4-3 特殊ネイル
「特殊な部屋? ここが?」再度見回してみるが、特に変わったところは……ハワイアン風な装飾の部屋であること以外、普通の部屋。
「じゃあ、あまり遅くなるとご両親が心配するから。今日は仮契約ということにしておくね。契約書とペンは封筒に入れておくから、取り扱いに注意して」
「はい。気を付けます」
「このペンだけど、ガラス製だから取り扱いに気を付けてね。もし欠けたり割ったりしたら、あなたの幸福を一つ使って修復することになるから」
「エエエエッ! なんですかそれ!」
「それくらい特殊だから、気を付けて持って帰って」
「いやです! そんなペン、怖くて持って帰れません!」
「チィ、そんな言い方したらダメだろう」金髪女性が呆れたように口を挟んでくる。「そういう場合はこう言うんだ。あやね、そのペンはお前の心だ。欠けたり割ったりしないように大切に扱え。そうすれば、お前の幸福が一つ増える」
「大切に持って帰ります!」
「……なるほど。さすかミシュウ。すごいわ」
「もっと褒めていいぞ」
「無理」
千奈津がガラスのペンを専用ケースにしまって封筒に入れ、あやねに渡すと「じゃあ、下まで送ってあげる」
あやねは丁寧に封筒をバッグに入れると背負い、玄関で靴を履いていると「アーモ君にバイバイしなきゃ」振りかえり、ペディキュア用のソファ横にいる彼に「アーモ君、またね。明日もあのコンビニのところにいる?」と声を掛ける。
すると、ソファに座っている金髪女性を見上げて何やら口を動かした後、こっちを向いて「行くよ」
「……今、行くよって聞こえたけど、空耳?」幻聴かもしれないと耳を両手で覆う。
「まあまあ、今日はあまり考えないほうがいいから」苦笑する千奈津に背中を押されて部屋から出ると、エレベーターに乗って一階へ降りる。
マンションのエントランスまで行くと「明日待ってるから。時間に注意してね。なにかあったら、メールでも電話でもいいから連絡して」ポケットから名刺を出すと「私の部屋は、四階の四〇七号室だからね」
「わかりました」受け取って名刺を見ると、アーモ君のイラストが入ったかわいい名刺。
「じゃあ」と言って通りに出ると、音楽教室でレッスンしていた少年たちと一緒に、駅に向かって歩いていく。
(あの奥のソファに座ってた金髪の女の人、誰なんだろう? 私のところからは斜め後ろの姿しか見えなかったけど、いつから座ってたんだろう。最初、部屋を見回したときはあんな人いなかった。絶対いなかった)
預かったペンを思い出し(誰にも見せるなって、不思議な契約書に変なペン。なんで欠けたり割ったりすると、人の幸福で直るんだろう?)どのように修復するのか想像できない。
(でも、大切にしたら幸福が増えるって、あの金髪の人が言ってたけど、どう増えるんだろう?)
複雑な謎解き問題を出された気分で、考えながら家に帰った。