1-2 はじめましては
「あの制服、隣町の北条高校だわ。あんなガラの悪い生徒もいるのね」
駅に向かって住宅街を走っていく後ろ姿を見送ると「危なかったね。ケガはない?」抱っこしているダックスフンドを見ると「ワン!」
「それにしても、あなたのご主人はどこにいるの?」辺りを見回してみると、それらしき人が見当たらない。
「君はどこから来たの? お家に帰れる?」
「ワン」
「アーッ! 時間が! どうしよう。このまま置いてったら、きっとほかの誰かに連れていかれちゃうし、しょうがない!」
背負っていたナップザックを前に抱えると犬を中に入れ、顔が出るくらいまでファスナーを上げると「終わったら家まで送ってあげるから、ちょっと付き合って」駅に向かって住宅街の道を走りだす。
メインストリートに出ると横断歩道を渡って大型デパートの前を走りぬけ、エスカレーターに乗って駅前にあるバスターミナルの上の広場に向かう。
人の波に逆らって、駅ビルの中をとおる南北連絡通路の出入り口前にある花壇までくると、ゆっくり歩いてヘリに座る。
「ハアハアハア、何とか、間に合った、かな」
「ワンワン」
「ああ、ごめんね。揺れて気分悪くなった?」
ナップザックから出して抱っこすると、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見はじめる。
腕時計を見ると午後六時四十分。
「そろそろ来るかな」息を整えていると、スポーツバックを持った一団が、南北連絡通路の奥から歩いてくるのが見えてきた。
「来た!」立ち上がり、歩いてくる一団を見る。
その一団は目の前にくると立ち止まり、何やら話しだした。
「これから何か食べにいくか?」
「俺、今月小遣いピンチなんだ。奢ってくれよ」
「やだよ。金ねえんだったら帰れよ」
「おこぼれでいいからさ」
「ねえよ、そんなもん」
「あれ? ミニチュアダックス?」一団の一人が近寄ってきて、犬の頭を撫でる。
「君の犬? この子ブラックタンだね。珍しい」
「あ、い、いえ、あの、ちょっと預かってて」(ブラックタンって何だろう?)
「そうなんだ。名前なんていうの?」
「エッ、名前?」
「ワン」
「あ、その、名前は、チョ、チョコ?」
「チョコ君? 男の子?」
「あ、たぶん」
「俺、犬大好きなんだ。抱っこしていい?」
「あ、たぶん」
「よっしゃ。おいで」スポーツバッグを置くと、ヒョイと持ち上げて抱っこする。
「ワンワン」
「オッ、きれいにブラッシングしてもらってるな」
「ワン」
「お前、かわいいな」
「セイジツの恋人は犬か?」友達の一人がからかうと「犬でもいいかな」
「出た! 犬バカ」
「何とでも言えよ! 犬好きに悪者はいないんだぞ」
「ワン」
「なあ。お前もそう思うだろう?」
「ワンワン」
「じゃあ、そろそろ戻るか。ありがとう」
「あ、いえ」
「じゃあな。チョコ」
「ワン」
バッグを持つと、一団は何かを食べに雑踏の中に消えていく。
その一団の後ろ姿を見送ると「あんなに近くで話ができるなんて。ありがとう! 君のお陰で彼と話すことができたよ!」
ギューッ。
「ワンワンワン!」
「あ、ごめん!」
「ワン」
「じゃあ、家まで送ってあげるね」
「ワン!」
「さあ、さっきの住宅街まで戻るか」