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沼蛇の魔女と石の巨人  作者: おどぅ~ん
第四章 魔女相剋編・混沌

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第40話 リンデルの魔女(その3)

 さらに翌日、ギュスターヴから告げられた返答期限の夜。

 クロエはわざわざ使用人を通じて、手紙で叔父をあの裏庭に呼び出した。

「おやおや」とギュスターヴは読んで笑う。あの姪も、流石に今の自分には面と向かって話もしにくいようだ、と。そして読んでみれば密談をするというのに、指定の場所は使用人に見られる可能性のある屋外。だがギュスターヴは平然と受ける。もはやこの家で自分が誰に何を憚ることもない、そんな態度だ。

「さてクロエ。私のものになる気にはなったかな?」

 池のほとりで待っていたクロエに、後から悠々遅れて現れたギュスターヴが、皮肉めいた笑みを唇に浮かべてそう問うと。

「誰が」

 慌てふためくか、あるいは泣いて自分に慈悲を乞うか。小癪な姪がさぞや無様な顔を見せるだろうとほくそ笑んでいたギュスターヴに。クロエが一つ浴びせたのは言葉の平手打ち。

「……ほう?」

 無論あの生意気な姪のこと、あるいは悪態の一つや二つは返ってくるだろう、それもギュスターヴには想定の内。ただ、その声の冷たさが妙に気になるが。

「そうかね?もう一度言ってやらねばならんのか?私にはあの方が……」

 ねちねちと言いかけたギュスターヴを、クロエは軽く片手で遮る。

「叔父様。実はね、私にも新しいパトロンが出来たのよ。それでね?一度、貴方の猫のご主人にその方を紹介したいのよ」

「?」

 新しいパトロン。なるほどこの姪のことだ、誰か権力者に色目を使って後ろ盾になって貰ったとでもいうのか?そして今夜の交渉を依頼したのだろうか?妙だ、今この場には余人の気配など全く無いが。

 しかし、小狡いギュスターヴは考える。それがどんな人間であろうと、こちらの後ろ盾は悪魔だ。何があっても誰であっても自分の優位は揺るがない。ただその人物の身分や財産次第では、案外うまい取引もできるかも、と。

「なるほど?いいだろうクロエ、お前の話を聞いてみようじゃないか。

 ……我が主よ。斯様な次第で御座います。御姿を現したまえ」

「へぇ、こりゃ面白いな」

 またもギュスターヴの背後にどこからともなく、くるりと姿を現すあの猫の悪魔。

「人間のお嬢さんが、まさか僕の方と取引とはね……ギャッ!」

 軽口を吐こうとしたケット・シー。だがすぐに何かに気づく。

「そんな?き、君、お嬢さん?そんなことが……まさか、いつの間に?!」

「あぁら。流石は猫ね。もう嗅ぎつけたの?」

「ギュ、ギュスターヴ」猫の悪魔の声は震えていた。慌てふためき早口で。

「僕はここで引かせてもらう。君との取引は今日で全部ご破産だ、悪く思うな」

「何と?我が主よ、何をおっしゃるので……」

「うるさい!君の姪が魔女になったなんて!それも大蛇竜グロクス……()の眷属だって?冗談じゃない!騙された、こんな話は聞いてなかったよ!」

「……魔女?え?え?」

「わたしがグロクスのお世話になることになったのは昨日の晩から。猫さん、叔父様には悪気はなかったのよ。だから貴方は叔父様を許してあげてちょうだいな」

「や、ややや、やぁお嬢さん、いえ()()()!もちろんですとも、許します許します!それに貴女のご家族にも僕はこれからは悪さはいたしません、すっかり綺麗に手を引きます!ですからその、僕はこれで……」

「ありがとう猫さん。お話が早くて助かるわ。でも。

 ……()()()()()()()()()()()!よくもわたしの家族をおもちゃにしてくれたわね、この薄汚い野良猫!!」

 指さすクロエの爪が燃える。そして魔女が初めて撃った、紅蓮の火炎弾。

 悪魔、すなわち下等なりとも精霊であるその猫の怪。だがグロクスがクロエに与えた魔の炎は霊体をも焼き蝕む。声なき悲鳴と共に猫の姿は煙となって蒸散し、最後に残ったのは、黄金虫のような大きさと姿の、蠢く小さななにか。それは全ての力を奪われて退化し縮こまった、あの猫の成れの果て。

 愕然と立ち尽くす叔父にちらりと一目くれたのち、クロエは悠々と歩み寄ってそれを拾い上げる。

「ふふ、まだ生きてる。『魔女が悪魔を殺すことは出来ない、命()()は奪えない』、グロクスの言った通りね。でもこいつはもうこれでおしまい、何の力も知恵もないただの虫けらよ。そうね!色ツヤだけはピカピカで素敵だから。胸にとまらせてわたしのブローチにでもしましょうか。

 ……どう叔父様、これ?魔女の装いにはピッタリだとお思いになりません?」

「そんな……こんなことが……クロエお前は、お前が魔女に?」

「ええ。別に不思議でもないでしょう?叔父様、貴方にだって出来たことですもの、わたしにだって。

 ……そうよギュスターヴ、お前なんかにこのわたしが、リンデルの妖花クロエがどうにか出来るとでも?思い上がったものだったわね!」

 そう言い放ったクロエの目の前で、叔父ギュスターヴに起きていた変化。リンデル人らしい黒髪がたちまち白髪を交え、先程まで瑞々しかった顔の表がたちまちカサカサと皺だらけに。急によたよたとした足腰はどうやら、驚きと恐れのせいだけではないらしい。

 悪魔と契りを結んだものは。その契りが続く限り、精霊の不死の生命力を分け与えられ、いつまでも若々しくあるのだと言う。確かにギュスターヴもここ数週間で明らかに、それ以前より若返ったように見えていた。

 だがもし、その拠り所との繋がりが絶たれれば。

(得た分以上に、命を失う……それもグロクスに教わったわ。もうこの男は、放っておいても永くはない。

 ……でも!)

 言っておかなければならないことが、ある。そして()()()()()()も。

「ギュスターヴ。今日でわたしはこの家を去る。ここは魔女の居場所じゃない、この国も出るつもり。人にそう伝えなさい。伯爵家の娘クロエは、魔女になったと。

 わたしはいまや『沼蛇の魔女オーリィ』。それが大悪魔グロクスとの契約で定められた、魔女としてのわたしの新しい名よ。それも広めなさい。

 そしてわたしの……この姿を言い伝えなさい!」

 ふいと目を閉じたクロエ。その瞼はすぐに見開かれたが、現れたのは二つの蛇の瞳。そしてその体がずいと上に伸びあがっていく。今までの彼女の身の丈の倍ほどにもなったその足元に、月の光が照らしだすのは、さらに長々と横たわる蛇体!

「もう一度言うわ、よく覚えて、そして人に伝えなさい。私は大悪魔・蛇竜グロクスの眷属、『沼蛇の魔女オーリィ』!

 ……わかったわね?言い伝えるのよ、()()()()()()()()()()()()!!」

 池の面がまたもや、明々と燃える。それは蛇竜グロクスの住まう地底の溶岩の巨釜、その入り口。魔女は叔父であった男に言い捨てて、池に頭からさっと身を投じる。長い長い蛇体の尾の先が消えるまで、息三つほどの間があって。

 クロエは、いやオーリィは、忽然とその場から姿を消した。月光は今やただ、意識を失って伏し倒れるギュスターヴの背中だけを照らしていた……


 ノーデル侯国現領主、侯爵モレノ三世。今その机上の手元にあるのが。

(伯爵家の娘クロエの失踪後、その叔父ギュスターヴが残した事件の顛末、()()()告白、その口述筆記記録。八年前これを手に入れるのは大分苦労した……リンデルで完全に握りつぶされる前に手に入れられたのは運がよかった)

 戦乱の時代はとうに終わり、今やリンデルは公国から聖教国と看板替えした。ノーデルも次代バルクスに侯爵が国を引き継ごうという、この時代。だがこの期に及んでもいまだ、リンデルとノーデルは互いに角突き合い、小さな紛争は絶えない。数年前その一つが愛する次男メネフの片腕を奪ったことに、父として侯爵が恨みを抱かないなどということは決してない。

(卑怯ではあるが。リンデルの醜聞はすべて、わがノーデルにとっては武器として使える、使わせてもらう!本の虫のこのわしが息子たちに残せる最後の遺産、そう思って収集してきた情報の中でも、この八年前の魔女騒動はおよそ最大。リンデルにとっては国辱級の大スキャンダルであろう。

 だが問題は。この記録、この事件が、リンデルよりも()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。まさしく、リンデル公が領主の座から引きずり降ろされリンデルが教会直轄領になったのは、この事件が原因。教会はそれほどまでにこの事件を揉み消したかったからだ)

 侯爵はテバス州のある北に顔を向けて大きな、虚しいため息を一つ。

(魔女殿よ、貴女のお気持ちはよくわかる。貴女はあの夜、全ての罪を背負って姿を消したつもりだったのだろう。だが貴女は本当に、()()()()()()()()()()()()。あんなくだらぬ男の始末に、ほんの少しだけ()()()()()()()()

 だがそのほんの少しが、教会には見過ごせなかったのだ……)

 侯爵はその綴じられた記録文書を側に置き、今度は丁寧に装丁された書物を取る。

(その後の事件の顛末を知るには、このリンデルに於ける公式記録によるしかない。無論これは、これだけでは、真相を知るには程遠い。一目でわかる、あまりにも隠蔽や改竄の跡が多すぎる!

 が。リンデルでは失われた、先ほどのギュスターヴの告白と併せれば。見えない裏も見えてくる……ふん!)

 侯爵は侮蔑のこもった鼻息を一つ、公式書類の表紙を拳で小突いてから、栞の挟まったページを開く。

 その黒々と太字で強調された見出し。

【アルケーノ伯爵家()()の罪状、及びその()()までの些細】

(伯爵家の人々はその後、()()()()……教会の裁判によって!これがリンデルの、そして教会のやり方だ!穢らわしい!!

 ああ、魔女殿よ……彼奴らは、貴女のいじらしくも気高い決意に、泥を塗り付けたのだな……)

(続)

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