44-1 鏡の中の異次元
病室から出るアモニスは、ドアノブに中から開けられないよう呪文を掛けるとエレベーター横の階段で一階へ降り、社員用通用口から外へ出ると、駐車場に止めてあるシルバーのセダンに乗って走り去る。
一方、最終局面で邪魔をされ、目的の幼虫を手に入れられなかった先崎のガイドスピリッツであるセスは、人質として連れてきたセイジツの口を塞ぎながら、女子トイレの姿見から入った薄暗い異次元空間を歩いていた。
「ウウウウウッ」セイジツが苦しそうに唸るので「うるさいですよ。痛い目に遭いたくなければ静かにしててください」持っているハンカチで猿ぐつわのように口を塞ぐと「それにしても、さすが我がグループのチーフ。部下である私が犯人と知っても、最後まで慌てることなく落ち着いて対応するところは、尊敬しますよ」独り言を言いつつ歩いていく。
セイジツと桧山は前回、この空間へ自ら飛び込んだ経験があるため、些か慣れてはいるが、それでも上下左右の区別がつかない空間では、気持ち悪くなるのにそう時間はかからなかった。
「ウッ」
「どうしたんですか?」止まって顔を覗きこむと、真っ青な顔をしているので「この空間に酔ったんですか? まったく、人間はこれくらいの歪みで平衡感覚がおかしくなるなんて、弱い生き物ですね。
そんなことだから、私たちサポートが苦労するんですよ。もう少ししっかりしてください」説教を始めるが、気持ち悪いセイジツが聞くわけもなく「ウッ」と再び短く声を出す。
「……仕方ないですね。口のハンカチだけは取ってあげますから、こんなところで吐かないでください」フラフラするセイジツを立たせると、ハンカチをほどいていく。
「ハァ……ムリ……」と言ってその場に座り込むので、セスは頭を抱えると「困りましたね。まだ目的地の半分も来てないというのに」
「みず……みず……」呪文のように唱えはじめるので「仕方ないですね。どこか休める場所を探しますから、ここで待っててください。ああ、逃げようとしても無駄ですよ。しっかり手綱を付けていますから」左手に持つ犬の散歩用の紐が、自分の首に巻いてあるのに気が付く。
「俺……ペットか?」
「ペットにするなら、もっとかわいい子にしますよ。例えば、君の向かいに座っていた小柄なかわいい子とか」
「華河さんに手を出すな!」立ち上がろうとしてよろけるので「ナイトを気取るには早いですよ。こんな弱いナイトならいらないでしょうから」