53-1 契約の完了
いろんなことが頭の中を駆け巡ると、一人、話の輪から外れるので「あやねちゃん、どうしたの?」食後のお茶を入れている千奈津が声を掛けてくる。
「千奈津さん。ミシュエルさんはまだ戻ってこないんですか?」
「エッ?」手を止めるので「戻ってきたら、連絡をくれるんですよね?」
「ああ、そうだったね」
「県大会のところまでしか聞いてないから、明日からどうしたらいいのか聞きたいんです」
「二回目の契約も、残すところあと五日だっけ?」
「はい」
「前回は長く感じたけど、今回は日にちが過ぎるのが早く感じるね」
「やっぱり県大会があったから。ずっと練習しっぱなしで、こっちのほうを忘れてたくらいです」
「ある意味、いい事だと思うよ」
「みんな、同じ目標に向かって頑張ってたから、すごく楽しかったです」
「そういえば、あの彼」あやねの向かいの椅子に座っている桧山を見て「彼は男子剣道部の主将なんでしょう? いい練習相手になったんじゃない?」
「そうなんですよ。北条高校の剣道部の部員が練習相手になってくれて、助かりました」
「北条高校には女子剣道部はないの?」
「ありますよ。今回の大会は三位でした」
「あ、やっぱり強いんだ」
「はい。本当はライバルなんですけど、一緒に優勝目指そうって仲間意識が出てきて、さらに頑張れたんです」
「そんなこともあったの? ビックリ」
「厄病虫の事件は本当に大変だったんですけど、その後の結束って言うのかな? みんなが団結できるようになって、それが少しずつ広がったって感じです」
「大変だった分、反動が大きかったってところかな?」
「そうですね。普段起きないことが起きたから、その体験をした者の仲間意識っていうのかもしれないです」
「セイジツ君も先崎君も、剣道部じゃないのにいろいろ手伝ってくれたようだし」
「セイジツ君は来月陸上の県大会があるのに、私たちの大会のほうが先だからって、練習の合間をぬって手伝いに来てくれて」
「セイジツ君とはいい感じみたいだけど」
「はい。大会前に、ちゃんとお付き合いしようって、言ってくれたんです」
「マジか!」
「……はい」
「もちろん、オケ、だよね?」
「……はい」
「よし! 一丁上がり!」
「上がってないです」
「いやあ、めでたし、めでたしじゃん!」
「ありがとうございます。だから、ミシュエルさんにお礼が言いたいんです」
「そういうことか」
二人で話をしている間に他のメンバーがカラオケに行く話をしていて「じゃあ、これから座山駅南口のカラオケに行くぞ!」先崎がテーブルの上を片付けだすと、他のメンバーも片付けはじめる。
「ああ、適当にまとめてくれればいいから」千奈津がキッチンからゴミ袋を持ってくると、分別して入れていく。
一通り片付け終ると「千奈津さんも一緒にどうですか?」その一が声を掛ける。
「ありがとう。でも、これから別の予定が入ってるんだ。次のとき、声を掛けてくれる?」
「わかりました。じゃあ、ご馳走さまでした」
お礼を言って外に出ると「あやねちゃん、ちょっといい?」千奈津がドアの前で引き止めるので「はい。あ、先に行ってて」セイジツたちに声を掛けて戻ってくると「なんですか?」
千奈津は他のメンバーがエレベーターで下に降りるのを確認すると「実はね、ミシュウ、戻ってきてるの」
「エエッ! 本当ですか! でも、今日はいないですよね? 出掛けてるんですか?」
「あやねちゃん、ドアを見てくれる?」
「はい。ドアが何か?」
「ドアノブ。いつもと変わらない?」
「はい。変わりませんけど……あ!」
「気が付いた?」
「そうだ! ドアノブが羽の形をしてない! どうしてですか?」
「それはね、あやねちゃんとの契約が完了したからだよ」