47-1 終わったらしい騒動
「俺んち、母子家庭でさ。母ちゃん、この前、疲労で倒れちゃったんだよ」
「おばさんが倒れたって! いつ! 入院してるのか!」桧山が先崎の腕をつかむ。
「一応、近くの救急病院に運ばれて、なんとか意識は回復したんだけどさ。入院費は保険でなんとかなりそうなんだけど、学費の支払いが、できそうになくて……」
「お前バイトしてるじゃん」
「そう、だけど、母ちゃん働けなくなったから、俺が働かないといけなくて……」
「学校辞めるのか?」
「そう、なるかな……」
「マジかよ……」
「アーモチーフ」あやねが見上げると「とにかく、今日は遅いから帰れ」
「でも……」
「ここでお前たちが先崎の心配をしても解決しない。桧山、セイジツの病室を知ってるな?お前はそっちで寝ろ。他の者は荷物を持って付いてこい」
念のため、寝ているセイジツの様子を確認すると部屋から出て、桧山が同じ階のセイジツの病室に入るのを見届けると、先崎、あやね、その一、二、三を連れて病院の裏口から出ると、裏口近くに停めてあるシルバーのセダンに乗せ、病院を後にする。
その一の家に泊ったあやねとその二、その三は、翌日、夏休みに入ったとはいえ、睡眠不足で学校へ行くと剣道の練習を始めるが、全員気合が入らず、コーチからゲキが飛ぶ。
「県大会で優勝できなかったら、一ヶ月間、体育館の掃除をさせるぞ!」
「鬼!」
しごきが入った練習後、あやねはネイルサロンへ来ていた。
「昨日はお疲れ様でした」千奈津がいつものように出迎える。「遅くまで大変だったんでしょう? 寝不足なんじゃない?」
「……はい。寝たのが朝方近かったので、剣道の練習が地獄でした……」フラフラしながら部屋に入ってくると、いつもの横長のソファに座る。
「それじゃ、濃いめの紅茶を入れてあげるよ」
「ありがとうございます……あれ? アーモチーフ、またアーモ君の姿になったんですか?」
ミシュエル用の一人掛けソファ横に置いてあるアーモ専用のクッションに、ダレているアーモが横になっている。
「昨日は大変だったから、お疲れですね」あやねが声を掛けるとアーモは片目を開け、誰かを確認すると、また目をつむってダレる。
「そういえば、ミシュウさんは出掛けてるんですか?」キッチンにいる千奈津に聞くと「ミシュウはリッ君の見送りに成田空港へ行ってるよ」
「エエッ! リエルさん、イギリスに帰っちゃうんですか!」
「イギリスに帰る?」
「あれ、違いましたっけ?」
「リッ君が帰るんだったら、上だと思うけど」紅茶のカップをテーブルに置くと、天井を指さす。
「天井ですか?」
「あやねちゃんも疲れてるよ」
「……すみません」
「昨日、夕飯を食べた定食屋でバイトしてる同級生の里緒奈ちゃんが、今日、海外にいる父親のところへ行く日だから、サポートとして一緒に行くリッ君の見送りに行ってるんだよ」
「ああ! そうだ。出発今日でしたね。一ヶ月くらい戻ってこないんだっけ」
「夏休み中、行ってるんでしょう?」
「そうみたいです」
「一ヶ月なんてあっという間だよ」
「そうですよね」
「リッ君たちが戻ってくる前に、県大会があるんでしょう? 練習、進んでる?」
「ハハハハハッ、なんとか」
「すごい渇いた笑いなんだけど、大丈夫?」
「はい。たぶん……」