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とある国の物語

異世界転生したけれど、私にチートはありません~平凡令嬢、我が道を行く

作者: 西九条沙羅

※丘一様がビアンカのお話の感想で、一言に書いて下さいましたタイトル、後書きで使用させて頂きました。

勝手にすみません><

ありがとうございます^^

ここは、四方を海に囲まれた資源の豊かな国。


この国にとある伯爵令嬢がいた。

彼女の名はナタリー・ハッセン。


農業が盛んな領地を持つ、高位でも低位でもない中堅の伯爵家。

父も母も温厚で、平々凡々な伯爵家。

長女であるナタリーは、平々凡々な茶色の髪をしていた。

しかしエメラルド色の瞳だけは、誰もが一度は吸い寄せられそうになる程、美しくキラキラしていた。

少女は物語が大好きでよく空想していたのだが、その瞳は、空想で楽しんでいる時が一番美しく輝いていた。



彼女が8歳になった時、温厚な父が彼女に侍女を付ける事にした。



「15歳から貴族学園に通う前に、寄子の男爵家から娘を預かることにした。

今のうちに仲良くなっておきなさい。

あの男爵家は家庭が複雑だから、お前が変な好奇心に負けてあれやこれや聞き出す前に伝えておくよ」


そう言って父親が教えてくれたのは、小説の中の話かというような、ドロドロとした家族関係だった。




ジョーンズ男爵家。

ハッセン伯爵家が持っていた爵位で、何代も前のハッセン伯爵家当主の弟が譲り受け、分家として始まった。

それからはハッセン伯爵家の寄子として、ハッセン家の領土の管理を手伝っている。


先代のジョーンズ男爵には娘しかおらず、少しポヤッとした娘だった為、男爵は領土管理の手伝いに必要なスキルを持つ、平民だが裕福な商家の次男坊を娘の婚約者とした。

しかしこの次男坊、溌溂として性格が良く仕事も出来たが、女性にだらしがなかった。

貴族の娘は結婚するまで手を出せないからと、平民に手を出しまくっていたのだ。


そして結婚後、結婚した後も関係を続けていた愛人の一人が、夫人と変わらないタイミングで出産したのだった。

男爵となったその次男坊は妻を大事にしていたが、妻が亡くなった2年後、つまり今から2年前に、自分の子を産んだ愛人を後妻として迎えた。


それが、今回行儀見習いとしてハッセン伯爵家へやってくる姉妹である。



(え~~~~~!!!!

凄い! 凄い! 凄い!!! 

小説みたい!!!!!


やっぱり男爵は愛人の方が好きだから、姉よりも妹の方を可愛がって・・・。

『ずるいずるいが口癖の、何でも欲しがる義妹に全てを奪われましたが、私は隣国で幸せになります』

・・・的な???


それとも庶子の義妹が嫡子の姉にいじめられているバージョンかもしれないわ!

『庶子の私は義姉の婚約者を押し付けられましたが、何故か溺愛されています』

・・・的な???


どっちでも修羅場だわ~~~。


しかも私の部屋が修羅場になる可能性も!!!

いや~ん、プレミアムシートじゃない? でも人の不幸を美味しそうに感じるなんて、ダメね。 いけない子! 神様に知られたら怒られるかも。 それでもって、「お前も同じ目に合え!」って、ダメンズと縁結びされたら困るわ! 折角お父様に”恋愛結婚のすゝめ”を一晩中、本当に朝日がこんにちはしてくるまで利点を話して説き伏せたのに。 神様仏様、ごめんなさい、ごめんなさい。 南無南無・・・)




脳内で妄想を繰り広げていても、行き届いた令嬢教育の賜物でナタリーは表情を一切変えなかった。

しかし家族は彼女の瞳がキラキラしているのを見て、・・・察した。


「おねーたまのおめめ、きれいねぇ♡」


3歳の弟には大好評だ。







そして迎えた決戦の日、例の姉妹がナタリーの前に現れた!



まずは姉の挨拶。

「ジョーンズ男爵家が長女、サマンサでございます。

よろしくお願い致します。」


「よろしく」


(綺麗なカーテシー。

ふむふむ。

茶色い目はありきたりだけど、綺麗な金髪はふわふわしていていい感じ。なかなかの美人だわ。

理知的な瞳もイイ感じ。

これは、『ずるいずるいが口癖の、何でも欲しがる義妹に(以下省略)』パターンね)



ナタリーは瞳をキラキラさせて観察をする。

そして次が妹の挨拶。








「おっす! おらミーナ! よろしくおねげーしますだっぺ!!!」




























(え? 外国語? わたしまだ習っていない・・・)











「あ~、おっす? ・・・え~と、おら」

「違います、ナタリー様。

外国語ではございません。 ただの訛りです」

「な! な! な、な、な、訛り~~~!?

何で!!??

二人ともハッセンの領土に住んでいたのよね!?

何で妹にだけこんな、聞いたことも無い強い癖が付いてるのよ!!!」



外国語と間違えた恥ずかしさで、ナタリーの顔は真っ赤になって涙目だ。



サマンサは優しい目でナタリーに微笑んだ。



(同い年の筈なのに、お姉様みたい・・・。

こんな妹がいたら、・・・そうなるのね。)



「ナタリー様、私達姉妹のこと、仲が悪くいがみ合っていると思ってらしたでしょう?」


図星を指されてナタリーの顔がまた赤くなる。


「ふふ。 構いません。 みんなが必ず最初に思う事ですので。


私も最初はいじめてやろうと思いましたよ。

でも私の時もこの挨拶で。カーテシーではなく腰から直角に上半身を曲げて挨拶してきたんですよ、笑ってしまうでしょ?


その後も、どれだけ嫌味を言っても暖簾に腕押しで。

もう疲れてしまって・・・、ふふ。


考えてみれば、子供に罪は無いんですよ。

子供は親や、生まれてくる環境を選べない。

庶子として生まれたことも、この子のせいではない。

悪いのは父親だって、気づいたのです」



(すごい! 同い年とは思えない! 達観してるわ~~~!)


ナタリーはサマンサの、人生2周目の様な落ち着き払った様子に感動した。



「それにしても、どうしてミーナはこんなに訛りがあるの?」

「それが・・・」

「おらには前世の記憶があるだ。

どんな人間だったか、とか細かいことは覚えてねぇんだども・・・。

んだども、この喋り方だけは覚えてて、どーしても出ちまうだ」


頭を掻きながら、ミーナはアハハと笑った。






(え? これで貴族学園通うの???)



ナタリーは不安になり、チラッとサマンサを見た。


「貴族学園に通うまで、あと7年ございます。

それまでに矯正できないようなら、ミーナはこのままこちらにメイドとして雇って頂き、庶民として生きていく事が決まっております。

さすがにこのままでは、貴族には嫁げませんからね」



合点がいったナタリーは、エメラルドの瞳をキラキラさせてミーナに食いついた。



「他には覚えていないの? どんな世界だったか」

「あんまり覚えとらんけども、貴族はおらんかったな。

皆が平民で、しゅしょーとか言う人とか、だいとーりょーって人が国を動かしてただ。

王さんがいた国もあったけどな、あんまり無かったかな?


んで、鉄の塊が浮いとったよ。

あと鉄の塊がバビューーーンって、すんごい勢いで走ってた。馬車より何十倍もの速さで人さ運んでただ。


あと、あと、なんがあったかいの?」



ナタリーはミーナの話している内容がいまいち分からなかったが、サマンサの通訳を介し、何とか夢のような異世界の一部を理解した。



ミーナの話を聞いている間ナタリーのエメラルド色の瞳はキラキラしており、この姉妹を魅了したのだった。





その夜、眠る前のベッドの中、ナタリーはミーナから聞いた異世界に思いを馳せていた。

胸がドキドキとして眠れそうになかった。


しかし昼間に興奮していたナタリーは、疲れからあっと言う間に夢の世界に入って行く。



ミーナの話に触発されたのか、ナタリーはその夜、夢の中で一人の女性の人生を見ていた。


特筆すべき事の無い中流家庭で生まれ育ったその女性は、大学を卒業後に就職をして社会人になった。

そして結婚することもなく、仕事に明け暮れているうちに30歳になる前に亡くなった。

事故だった。




夢から目が覚めたナタリーは茫然と辺りを見渡して・・・。



「あ、異世界転生したんだ・・・」




日本で奈美として生きた人生と、ここでナタリーとして生きた人生が混じり合い、ナタリーの人格を新たに構築していった。




そして、奈美の人生で、奈美が特に愛した人がいた。


母方の祖母で、東北の田舎に住んでいたおばあちゃん。


癖の強い方言で喋っていて、時々何を言っているのか分からない事もあったが、優しくていつも笑顔のおばあちゃんが奈美は大好きだった。




(おばあちゃん・・・)






ナタリーは泣きそうになったが、大急ぎで朝の身支度をすると姉妹がいる部屋まで走って行った。





(おばあちゃん・・!)







あの喋り方。


あの表情。


あっけらかんとして、いつも笑っていた。


大好きな・・・










ナタリーが部屋に入ると、姉妹は朝の準備を終えてちょうど食堂へと向かうところだった。





ミーナを見てナタリーは涙が出そうになった。





そして ———————







「おばぁちゃん!」




























「・・・お嬢、頭打っただか・・・?」





「むっきーーーーーーーー!!!!!!

いやいや、そこは「奈美! お前なのか?」でしょ!?

何よ!その痛い子を見る目!!!

あんたにだけは、そんな目で見られたくない!!!」

「おらぁ、孫はおらんべよ・・・」

「あんた、自分の事覚えてないって言ったくせに、なんでそんなにハッキリ否定するのよ!」

「んだども、病気でろーてぃーんで亡くなった記憶は微かにあるべ・・・」

「奈美より年下!!!」



ナタリーはがっくりと膝から崩れ落ちた。



「この流れは、おばぁちゃんだったって、涙涙で抱きしめ合うシーンじゃないのぉ?」

「お嬢、小説の読みすぎだっぺ?」






ミーナはおばぁちゃんの生まれ変わりでも何でもなく、ただの赤の他人だった。




ナタリーは数日、部屋から出てこなかった。










そんなこんなで時が過ぎ、3人は15歳になり、明日から貴族学園に通う事となった。




「おらは明日から社会人だっぺな!」

「イイ感じに言うな! 訛りを矯正出来なかっただけでしょ!?」


奈美の人格のせいで、ナタリーは突っ込みが激しい夢見る乙女に成長してしまった。



結局ミーナの訛りは直せなかったので、学園には通わず庶民として生活して行く事になった。


サマンサは跡取り娘として、前男爵令嬢と同じ様に優秀な婿を取ってジョーンズ男爵家を継ぐこととなり、現在は王都の男爵邸に戻って見合いの日々である。


学園を卒業してからはサマンサが侍女としてナタリーに付くが、それまでは、学園の行き来だけはミーナが側仕えとなった。

ナタリーはミーナと一緒に馬車に乗って学園に向かう。


「そういや、ナタリー様も婚約者がおりやせんね?

伯爵は恋愛結婚推奨派だっぺか?」

「特別に組みたい縁が無かったみたい。

うちは昔から農業が領地経営の源で、新しい事業に参加したりしないからね。


恋愛結婚推奨派は私よ。

前世を思い出してから、絶対に政略結婚は嫌だったの」

「なるほど~。そんじゃ学園で相手を見つけねっといけんさね!」




窓の外に学園の門が見える。




「でも・・・。

恋愛ってどうやって始めるんだっけ?

食パン咥えて走ったら、イケメンとぶつかれるかしら・・・?」

前世でも仕事仕事で恋愛から遠ざかっていたナタリーは、ちょっと不安だった。

「こっちの世界にゃ食パンはねぇべよ~。

しゃーねーからCroissant(めちゃくちゃ綺麗な発音のクロッサーン)咥えるべ?」



どら〇モンのスペアポケットでもあるのか、どこからかクロワッサンを出してきたミーナ。

ナタリーは冷たい眼差しをミーナに向けて、それから無言で馬車を降りた。



「行ってらっさいだべー! また帰りに迎えに来んだべさ~」



ミーナは手を振って帰って行った。



馬車の乗降場所でサマンサが待っていた。

その達観した、どこぞの夫人の様な微笑みを浮かべている彼女を見て、ナタリーは改めて思った。

たった2年ミーナと一緒にいるだけで、人生2周目の様に達観した8歳のサマンサ・・・。

私、もう7年も一緒にいるのに未だに振り回されているわ・・・。

前世と合わせてもう40以上も生きているはずだが、まだまだ人生1周目の途中のナタリーであった。









(今年の1年は、公爵家の男子が一人。

2年には公爵家の女子が一人。

そして3年には皇太子殿下と、公爵家の男子が一人・・・)



学園のクラス分けは成績順で、ナタリーは何と、高位貴族が席を埋めているAクラスになった。

それもそのはず、活字ジャンキーのナタリーは小説という名の小説を読みまくり、読むものが無くなれば歴史書や論文、果ては哲学書まで読んでしまっていたのだ。

その知識量は膨大である。


そして同じクラスに居るのが、三大公爵家の一つマルティネス公爵家の嫡男、アーロンだった。



(彼ってそう言えば婚約者がいなかったわよね?

婚約者候補から皇太子妃が選ばれない事には、他の候補の令嬢も婚約を結べないんだわ。

だから高位貴族の子女のほとんどがまだ婚約していないって・・・。


それだったら安心ね・・・。

基本は婚約者のいる高位貴族を、悪役令嬢から奪うのがセオリーだもの。



止めてよね~。 前世でも活字ホリックだったから小説はよく読んでいたけど、乙女ゲームとか漫画とかは一切手を出していないんだから・・・。頭を振り絞っても、アーロン・マルティネスなんて名前に覚えは無いもの・・・。だから大丈夫よね? それに私が物語の主人公や悪役令嬢に選ばれる事はないわ。 だって、”THE 平々凡々”なんだもの。私を主人公にするなら、『異世界転生したけれど、私にチートはありません~平凡令嬢、我が道を行く』ね。こんな私じゃ、短編小説でも一作書き上げるのも無理だと思うわ。500文字ぐらいで全て語り尽くしてしまうわ。 だって、”THE 平々凡々” なんだもの。 2回言っちゃったわ、私ったら。 まぁ、やだ! 転生した私のタイトル付けちゃったわ。 転生してないナタリーの話だったら何かしらね~・・・。 (何も思いつかない)・・・まぁ、いいわ。 転生した私の話でも500文字ぐらいなんだもの。 転生してないナタリーなら・・・、申し訳ないけど100文字ぐらいで終わりそう。 可哀そうなナタリー・・・。 って私だったー! 一人で乗り突っ込みしちゃった。 まぁ、話は戻るけど、知らない話のモブって可能性もあるのよね? でもモブならよっぽどの事が無い限り、大丈夫よね? でも、まぁ念のため、彼には近づかないようにしましょう。 友達になっただけで邪推されて妬まれるとか、全くもって割に合わないもの。 あ~あ、こんな事ならもう少し手を抜いてBクラスに入ればよかった。 そこならサマンサもいるし恋人だって探せたのに・・・。 なんでAクラスに入るかな~。 無駄に知識を詰め込みすぎたな・・・。 でも人生に必要なのは知識じゃなくて知恵だって、おばあちゃんはいつも言ってたな。・・・くすん。 おばあちゃんに会いたいな。 あ、また令嬢がマルティネス公爵令息に挨拶に行った。 人気ね~。 頬を染めてる令嬢にも近づかない様にしましょ。 悪役令嬢かもしれないしね。 知らんけど。 でもマルティネス公爵令息、すっごく綺麗なミルクティー色の髪。 いいなぁ~。 私なんて茶色よ? 前世でもアッシュ色とか、ミルクティー色に染めたくて。 だけど赤色の強い髪色だったから、ブリーチしないとアッシュとか入れても、すぐにただの茶色になっちゃうのよね。 私もあんなミルクティー色が良かったな~。 色の名前が可愛いわよね? 黒とか、茶色とか、赤でもない。 ミルクティー色。 いいなぁ・・・。 そういやミーナは病弱な前世だったから、生まれ変わったら思いっきり走り回りたいって思ってたのよね? そして生まれ変わったらあんなに元気な体になってた。 神様、いい仕事したわよね? でもさぁ? それだったら私の髪も、茶色が嫌だって前世で散々言ってたんだからさ? こっちではミルクティー色にしてくれても良くない? それくらい良くない? 片手間でもできそうじゃない? 知らんけど。 まぁミーナの願いと比べるとしょぼ過ぎるって言うか、ただの我儘だから仕方ないか。 生死の問題と髪の色の悩みを同じ系列に置いたら何かいろんな人に怒られそう。 やべ。 ごめんなさい、ごめんなさい。 神様仏様、南無南無・・・)







ナタリーが取り留めなく考えている間、彼女の目線は例の公爵令息に向いていた。



「俺、あの令嬢にすごく見られてるんだけど・・・」

「お前の容姿や地位に恋してる令嬢だろ? いつもの事じゃないか」

「うん・・・。 だけど、彼女の瞳には、その、熱量が無いんだよね・・・」

「ん? ・・・本当だ。 何だか彼女、死んだ魚みたいな目だな・・・」





ナタリーが気づかぬうちに、アーロンに要注意人物のレッテルを貼り付けられた瞬間だった。










それから数ヶ月、ナタリーには何の問題も(ドラマティックな出来事も)起きなかった。


やはり自分はヒロインでも悪役令嬢でもないんだと、安心して学校に通えるようになったそんな頃、馬車から降りるナタリーに、ミーナは背中から声を掛けた。



「そう言やお嬢、恋人できただか?」

「いいえ、今年は諦めたわ。 来年はBクラスになってそこで探す予定よ。 どうして?」


ナタリーが振り返ってミーナに返事をすると、ミーナはどこからかクロワッサンを取り出して、ナタリーの口に押し込んだ。



Croissantクロッサーンくわえて走るべ!!!」



そして思いっきりナタリーを押したのだ。



クロワッサンを口に突っ込まれ、とんでもない力で押されたナタリーはそのまま吹っ飛んでしまい、ちょうど通りかかったアーロンに抱き留められたのだ。




(わたし・・・、つんだ・・・???)



ナタリーは涙目になってアーロンを見上げる事しかできなかった。


ナタリーのキラキラ光るエメラルド色の瞳に見惚れて、アーロンもナタリーを抱き留めたまま動く事ができなかった。

彼の眼には、ナタリーの美しい瞳までしか映っておらず、その下にある口にくわえられたCroissantクロッサーンには気づかなかった。


ただその現場を見ていた周りの人間は、イイ感じ風に抱き合ったカップルの、少女の方がひたすらCroissantクロッサーンを飲み込もうと(無かったことにしようと)モグモグモグモグしている場面を、状況が理解できず見つめ続けていた。




その日の午後、ナタリーはアーロンに呼び出されて、二人はこっそりと裏庭で会った。


「今朝は失礼いたしました」

「気にしなくていい。話すのは初めてだよね? ナタリー嬢と呼んでいいかな?」

「いえ、(ヒーローかもしれない男とは距離を取りたいので)今後も話すことは無さそうですので、ハッセン伯爵令嬢とお呼びください」

「そんなに壁を作らなくても、曲がりなりにも恋人同士じゃないかと噂されているのに」

「は? ・・・はぁ!!??」


ナタリーもビックリの新事実。


実はナタリー、Aクラスの男子生徒から大人気だった。

友達もいないのでボーッと妄想空想なんでもござれと考え事に没頭していたら、ちょいちょい魅惑のエメラルド色の瞳をキラキラさせていたようで。

また色っぽい妄想をしていた時には、頬をピンクに染めてのダブルパンチ。

それを見ていたクラスの男子からは「ごっくん」と唾を飲み込む音がする。

入学式の日にナタリーを危険人物認定したアーロンも、認定したが為にちょいちょい目線で追ってしまい、その光景を目の当たりにしたのだった。


平々凡々な茶色の髪がコンプレックスのナタリーだが、顔つきは楚々としていて、(黙っていれば)儚い美少女なのだ。

大事な事なので二度言う。黙っていれば。



そして女子とは敏感な生き物で、アーロン含め高位貴族がナタリーを見つめていることに気づいたクラスの女子が、ナタリーに意地悪をし出したのだ。

しかしそれが“無視する”という行為だった為、常に一人のナタリーは全く気付かなかったのだが・・・。

アーロンがそんな女子の行動に気づき、やんわりと注意をしたところ、アーロンとナタリーが恋人同士ではないか? との噂がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ出たのだ。



「え? そんな噂、知っていたのなら否定してくださいよ」

「俺も、あわよくばと思ってしまって・・・。

ナタリー嬢には婚約者はいなかったよね? 自由恋愛主義?」

「はい、そうです。(なのでこんなところであなたに引っかかってる場合じゃないんです!)」

「俺も自由恋愛主義者だ。公爵家嫡男のため許されてはいないけど・・・。

でも君みたいに博識な令嬢なら、両親も許してくれると思う。

俺と婚約を前提に、付き合ってもらえないだろうか?」

「え? 何で今の流れで???」

「え? ダメだった!?」


恋愛初心者のアーロンは、今の話の流れが全くもって恋に恋する乙女の琴線に触れない事が分からない。

しかしビギナーズラックが発動し、オロオロして眉尻を下げたアーロン(の表情)が、ナタリーの琴線を鷲掴みした。


(え? イケメンの困り顔、可愛すぎるんだけど・・・。 ヤバい、美味しそう!!!)


「コホン。自由恋愛したいなら、まずはデートしてお互いの事知って、それで徐々に好きになっていくんじゃないでしょうか?」

「じゃぁデートしよ。 今日!」

「いや、急すぎでしょ?」

「でも、折角の機会だし・・・。

他の男に取られたくない・・・」


恋愛初心者だが、公爵家嫡男として人間心理に詳しいアーロンは、さっきの自分の困り顔がナタリーの琴線にちょこっとだけ触れた事に目敏く気づいていた。

しかし実際にはちょこっとどころか鷲掴みしていたのだが・・・。



(え? 可愛いかよ! 何なのこのあざと可愛い表情!

ヤバい! 鼻血でそう!!!

昔から犬の尻尾が見えるわんこ系男子が大好物だったの・・・。 してやられたわ! どうしよう。 ヒーローだったら距離取りたいのに・・・。 いやいや、このくだり数カ月前にやったじゃん、私! ここはどこの世界でも無いんだから、大丈夫よ! 前世でも恋愛して来なかったんだもの。 ちょっとぐらい、イケメンときゃっきゃうふふしてもいいでしょう? 「いいよ~(BY ナタリー)」 はい! 許可取りました!!! やったー! デートだ!!!)



イケメンに押されてあっさりと心の壁を壊されてしまった(もとい、自分で壁をぶち破ったナタリー)は、結局アーロンとデートすることにした。

更にこの日のデートで、ナタリーはあっさりアーロンに陥落されたのである。


それもその筈、21世紀の現代社会で自立した女であった奈美と、父親と弟以外の男性とほとんど話したことのないナタリー。

恋愛偏差値は無いに等しい。

つまりエスコートだけでキュンキュンである。

馬車を降りる時に笑顔で手を差し出してくれるだけで、キュン死にである。

しかもそのエスコートをするのは、ミルクティー色の髪に、晴れた空の様に明るい青色の瞳をしたイケメン。




ナタリーは悪役令嬢でもヒロインでもなく、ただのチョロインだったのである・・・。













それから時が過ぎ、学園を卒業と同時にナタリーはアーロンと結婚をし、蜜月で妊娠して周りを驚かせた。

先に結婚をしていた王太子夫妻にはまだ子供がいなかったため、王太子に「空気読め!」とアーロンはお叱りを受けたが、幸せいっぱいだった彼は王太子の愚痴は右から左であった。


そしてルークを出産したナタリーは、大いに子育てに参加した。

公爵家の仕事や婦人達との社交、やることは山の様にあったが充実した日々を送っていた。



ルークが3歳になった時、「弟か妹が欲しい」という可愛いお願いをされた。

公爵の背によって真実が隠されていたため、ナタリーの中の真実はこうなってしまったのである・・・。

ルーク、無念・・・。





そしてビアンカが生まれた。



ナタリーはとても幸せだった。


ある日、ビアンカにお乳をあげているとき、ビアンカの瞳とバッチリと目が合い・・・





(あ、あれ?


何だろう・・・。


ビアンカ、めっちゃ可愛くない? 

もうパ〇パースのCMの赤ちゃんモデルみたい! やば~~~い・・・・。 あれ? 本当にやばくない? ビアンカって名前、めっちゃ強そうじゃない? 公爵令嬢で、2歳年上に第一王子がいて、めっちゃ美人で、ミルクティー色の髪とエメラルドの瞳。 え? 悪役令嬢じゃないよね??? え? え? え? いや、待て。 落ち着けわたし。 ・・・ビアンカ・マルティネス公爵令嬢。 聞いた事ないな。 うん、大丈夫。 ふぃ~、ビックリした! 転生者の私だってヒロインでも悪役令嬢でもないんだもの。 ビアンカは大丈夫よ。 あ~良かった! しかし何で私、もっとヒロインっぽい名前つけなかったんだろ。 いや、ビアンカも可愛いけど。 可愛いけども、どっちかっつーと悪役令嬢っぽい名前よね。 ビアンカ。 うん。 強そうだもん。 めっちゃ扇子持って「オーッホッホ!」って高笑いしてそうな名前だもん。 ビックリしちゃったよ。・・・・・・ハッ!!! そうだよ、ついつい安心しちゃったけど、私漫画と乙女ゲームは攻めてないんだよ! そっちのストーリーだったらどうしよう!!! ビアンカ、ごめん!!! お母様、チート無いんだよ~~~!!!)




情緒不安定になったナタリーは、ちゅっぱちゅっぱ必死にお食事中のビアンカをそのままきつく抱きしめてしまった。


おっぱいに圧迫されて窒息死寸前のビアンカを救ったのはまさかのミーナだった。


そして、初めてのビアンカの言葉が「まんま」ではなく、窒息しそうになった瞬間に出た「ぅげっ!」であることを知っているのもミーナだけである。







「ビアンカたん、とっても可愛いでちゅね~」

「ビアンカ、お兄ちゃまとあちょびまちょうね~」


甘々のデレデレでビアンカに接する夫と息子を見て、ナタリーは誓ったのだ。





うちの男どもは当てにはならん。


この子の未来は自分に掛かっているのだと ———————。





ナタリーは立ち上がり、拳を天に突き上げる。






打倒、(いるのかいないのか知らんけど)ヒロイン!!!





チートは無いが、娘を愛する母は強しだ!!!!!






「ミーナ!急いで丘一という作者の『ゲームの公爵夫人モブに転生しましたがウチの娘を悪役令嬢にはさせません』を買ってきて!!!」

「え~? おj、奥様~、おら、そんな小説聞いた事ないだべよ~」

「え~? それでもそのバイブルが無いと戦えないわ!

何でもいいから買ってきて!!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早口オタクのようなナタリーが好きですw [気になる点] ミルクティー色の髪に思いを馳せている時はエメラルドキラキラお目目は発動しなかったのでしょうか? 『熱量がない』+『死んだ魚の目』=エ…
[良い点] ナタリーママの心の声、ノリツッコミが激しくて最高!! 転生したナタリーなら500文字、普通のナタリーなら100文字、可哀想なナタリー。でもうダメでした(笑) 儚い美少女(見た目)の中身…
[良い点] ナタリーもしかしなくてもだいぶポンコツじゃない!? 『ゲンコツで制裁する母は実はポンコツです』 とかでお母さん視点ずっと連載して欲しい!!
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