5-2 契約完了
「じゃあ、また正気を失う前に契約書を確認するから。持ってきた?」
「あ、はい。持ってきました」隣に置いてあるナップザックから封筒を取りだすと、渡す。
受け取ると「悩み事はちゃんと書けた?」
「はい。正直に書きました」
「よろしい」封筒から契約書を取りだすと、悩み事欄を読みはじめ「まあ、そうだよね」
「読まれるの、恥ずかしいです」
「日本人は、こういうこと苦手だよね。ちょっと待ってて」
千奈津が一人掛け用のソファに向かって「ミシュウ、これならいいんじゃない?」声を掛けると、いつの間にか例の金髪女性が座っていて、千奈津が契約書を差しだすと受けとり、頬杖をつきながら悩み事欄を読む。
「最初から正直に書けばいいものを。たったこれだけの文字を書くのに、どれだけ時間をかけるんだ。まったく、遠慮して遠回りしたら時間の無駄だろう? チィ、ペン」
ため息を吐きながら手を出すので、封筒から専用ケースを出してガラスペンを取りだし、渡すと、契約書の責任者欄にサインをして「契約成立だ。今回は料金をサービスしてやれ」ペンと契約書を返す。
「どうしたの? 珍しい」聞きなれない言葉を聞いて驚く千奈津は、契約書とペンを受け取ると封筒にしまい「今回のネイル代はタダでいいって。じゃあ、これからあやねちゃん用のネイルのデザインを考えるから、明日、部活が終わったら真っ直ぐここにきて。彼に会いに行ったらダメだよ」
「どうしてですか!」
「明日会っても、また意識を失ってここに来ることになるからだよ。今日みたいに」
「あ……やっぱりそうだったんですね」
「どうして会いに行ったの? ここは駅より学校よりでしょう?」
「それは……アーモ君と一緒だったら、また声を掛けてくれるかなって……」
「掛けてもらえず、横を通り過ぎたことも、ショック二倍だったってところかな」
「……でも、一瞬、こっちを、見て、くれたんです……」ウルウルしはじめる。
「一瞬ね」苦笑する千奈津がティッシュを渡すと「……はい」受け取って、涙を拭く。
「意識なくて、よくここまで歩いてこれるな、と思うよ」
「ハハハハハ……」(私もそう思う)
「とにかく、明日から契約の半月が始まるから、契約書に書いた願い事を叶えるために、頑張ってね」
「明日から始めるんですか?」あやねが驚くので「ネイルをした日から始まるからね。半月、十五日間だよ」
「わかりました。よろしくお願いします。でも、どうして今回はサービスしてくれるんですか?」
すると、二人の会話を黙って聞いていたソファに座っている金髪女性が立ち上がり、あやねの隣に腰かけてきた。