第190話 この役だけは誰にも譲れなかった(陽菜視点)
「あなたみたいな人に恭介くんは興味がありません。それに恭介くんがしたいと思ったら恋人の私が全部受け止めます」
恭介くんを守るためにちょっと怖いけど恭介くんの前に立って3年生女子の先輩を睨みつける。
背の低い私が見上げるように睨みつけても全然怖くないだろうと思うけど、先輩はちょっとたじろいで後ろに下がってくれたので恭介くんの手を掴んでギュッと握り後ろも振り返らずに歩きだす。
こ、怖かった~……だってだって金色に髪の毛を染めてて背が高くて私のことを最初睨みつけてきたんだよ。
喧嘩になったら絶対に負ける自信がある。むしろ負ける自信しかない。
でもでも、今の私は恭介くんの恋人なのだ。恋人を守る女騎士としては敵(?)に背を向けるわけにはいかない。たとえチワワでもドーベルマンに吠え掛かるしかないのだ!
怖い先輩が見えなくなったところでちょっと足が震えちゃって歩けなくなった私の背中を恭介くんが優しくなでてくれる。
「陽菜、俺のために怖いのに無理しなくていいんだぞ。
俺だったらあのくらい言われても平気だから。それに陽菜が辛かったら小烏に恋人役を代わって貰っても……」
恭介くんが優しく言う。
私はブンブンって頭を振って答える。
「大丈夫だから、私がやるって立候補したんだもん」
そうなのだ、本当はひよりちゃんと私の二人のどちらかが候補だったのだ。ひよりちゃんもきっと恭介くんの恋人役をしたかったんだと思う。
でも、6駅も離れた駅から学校に通っていて風紀委員の仕事で朝から服装チェックなんかで忙しいひよりちゃんだとなかなか恭介くんのそばにいられないということと、あと私と恭介くんがいつも一緒にいるからひよりちゃんが恋人役だと私の存在が浮気相手みたいに見えてますます恭介くんの評判が落ちる可能性があることなどから私の恋人希望が通ってしまった。
ひよりちゃんの方が本物の女剣士だし女騎士役として恭介くんを守るのにふさわしいと思うけどこの役だけは誰にも譲れなかった。譲りたくなかった。
だから、今他のみんながどう思っているか分かるから本当に申し訳ない。特にしずくちゃんは悔しくてつらい思いをしていると思う。
みんな噂が落ち着くまでの辛抱だからと我慢してくれているのだ。
私自身も恭介くんのそばにいられて幸せな反面、たまに胸がズキッて痛む。もちろん本当に心臓が痛いってわけじゃなくて移植された心臓は健康そのもので元気に動いているんだけど、心が痛む瞬間があるのだ。
あくまでも私たちは偽物の恋人、本当の恋人になれるわけじゃない。
昔誰かと付き合っていたことがあるという恭介くんには恋人がいた。
私はしょせんは偽物の恋人でその人に負けていてその人の代わりにしかなれていない。
もっと頑張って本当に好きになって貰いたいのに今の私の言葉はニセの恋人として演技をしている言葉として恭介くんに受け止められてしまうのだ。
こっそり本音を混ぜて「恭介くん大好き」「愛してる。ずっと一緒にいたい」って言ってみせてもそれは全てニセの恋人の言葉。
どうしたら私の本当の気持ち……伝わってくれるのかな?