第137話 会場の空気が変わったのを感じた
自分の道着の着付けが終わり(小烏の指導の下ちゃんと着付けられるようになった)、小烏が控室から出てくるのを待っている。
先に出てきた藤岡が俺にサムズアップしてめっちゃ笑顔を見せて来たのでハードルはめちゃくちゃに上がっている。
作務所に作られていた控室の扉がしずしずと開き、中から小烏が姿を見せる。
純白の小袖に緋袴、長い髪を後ろで一つに結わえて和紙でまとめられている。
小袖の上から千早と呼ばれる白い無地の装束を羽織った小烏は神々しささえ感じられた。
化粧に関してはナチュラルメイクと言えばいいのだろうか、小烏の魅力がそのまま引き出されていてその気高い精神が目に見えるようだった。
間違いなく俺の人生で見た巫女の中で一番美しくて神々しい姿だった。
「す、すごいな……」
思わず言葉を失っている俺の顔をiPhoneを構えた藤岡が遠慮なく撮っている。間抜けな顔を撮るなよと思う余裕もない。
「アハハ、凄いよね。私も本当にびっくりしちゃった。こんな美人さんを撮るチャンスなんてめったにないから多々良くんに感謝かな」
さんご先輩も俺に告げる。確かに被写体として自分のカメラで撮ってみたい。
俺は今回サポート役だし自分のカメラの腕もまだまだなのは分かっているけどそれでも自分のカメラでも撮影したかった。
とにかくまずは奉納舞、そして剣舞を成功させて祭りに華を添えるのが俺たちの役目だ。
その上でさんご先輩の写真と藤岡のビデオ撮影が刀剣女士のインスタに新たな一ページを加えてくれれば最高だ。
祭りのイベント会場になっている舞台は元々神社の境内に設けられた特設会場だ。今からそこに向かう小烏に恭しく両手の平で神楽鈴を差し出す。
頷いてそれを受け取る小烏。言葉ではなく気持ちが繋がっているのが分かる。
そのまま、小烏家の伝わる太刀を握り小烏の後をついていく。この後俺は舞台の裾に控えて、小烏の奉納舞が終わったらこの太刀を小烏に渡すことになる。
小烏が会場に向かい陽の光の元に歩み出る。その瞬間、会場の空気が変わったのを感じた。
近くの人たちが息をのみその空気が伝染して会場がざわついている。誰だあの美人……巫女様綺麗……今から奉納舞だって言うから帰ろうと思っていたけど……色んな声が聞こえている。
シャランッ
小烏が舞台の中心へとしずしずと進み、舞台の真ん中で一振り神楽鈴を振った瞬間。周囲の物音が消え、その静謐の中人々の目線は全て小烏に吸い込まれた。