4-3 特殊ネイル
「どうしようか。今日はもう遅いから、明日また来る?」
「あの、よく考えてから書きたいので、持って帰ってもいいですか?」
「構わないけど、幾つか条件がある」
「条件? なんですか?」
「この条件を守れなかったら、契約を破棄したことになって、二度と契約できなくなるけど、いい?」
「……わかりました」
「条件一、この契約書を他の人に見せたり、見られたりしないようにすること。
条件二、ここでのことを他の人に話したりしないこと。
条件三、この契約書は、この部屋から出たら二十四時間以内に戻さないと消滅してしまうので、その時
も契約は破棄されたとみなされ、二度と契約はできなくなるので注意して」
「ここでのことは話したらいけないんですか?」
「話してもいいけど、二度と来られなくなるよ」
「エエッ! どうしてですか!」
「それはね、ここが特殊な部屋だからだよ」
「特殊な部屋? ここが?」再度、部屋の中を見回してみるが、特に変わったところは……ハワイアン風な装飾の部屋であること以外、普通の部屋。
「じゃあ、あまり遅くなるとご両親が心配するから。今日は仮契約ということにしておくね。契約書とペンは封筒に入れておくから、取り扱いに注意して」
「はい。気を付けます」
「このペンだけど、ガラス製だから取り扱いに気を付けてね。もし欠けたり割ったりしたら、あなたの幸福を一つ使って修復することになるから」
「エエエエッ! なんですかそれ!」
「それくらい特殊だから、気を付けて持って帰って」
「いやです! そんなペン、怖くて持って帰れません!」
「チィ、そんな言い方したらダメだろう」金髪女性が呆れたように口を挟んでくる。「そういう場合はこう言うんだ。あやね、そのペンはお前の心だ。欠けたり割ったりしないように大切に扱え。そうすれば、お前の幸福が一つ増える」
「大切に持って帰ります!」
「……なるほど。さすがミシュウ。すごいわ」
「もっと褒めていいぞ」
「無理」
千奈津がガラスのペンを専用ケースにしまって封筒に入れ、あやねに渡すと「じゃあ、下まで送ってあげる」
あやねは丁寧に封筒をバッグに入れると背負い、玄関で靴を履いていると「アーモ君にバイバイしなきゃ」振りかえり、ペディキュア用のソファ横にいる彼に「アーモ君、またね。明日もあのコンビニのところにいる?」と声を掛ける。
すると、ソファに座っている金髪女性を見上げてなにやら口を動かした後、こっちを向いて「行くよ」
「……今、行くよって聞こえたけど、空耳?」幻聴かもしれないと耳を両手で覆う。
「まあまあ、今日はあまり考えないほうがいいから」苦笑する千奈津に背中を押されて部屋から出ると、エレベーターに乗って一階へ降りる。
音楽教室の受付前をとおり、エントランスまで行くと「明日待ってるから。そうそう、時間に注意してね。今、午後八時だから、明日は遅くとも午後七時には来てね。なにかあったら、メールでも電話でもいいから連絡して」ポケットから名刺を出すと「私の部屋は、四階の四〇七号室だから」
「わかりました」受け取って名刺を見ると、アーモ君のイラストが入ったかわいい名刺。
「じゃあ、お茶、ご馳走様でした」と言って通りに出ると、音楽教室でレッスンしていた少年たちと一緒に、駅に向かって歩いていく。