第106話 今の私にできる最高の一撃
小烏が抜いて見せた太刀は刀身の先が両刃になっている不思議な作りで黒く鈍く光を反射していた。
「この太刀が我が家が小烏という家名を名乗るようになった由来だな。奈良から平安の時代に打たれたと言われてる小烏造のこの太刀を、戦国時代に武勲を立てた際に御屋形様から下賜されたのが小烏家の始まりとされている。
それだけの時代を小烏家はこの太刀と共に過ごしてきたのだ」
そういうと小烏は刀身を鞘に納め自分の右側に静かに置いた。
「そしてこの太刀に向き合い、己の一ノ太刀を磨くことこそが小烏流の本質ということになるのだ。
これからの話をするためにそのことを分かって欲しかった」
小烏が言うと立ち上がり、床の間(?)の方に太刀を置きに行き、壁から二本の竹刀を持って戻ってきた。
「多々良、立てるか?」小烏が聞いてくるので立とうとすると足がしびれて立ち上がることさえできない。足がビリビリして動くのも無理。
「すまんな、足を崩すように伝えるべきだった」
自分は正座していても全くしびれないから俺の足のことは失念されていたらしい。しばらく待って貰ってやっと立ち上がる。
「この竹刀を持って構えていてくれ。道着の着方もおかしいし構えもおかしいが今は構わない。構えたままこの線の後ろで動かないでくれよ」
小烏はそう言って俺に正眼の構えを取らせると、自分は反対の開始線に立ち一礼した。
小烏が構える。その瞬間道場の空気が変わった。
張り詰めたと言えばいいのか、剣道に関してド素人の俺でも分かる。殺気でもないプレッシャーとしか言いようがない剣圧。
小烏がスゥっと息を吸ったと思った瞬間、俺の喉元には小烏の《《竹刀の切っ先が突き付け》》られていた。
すごい、何も見えなかった。構えた状態からの予備動作の全くない突き。このレベルに到達するまでに小烏がどれだけの修練を積んだのか気が遠くなりそうだった。
「これが今の私にできる最高の一撃、一ノ太刀だ。
中学までは剣道の大会などでは突きは使えないから道場でのみ鍛えてきた。もっとも高校以上でも社会人になっても突きはあまり褒められた技ではないという扱いだから大会では使いにくいがな。
あの両刃の太刀は突き技が一番向いているからこの技を磨いたんだ」
あまりの剣技の冴えに俺は感動を覚えていた。そしてこの技が失われてしまうのは……生かす道がなくなるのは本当に惜しいと思った。
「小烏、門下生が増えればこの道場は存続できるんだな? だったら諦めずにできることから始めよう」
小烏に言うと俺はスマホを使うために更衣室に向かった。
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ちょっとした小話
「おい小烏、この漫画のこの技出来る?」
「ふむ、一度に九つの斬撃を相手に打ち込む技か? できないことはないが四撃と突きの五頭龍閃くらいしかできそうにないな」
「で、できるのか……凄いな」
「だけど多々良、この技に意味があるのか? 真剣で決まったら突きの時点で相手の命はないのだが……」
「あっ!?」
という会話が道場で繰り広げられたとかなかったとか。
カクヨムで後半になるほどたくさん書かれた「ちょっとした小話」の初回がここでした。