第45話 勇士結集
突然現れた義兄ゾルグの命令で、ベンは一足先にメネフの元に馳せ参じた。急ぎの彼は四つ足、鼻でメネフの臭いを追いながら石畳を低く駆けることしばし。
やがて見えて来たのは、低級不死怪物達にぐるりと囲まれたメネフ。
すわ、とベンは自慢のパチンコを構える。あの馬には効かなかったが、あいつらなら。敵を減らしてでんかさまをおたすけだ!
(……あれ?)
だが、知恵は子供のようなベンにもすぐにわかる。メネフと怪物たちは。
(た?たたかって、ない、の?)
怪物たちはメネフをただ取り囲んで、しかし彼に襲いかかることなく、棒立ちでフラフラと揺れ動くのみ。かたやメネフはといえば、怪物たちの作る輪の中で、確かに鬼のような形相で剣を振りまくっている。が、ただそれだけ。全ての剣撃は明後日の方向に空振りになるばかり、まるで怪物たちを斬っていないのだ。ベンは困惑しながらも。
(わ、わかんないけど……頑張る!)メネフを救うべく、健気な彼はパチンコに鏃を込めて放つ。たちまち、次々と無力な死骸と化し倒れる屍鬼の群れ。だが、全ての敵を倒したと思ったその時。
「ようやく片付いたか……おっと!テメェが最後の一匹か!……とっととくたばれ!」
メネフはベンに襲いかかってきたのだ。
「で、でんかさま、オレだよベンだよ!やめて!!」
その時、ベンからは死角の物陰で。
「愚か」「愚か」「愚かな」「愚か者よ」
「愚か者共の飼い犬を始末しろ」
嘯く影は言うまでもない、あの凶馬の騎士団だ。
「そしてその次は」「侯子、お前の手で」「アグネス様を我らの元に」「女主人の元に」「死霊の国にお連れするのだ」
怪物たちと騎士団に誘き寄せられたメネフ。いつその幻惑の術中に嵌ったのか、彼はすでに敵の走狗と化していたのだ。
「大変だ、でんかさまが、へんだよ!助けてだいしさま!」
助けに来たはずのメネフに追われて、ベンは最前来たはずの通路を逆に逃げ帰る。難しいことのわからないベンにも、本能が容易に知らせる。この事態はコナマでなければ収まらない。
そしてその後を虚な、狂気を纏った目で追って行くメネフ。
「怪物どもめ……どいつもこいつもウザってぇ……オレが全員ぶった斬ってやる……!!」
「うむ、こんなものだな」
額の汗を腕で拭い、満足そうな顔のテツジ。見上げる天井の穴、その真下に出来ていたのは、瓦礫の大きな山。
天井の穴に戻る方法、巨人の策は至極単純な力技。手近な壁を打ち壊し、その瓦礫を集めて踏み台を造る!
……いやいや、もし余人ならば思うだろう、それはどれほど時間のかかる大仕事になるのか?と。たとえ思いついても決して着手などしない。
しかしこの巨人にとっては、それはあっという間の作業だった。彼は最後の瓦礫をシャベルで掬い、山の上に放り投げて。
「こんな仕事は久しぶりだ、懐かしい。シャベルよ、俺は昔を思い出した。お前はどうだ?初めてか?こういう仕事こそが、お前の本来の生業なのだぞ。面白かっただろう?
……さあ行くぞシャベルよ、皆が待っている!」
彼らはすでに一心同体。自慢の相棒に声をかけ、テツジはトントンと軽い足取りで瓦礫の山に歩みよったが。
ふと足元に目をやり、頭を垂れる。
「済まぬ」
テツジがその言葉を手向けたのは、先程彼が無惨に踏み躙った、ラミアを擬した怪物たちの残骸。
「思えばお前たちは囮に使われただけ。元より罪は無かった。なのに俺はこんなにも酷くお前たちを痛めつけた。そして今は弔ってやることも出来ぬ。許してくれ」
もう一度深く頭を垂れた後、彼は瓦礫の山を踏みしめる。一歩また一歩、そして中程で一瞬、なおも聞こえてくるあの歌に振り返って。
(オーリィ様……どうか今しばらくお待ちを!)
そう心の声を残すこと一つ、あとは一散に登り天井の穴に巨体を潜らせて去った。
「大師様、先程のあの男は?」
先を急ぎながら、胸に抱えたコナマに問うアグネス。
「あれがゾルグ。魔女のオーリィについて行った、私たちの仲間の一人よ。今はシモーヌに魅了されているけれど……でもよかった」
「?」
「彼はまだ不死怪物に変えられていない。あれなら助けられるわ」
「だからとどめを刺してはいけないとおっしゃったのですね?」
「そう。でも彼はとても強い。決して傷つけずに、というのは多分無理ね……」
「また私が止めて見せます。ただ、先程は向こうが油断しておりました。今度は同じようにはいきません。強者相手に手心を加えれば、こちらは危うくなります。
ですが、断じて生かして止めます。無論私も無事では済まないでしょうが、無駄死にするつもりもありません。
……大師様願わくば、二人揃えてあなたの癒やしの力にてお救いを」
驕らず、卑下もせず。先の手合わせで、アグネスはゾルグを自分と同格以上の戦士と見てとったようだ。その上で、自分は手加減しつつ止めるという。それはむしろ決死の覚悟の表明。
「……ありがとう。でも」
コナマはほろ苦く微笑む。この子らしい答えだ、と。だがそれは危うい。
「あなたには私の他にも仲間がいる。忘れては駄目よ。
……どうしたの?」
アグネスの足が止まる。
「そうでした。私はそれで……皆を失ったのです。いつも私ばかりで突出しようとして、皆の言うことに耳を貸さず、皆を慮ってやれなかった。どこか足手纏いだと見下して……気がつけば……一人また一人……そして結局私も……」
「それがねアグネス、強い人の弱みなの」
アグネスの深く苦い悔恨。そして彼女はこれから、それを清算しなければならない。行手にはその「皆」が、あの騎士団が待っているのだ。コナマは励ます。
「でもあなたは気づいた、それでいいのよ。あの蝙蝠の悪魔の気づいていないことに、あなたは気づけた。
彼らが教えてくれたことを、これからは大切になさい」
「はい……では参ります」
アグネスは駆け出した。いや、駆け出そうとして再び止まった。
「……何か来ます!お気をつけを、大師様!」
コナマを床に下ろし背後に庇いながら、たちまち戦闘体制に。前に構えた穂先に灯るアグネスの凛たる闘志は、守られているはずのコナマですら背筋が冷えるほど。
「……キャアはさみうち、もうダメ!」
ならばそれは、「敵」に追われて逃れて来たベンには如何ばかりであったか。たちまち滑り込んでつんのめり、床に丸く縮こまってしまった。
一方アグネスは揺るぎない。唖然とする暇もない、さらに何かが迫って来ているのだから。
「しっかりしろ!敵ではない、私だ!その……お前は下がって大師様を守れ、そして後ろを見張ってくれ!」
アグネスは思う。
(この者の名を覚えていなかった。いや覚えるつもりも無かった。これがこれまでの私の弱みか……頼む!)
後方に回り込むベンの姿に流し目を一瞬くれて、アグネスが再び前に集中すると。
遂に彼が追いついて来た。
「……コンチキショウどもめ、殺っても殺っても湧いて来やがるな……皆殺しだテメェらァァァァ!!」
「大師様、先程の彼の前に、まずは侯子殿から!」
逸るアグネス、コナマは慌てない。
「アグネス、彼を転ばせて頂戴」
「かしこまりました!」
「ガァァァァァァ!!」
獣の叫びと共に、大上段を大振りに振りかぶって来たメネフ。だがその攻撃は、対するアグネスにとってはまったくもって隙だらけ。
(いままで見た侯子殿の剣は、こんなものではなかった。所詮傀儡の技か、ならば!)
制するのは容易い!
「ヤッ!」
石突で手首を打つ。メネフは剣を取り落とした。
「セイ!」
その落とした剣を、メネフの体から遠くに槍で跳ね転がす。武器を失ったメネフは、そのままアグネスに組みつこうとしたが。
「それ!」
なんとアグネスは槍を置き、しゃがみこんだ低い姿勢から、覆い被さるメネフの膝に飛び込む。両膝を揃えて抱えられ、安定を失ったメネフの体を。
「今です大師様!」
アグネスは自ら海老反りにのけ反って、メネフの頭がコナマに向くように石畳に倒した。
メネフが自分の武器で傷つかないように、コナマが覚醒術を使いやすいように。僅かな一瞬の間の出来事、しかしアグネスの配慮は完璧。
「ありがとうアグネス。さ、これでおいたはお終いよ、ぼ、お、や?それ!」
こちらも余裕綽々、コナマはメネフを指差して、ポンとあの光の矢を放った。
「おおベン!済まん、今戻ったぞ!
……どうした?お前一人か?みんなは?無事か?」
「あの……えと、それが……」
「まさか何かあったのか?!」
通路の先から現れたテツジ。皆を案じる彼の質問は矢継ぎ早だ。
ベンは返事に困る。
「だ、大丈夫だと思う。あっち、見てみて」
「??」
巨人がのしのしと押し進むと、見えたのは。
「……済まねぇみんな、この通り!!」
仲間たちの前で、床に土下座のメネフであった。
(続)




