第298話 本格的にアイドルになるかもしれないって思うよ
「「アイドル~!?」」
ゆうきと村上の声がぴったりと重なる。声変わりしていないようなハスキーなゆうきの声とちょっと甘えたような村上の声が完璧なユニゾンを響かせる。
いい反応だなぁ……これはみおのアイディア上手くいくんじゃないかって確信してしまった。
「そう、アイドル。旅行の時に行きのバスの中で2人でアイドルソング歌ったでしょ。
あの時にあーしはピンと来たの。 この2人が兄妹デュオ作ってアイドルとしてデビューしたら絶対受けるって! もちろん2人が目立つのがイヤならこれ以上進めない。……でも、これだけは見て」
そう言ってみおはパソコンに繋がっているリビングのテレビ(みおの部屋は大画面で見たい時のためにパソコンからの85インチのテレビに出力できるようにしてある)に編集していた映像を流す。
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カラオケの音楽はBGMとして使われており、ところどころバスの中で実際に歌っている2人の姿も出てくる。
2人とも歌が好きなんだろうなって感じで楽しそうな表情。
兄妹の気の置けない雰囲気で並んで島を歩いている2人。
無邪気にドローンを飛ばして上空を指さし合って顔を見合わせ笑う2人。
バーベキューで妹に串をとって渡してあげる優しいお兄ちゃん。
花火を手に持ってお兄ちゃんを追いかける妹。
魚が引いているのに引き上げきらない妹をお兄ちゃんが手助けして大物を釣り上げて笑顔がはじける2人。
浜辺できわどい水着を着て砂のお城の後ろでかくれんぼをする2人。
水着のままで熱に浮かれたような視線をカメラに向ける2人。
ゆうきと村上の魅力がこれでもかというくらい表現されている。
音楽が終わりPVが終わる。そんじょそこらのアイドルでは表現できないほどの魅力にあふれた2人の動画。
歌も引き込まれるくらいに聴き手を魅了する。
ただ単純にこの動画をみおがアップするだけで100万再生は硬いんじゃないかと思ってしまうような……5分間が一瞬だったように感じる動画だった。
見終わった2人が一番放心してる。いつも口では相手のことを何のかんの言っている兄妹だが、そばにいる俺はこの2人がお互いのことを大好きであることを知っている。
「これが僕たち……」「これが私たち……」
「そうだよ、びっくりした? ゆうきっちの写真撮影って聞いたときは1人でもそれなりの写真になるんだろうなって思っていたけど、ゆうかとゆうきっちが揃ったら化学反応が起こってとんでもなく化けちゃったし。
ゆうきっちに目を付けた多々良恭介もなかなかだけど、ここまでは想像していなかっただろうね」
この世界の元の多々良恭介の話だね。確かにゆうきに目をつけて水着の写真でみおに勝とうとしたのは正解だったように思う。結果としては妹のゆうかの登場でみおに更に上をいかれちゃってるわけだけど。
「多々良恭介って……きょーすけのことをなんでフルネームで呼ぶの?」
「そうですよ、いつもは『恭っち』って……」
「気にしない気にしない。みおがちょっとカッコつけただけだから」
やっばっ。この2人も結構鋭いから気を付けないと。みおの中では俺と多々良恭介《元の多々良恭介》が別人だからなぁ。ゆうきには別の世界の話をしているとはいえ、これ以上話を広げたら村上まで気付きそう。
「それであーしとしては2人をまずはネットアイドルとして配信デビューさせてからIVを作って販売していくといいんじゃないと思ってる。ゆうきっちはちょっと引っ込み思案で照れ屋だけどそれをゆうかがカバーすれば生配信も対応できると思うし。
もちろん大手事務所から声がかかったら移籍できるように契約には盛り込んでおくからアイドルになってみない?」
みおの言葉に2人が顔を見合わせる。こうしてみるとよく似てるけどやっぱり違う部分もあってそこが2人の魅力をより引き立ててるんだなって感じる。
ちょっと不安がありつつもやってみたいなって思っているゆうきに、2人でアイドルをやるということにもう乗り気になっている村上。
「あーしが考えている名前の候補は……」
「υ'sとかどうかな。ゆうきとゆうかでYのギリシャ文字、υを使ってυ's!」
みおの言葉を遮るようにして俺の口から先に提案する。さっき打ち合わせで聞いたけどみおのアイディアは「ツインズ」とか「トゥインクル」とかいまいちだったから……
「υ's……いいんじゃないかな。きょーすけのアイディアに賛成」
「私も多々良先輩のアイディアでいいかなって思います」
「あ、あーしが一晩かけて考えたアイディアが……聞いても貰えないなんて……」
「あ、みお部長……聞きます。私とっても聞きたいなぁ」
気遣い上手なゆうかさんがみおのアイディアを10個くらい聞かされていたけど結局υ'sに決定された。
兄妹アイドルデュオυ'sがこれからどうなっていくか。すごく楽しみだ。
契約とか今後の配信やレッスンのスケジュールについては夏休み中に詰めて夏休み終盤には実際に活動を始めることなんかを決めて今日はお開きになった。
4人のグループラインを作ってなんとなく照れているゆうきと村上が可愛かった。
2人を送り出してみおと2人きりになる。
「あの2人は何のかんの言って仲いいし、配信でも人気が出ると思う。ひょっとしたら大手事務所に移籍して本当に本格的にアイドルになるかもしれないって思うよ。そのぐらいのポテンシャルはあると思うし」
4人で食べていたスナックやジュースのコップを2人で片付けながら話をする。
「相変わらずみおは凄いと思うよ。みおがいなかったら俺たちのグループも全然違う形になっていたんだろうなって思うし」
「い、いきなり褒めるなし。どうしちゃったの恭っち、ひょっとして惚れ直しちゃった?」
「うん、惚れ直した。みおはめちゃくちゃカッコいい」
ストレートに褒められると真っ赤になるみお。本当に可愛いところがあるよなぁ。
「そ、それじゃあ気持ちを行動で表して欲しいし。それにさっきの続きも……」
ちゅっ ちゅぅっ ちゅぱっ
抱きしめての軽いキスから舌を絡めるキス。みおの顔がとろんとして可愛い。俺の股間もガチガチになっている。
このまま寝室に……と思うがみおに止められる。
「恭介、ちょっと待って……このまま始めちゃったら朝までコースだから……んッ、あんっ、ダメだってば……お風呂も入ってないしちょっと待って」
みおに押しとどめられる。どう見てもみおも発情してるんだけど……そうだよなぁ。陽菜には家に帰るって言って出てきてるし。
「陽菜っちには恭っちを開始前の一時間借りるって言って早めに呼び出してるから遅くなるのはルール違反だし……我慢しないと」
太ももをモジモジさせながら言うみおが愛おしい。みおの手をギュッと繋いでもう一度キスをする。
「陽菜の家まで我慢できる? 電車で移動することになるけど」
真っ赤な顔をしてコクンと頷く。本当にエッチで可愛いなぁ。陽菜にみおを連れて家に帰ることをラインする。
陽菜からすぐにOKマークのネコのスタンプが返ってくる。
『みおちゃんも一緒に晩ご飯食べよう」
こっちもOKのスタンプを返しておく。
「じゃあ行こうか! ほら、手を繋いで」
俺が手を出すとみおがギュッと握ってくる。恋人繋ぎ。本当に見た目からは想像できないくらい中身は乙女だよね。
陽菜の家に連れて帰ったみおを交えて3人でたっぷり楽しみました。
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ちょっとした小話
ある日、配信中のυ'sの2人。
「え~と、今日は重大発表があります……ゆうか、これって本当に本当なんだよね? 今日は4月1日じゃないからエイプリルフールじゃないよね」
「もう、お兄ちゃんは……今年のエイプリルフールにドッキリで思いっきり騙されるところを生配信されたからって疑り深すぎぃ」
「でも、こんなことが本当に起こるなんて信じられなくて……じゃあせーので発表するよ」
((せーの))
「「大手レーベルのアービックスからメジャーデビューすることが決定しました~!!」」
((パチパチパチパチ~♪))
「ネットアイドルとして頑張ってきたけど、たった1年でこんな風に本当のアイドルになっちゃうなんて僕はまだ信じられないよ」
「なに言ってるのよ、新曲を出すたびにあっという間に100万再生。歌ってみた、や歌のライブ配信だけじゃなくてゲーム配信や雑談配信ですら同接が50万いっちゃうことがあるυ'sだよ。どれだけ影響力があると思ってるの?」
「いや、本当に……僕なんかがこんなにスポットライトを浴びるなんて思ってもなくて」
「お兄ちゃんがそんなこと言ってるとゆうか1人でメジャーデビューしちゃうよ?
ん……!? コメントがいっぱい。えっと何々……『ゆうかちゃん一人じゃ無理』『ゆうきタンしか勝たん』『ゆうきあってのυ's』『ゆうきがいないυ'sなんてコーヒーを入れないクリープみたいなもの』……よく分からないけど最後のは絶対私への悪口だって分かる……ムキ~ッ!!」
「えっと、こんな妹と僕ですけど、メジャーデビューしてもよろしくお願いします」
という配信があってその3か月後、2人のメジャーデビューシングルはオリコン1位になったとかならなかったとか。