナマだよ、あいつが()()()()()()のさ〉

「……そんな暇があったか?」

〈もちろんあの娘には力があったのさ、最初からね。だが人間ってのは、どいつもこいつも!自分たちがちゃんと持ってるはずの力が使えない、持ってることにも気付かない!亀の子みたいに自分で自分に蓋をして閉じこもってる。

 ……コナマがその蓋をちょいと開けてやったんだ。ありゃぁ、あたしが鍛えて名前をくれてやった神裁大師だ、それ位わけはないんだよ」

 ゲゲリの声は妙に自慢げ。シモーヌはいぶかる、ならば何故、その面倒な邪魔者でしかない神裁大師を、この神は魔城に入りこませたのか?

 ……いや、よい。白魔は牙を噛みしめる。

(やはり私は、あの男(ゾルグ)を見習わねばならぬ。あの男が私にそうしているように……たとえ相手がゲゲリであろうと、私も己を押し通しだし抜くまで!

 ——いいぞ、征け魔将軍!私にもっと手本を見せよ!!)

 その()()で。

「テツジ!コナマさん!殿下!……くっ!!」

 思わず両手を掲げ全ての指先に炎を灯しながら、すぐに魔女は唇を噛みしめる。わかっている、どれだけ目前にはっきり迫ろうと、自分の力はその場には届かない。

「よせ魔女よ、無駄だ」「……卑怯者!!」

 シモーヌの冷たくことさら諭すような声に、オーリィはさらに激怒して。

「話はお終いよ、私は行くわ!私が行けばあんな鼠どもなんて……」

〈間に合うもんかい〉その場を立ち去ろうとした魔女に、今度はゲゲリの声。

〈道がわからない、だからさっきお前はあんなにドタバタ大騒ぎしてたんじゃないか。だろ?ふん、お前がうろちょろしてる間に、あいつらみんな鼠の餌さ。

 ……さぁ腹を決めなオーリィ。あたし達の味方になって、あいつらだけは助けてやるか、それとも、ここでみんなおっ死ぬところを見届けるかだ。どっちだい?〉

「……オーリィ?!」

 ケイミーが見上げる魔女の顔色、真っ青に固まっている。


 皆の行く手を追うアグネス、遅れること歩数にしておよそ五十歩。そして先をゆく仲間たちがあの壁にたどり着くまで、あと百歩。

「もう少し」アグネスは思う、「あともう一度、私が鼠どもを退ければ!」

 その隙に皆は壁にたどり着けるだろう。アグネス自身もわかっている、正直そのあと一度が自分の力の限界だ。だがこの距離ならばどうやら、どうにかなる……

 だが、その思いまで見透かしたかのように。

「いいや、そうはいかねぇ!小娘ェ、てめぇの相手は、このおれだ!!」

 槍斧を振りかざし、猛然とアグネスに襲いかかるゾルグ。

「行け【主】!こいつはほっとけ、おれにまかせろ!!」

 シモーヌ自身がその魔の力を存分に注いで育てたという、特別の吸血鼠【穴の主】。とはいえ元はただの鼠に過ぎない。おそらく知恵のようなものはほとんど持ってはいないだろう。にもかかわらず、これが魔のものたちが持つ伝心か、ゾルグの叱咤の声を受け、【主】はあまりにも()()()動き出す。やや後方にトンと跳ね退くと、アグネスを恐れて散り散りになりかけた群れを、【主】はそこに呼び寄せる。そしてアグネスとゾルグの二人を()()()()()()()、再びメネフたちを追い始めた。もはやアグネスの輝きは群獣には届かない!

「しまった……くっ!」「よそ見してんじゃねぇ!!」

 焦るアグネスに振り下ろされるゾルグの槍斧。剣で辛くも受け流すアグネス。

「ちっ、小娘てめぇ、槍はどうした?てめぇとやり合うために、わざわざ槍斧なんてこんな仰々しいもんかついで来てやったのに……舐めてンのか?

 ……おれを舐めてンなてめぇ!」

 目を大きく剥き激昂する魔将軍、アグネスは悟る、この男をただ振り切ることは出来ない。疲労とは別の冷たい汗のしずくが、聖騎士の額に流れていく。


「見事だ魔将軍、その一手はよい……魔女よ、どうやらこれで詰み(チェック)だ。どうする?」

〈さぁどうするね、オーリィ?〉

「私は……」一瞬固く食いしばった唇を、魔女は薄く開いて。

「私はいつも、誰も救えない……あの時も、今も……私は救えない!

 そう、それが私の定め、私の罪の定めならば……

 シモーヌ!ゲゲリ!それでも、私はお前たちに屈しはしない!私はここで()()()()!そして今から起きる全てを、私は自分で背負う!

 みんなが倒されたら……その責めを背負った私が、お前達を必ず、必ず!」

〈ぬぬぬ……せっかくあたしが……この天邪鬼の頑固者め!〉

 歯噛みする古い神。シモーヌはむしろそれを嘲笑うように。

「よい覚悟だ魔女よ。聞いたかゲゲリ?魔女はお前の言うことは聞かぬそうだ。

 ……安心したぞ。魔女オーリィよ、それでこそ私が見込んだお前、お前は、そうでなければならぬ」

「でも!!」だが魔女は、したり顔の妖魔の言葉をも覆す。

「お前たち……見ていらっしゃい!私の仲間たちは強い……私よりもずっとずっと強い、きっとあいつらを倒してみせるわ!

 ——シモーヌ!私が見届けると言ったのは、そのことよ!!」

(続)

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