第33話 「びっち」っていうのになっちゃった(陽菜視点)
クラスは別だけど明日からよろしくねと挨拶を交わして多々良くんとは別れた。
何ともいえず胸の奥が温かい。ぽかぽかする感じ。この世界に来てから初めてだ。恭ちゃんと一緒だった小学生の頃みたい。
ブンブンブンブン……家に帰る短い時間に頭を振って自分の浮かれた気分を振り払う。
あれは恭ちゃんじゃない、この世界の多々良くんだ。恭ちゃんと重ね合わせちゃうのは失礼だからちゃんと今まで通りに接さないと。
確かに二人で川で溺れかけたときに「陽菜、暴れるな! 力を抜け!」と怒鳴りつけられたけど、あの時は本当に多々良くんの声が恭ちゃんの声なんじゃないかと錯覚した。
私のことを守ってくれる時の恭ちゃんの声そのままで……だから素直に従うことが出来た。力が抜けすぎちゃって意識までなくしてその後のことを覚えていないけど。
ただ入院している多々良くんはやっぱり多々良くんだった。その証拠に恭ちゃんみたいに思えたから思わず抱きついちゃったら、いつものように怯えた目をして震えていたから。
この世界で生まれたわけじゃない私にだってこの世界の常識は分かってる……男の子は女の子に無理矢理抱きつかれると怖いのだ。私の思い込みのせいで多々良くんにイヤな思いをさせちゃったなって思う。
おかげで恭ちゃんと多々良くんがちゃんと別の人間だって思えたのは私にとっては良かったと思う。勘違いしたらきっと今までよりもつらくなるところだった。
そうは言ってもずっと会話もままならなかった多々良くんと友達としてお話し出来るようになったのは嬉しかった。
そうだこの胸のぽかぽかは友達が増えたからか。男友達がずっといなかったから本当に久しぶりの男の子の友達だ。嬉しくて当たり前だ。
うん、納得した。
今日家に帰ったらいつものように恭ちゃんにあてた日記を書こう。多々良くんと友達になれたよって報告しよう。
家までの短い距離の足取りは弾むようだった。
寝る前に多々良くんとスマホでスタンプのやりとりをしてネコのスタンプを送りあった。
ネコにネコを返してくるとはなかなかやるな、さてはネコ好きか? と嬉しくなる。
元の世界の近所のネコに似ているスタンプだったのでこっちの世界にもボスにゃんがいるのかもとなんとなくワクワクするような気分で眠りについて一夜が明けた。
いつも通りの学校が始まるだけなのにぱっちり目が覚める。いつもより一時間ほど早起きだ。
台所にいって「おはよう」お母さんに挨拶すると
「あらあら今日の陽菜ちゃんは元気ね。何かいいことあったのかしら。あ、新しい写真が撮れたんなら見せてね」
と明後日なことを言ってくるので背中を一回はたいておいた。
ウキウキしながら昨日の夜から仕込んで今朝準備していた包みを二つ持って、登校準備をして家を出ようとしているとお母さんがニヤニヤしながら見送る。ちょっとだけだけどお母さんにも準備段階で手伝ってもらったからお母さんにはバレバレなのだ。
もう、その顔やめてってば恥ずかしいから。
校門のそばで多々良くんを見つける。
後ろから追いついて声をかけようとすると5組の女子三人が多々良くんに先に声をかけた。
「おはよう、委員長、みお、まる」
多々良くんがこの世界に来てからの私が見たことがないくらい明るい笑顔で挨拶してる。
「おはよう多々良くん」「恭っちはよ」「きょーちんおすおす~」三人が挨拶を返して一緒に四人で下駄箱に向かう。
私は思わずその場に立ち尽くして多々良くんと挨拶するチャンスを逃してしまった。
なんでなんでなんでなんで????
なんで隣のクラスのみんなが多々良くんと愛称で呼び合ってるの? なんかすっごくモヤモヤする。
岩清水さんは委員長だからいいんだけど……「みお」とか「まる」とかズルい。私も「陽菜」って……って何考えてるんだ私。
あれはこの世界の多々良くんであって恭ちゃんじゃないのに、私が嫉妬する筋合いなんかないのに。
うう……ゴメンね恭ちゃん……私重い女のつもりだったけど尻軽だったのかも……この世界に染まって「びっち」っていうのになっちゃったのかなぁ。
次回、皆様待望のあの男(親友)がついに登場!
本日の公開はここまで。
キリの良いところまで進めることができました。
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