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友人が好きな人と婚約した  作者: bammmmnn
僕は婚約者の入れ替わりをやめさせたい
8/19

0 ドミニクside

続編というよりは番外編っぽいです

7000字ぐらいあります、すみません

 肩にぽん、と手を置かれる。あぁ、またか。


「今回は浮浪者ですか。中々凝ってますよね」

 その声に振り返れば、忌々しい男の顔があった。その肩の向こうには愛らしい女性がいる。

「はぁあぁ…鬘につけ眉、髭で口元も隠したのに、何で分かるわけ?もう逢瀬の場所報告しといてくれない?避けるからさ」

 ドミニクが溜息を吐くと、男―――マイルズは嫌な顔をした。

「どうして長期旅行でもないのに職場に私的な行き先を申告せねばならないのですか…お断りします。

 主従揃って似たような事を仰らないでください」

 主従?と首をひねると、どうやら近衛にも教えるよう頼まれた事があるらしい。こちらは、その場所の人員を他に割り振る為だったそうだが。毎回マイルズ達の休みとドミニクの休みを合わせられているのは諦めている。

 さぁ戻りますよ、と肩をがっちり押さえられ、ドミニクは諦めて城への帰途についた。


「どんなに人を割り振ったって、すれ違ってさえ見つけられないなら意味ないのにねぇ…」

「休憩時間に脱走劇を繰り広げる殿下ほど意味の無い事をなさっている方もいらっしゃいませんよ。毎回逢瀬を中断させられるこちらの身にもなってください」

 小声の独り言に同じく小声でマイルズが言い返してくる。聞こえなかった振りしてくれていいのになぁ。

「見つけたって見なかった事にすれば良いじゃないか…僕だって非番の日に仕事をさせたい訳じゃない。それに、僕も少しなら剣は使える訳だし今まで見つからずに済んで暴漢に襲われた事もないし…」

 マイルズはぎろりと僕を睨む。

「少なくとも殿下お一人で近衛三人を伸して、ハリエットに見つからずに済むようになってから仰っていただけますか」

 実際は護衛3人を伸せたとしてもまだ不足だ。同じ実力でも、護衛対象が戦ってから逃げるのと、護衛に戦わせて逃げるのでは生存率も違うだろう。それに毎回ハリエットに見つかる以上、ドミニクの変装は、悪意を持った人物に見つからないで済んでいるのは幸運でしかないと言える程度の変装なのだ。


「分かったよ、済まなかった。…もう脱走はしない」

 貴重な息抜きの時間ではあったけれど、多くの人に迷惑をかけてきたのも事実だ。始めた時はあんなに誰かに見つけて欲しかったのに、見つけられてもこんな気持ちで終わるなんて思いもしなかった。



 ***



 ドミニクは、この国の第五王子で末っ子である。ドミニクの両親であるこの国の王と王妃は仲が良く、…良すぎて子どもは男5人、女3人が生まれた。男三、女三、男二の順である。

 王族も子沢山が望ましいとはいえ、予算にも人材にも限度がある。当然王太子となる長男が一番充実して、姉達にも服飾代がかかり、末っ子のドミニクが削られる。予算も少なければ義務も少なく、生まれの割には身軽な方で良かった、とは思っていたし、乳母にもしっかり育てられて何の不満も無かったのだけれど、成長するにつれ、ただでさえ少ない周囲の関心が更に減っていくのを感じていた。

 この国で一番大切にされているのは、王族ではなく聖剣の持ち主である。王は替えがきくが、聖剣の持ち主達は神に愛されていて、複数人いるとはいえ一人減ったからとすぐに替えられる訳ではない。その上、一人居るだけでずっと魔獣討伐の死傷者が減るのだから、大切にされるのは当然の事だった。重要視されない王族の中でも忘れられがちな子どもが適当に扱われるのもまた当然の事だったのかもしれない。


 10歳の時、王太子の子が生まれて、乳母が異動した。幼い頃から居た面々がどんどん入れ替わって、ついに全員が新しい人になった。沢山人がいるのに寂しく、いつもの部屋だというのに自分の居場所ではないように思える。

 誰もが王族として扱い、まともに目を合わせない。ここに居るのは第五王子という肩書きをつけた子どもであれば充分なのだと気がついた。

 この状況を、公務に忙しい両親は知っていて放置しているのか。それとも末っ子の状況なんて知らないのか。どちらにしろ、ドミニクは今の状況を招いた兄夫婦や放置している両親の鼻をあかしてやりたくなった。

 その一方で、誰でもいいから、肩書きではなくドミニク自身を見てくれる人が戻ってきてほしいとも思っていた。


 そこでドミニクは、家族へ一泡吹かせるための悪巧みとして、脱走を計画した。

 小心そうな新米侍女に頼んで、まずはトイレ休憩ぐらいの時間抜け出してみると、あまりにあっけなく脱走出来て戻ってくるまで誰にも気付かれない。一人で行動出来なかった今までは一体何だったのか。

 抜け出す時間を徐々に増やし、宝飾品を少し売ってカツラや服などの変装道具を手に入れて、王族だけが知る隠し通路の入り口に隠せるようになった頃には侍女の助けは必要なくなり、侍女には口止めと今までの感謝にと最後に少し多めにお金を渡した。

 少しの時間なら抜け出すだけでいいが、一日となると替え玉が要る。その為休日は、隠し通路で使用人に変装してから出て、下働きの服を着せた孤児院の子どもと使用人の出入り口から戻り、トイレで王子の服に再度着替えさせて一旦自分の部屋に戻る。子どもにはドミニク役として、好きなだけ読書をしても、庭に出て遊んでもいいと伝えていたが、大抵は普段読めない本をひたすら読んでいた。

 ドミニクは再び隠し通路で今度は孤児院の子どもの服に着替えて一人で出て一日遊び、夕食に間に合うよう朝と逆の順序で子どもを帰してから自分も帰って、またその瞬間から王子としての生活に戻った。

 贅沢な生活をしているからには義務は果たさなければいけない事は分かっていたので、抜け出すのは休憩時間や休日に限っていた。それでもあまりにバレなかったので、風呂も自分で入るようにして、ある日抜け出した時に髪を全部剃って平時もカツラで過ごすようになった。すると王子である事さえ役の一つにも思えた。そこまでやってもバレない事で、腹の中で大いに周囲を嘲りながら、あまりに空虚な気持ちでいっぱいになっていた。


 また、家庭教師も兄姉のお下がりでやってきた人だったが、教える内容をとうにドミニクは理解していたのに、教師はより高度な内容を全く教えてくれなかった。

 最初は兄姉よりも突出することの無いようにという妙な忖度でもしているのか、と思っていた。しかし、彼女の思惑ではなく、3つ上の兄が弟に負けたくないと今必死で頑張っているからもう少し待って欲しいと兄の側近に言われているのを聞いてしまった。『もう少し』と言われても、ドミニクは今教えようとする内容を半年前には知っていたのだが。


 そこで、孤児院の子ども達がもっと学びたいと常々言っているのを聞いていたドミニクは、まず貯めていた予算を吐き出して潰れた商会の屋敷を買って、孤児が学べる小さな平民学校を作った。そこに自分の作った学校を失敗させたくないから、と件の家庭教師も配置すると、生徒のやる気も充分で学習レベルも程よく、肌にも合っていたようだった。彼女自身はそのまま働かせて『王族レベルの教育が受けられる』と謳い、孤児達の他、少し裕福な家庭も受け入れた。その後、ドミニクも圧力に強そうな他の家庭教師を紹介してもらって勉強したのだった。



 ***



 学校を作った事を褒めるから、と家族全員の夕食を設定されたが、ドミニクの席の場所は変わらずいつもの末席だった。

 しかし、いつまでもやってこないドミニクに痺れを切らして夕食が始まる。王は、運ばれた食器の下に1枚紙がある事に気がついた。


『私はお傍におりますので、どうかそのままお言葉を頂戴したいと思います。―――ドミニク』


 王は怒って部屋を探させ始めた。しかし、隠れられるようなところなど机の下ぐらいで、と思った時にハッと使用人を振り向いた。

 王妃や兄弟も同じ事に思い当たったが、誰もが気まずい顔をしている。誰も自信を持って指摘できるほど末っ子の顔を覚えていなかったのだ。


「すまなかった、ドミニク。出てきてくれないか」

 父として素直に謝ってくれたので、従僕姿のドミニクは前に出た。

「ご無沙汰しております、父上。年明け以来ですね」

「そんなになるのか…。毎週の家族の夕食はいつも遅れているとは思っていたが…」

 ドミニクはあまりに顧みられなかった事に思わず顔を歪めそうになり、自嘲の笑みで誤魔化した。

「毎週そんな会があった事さえ知らされませんでした。私の席には誰が座っていたのでしょうね?」

 その言葉に第四王子のエドワードが青ざめた。

「…もしかして…俺の左隣は…」

 王はエドワードを睨んだ。

「誰が座っていた?答えろエドワード」

「俺の側近です…この会に出た最初からずっと横で作法を見てくれていたので、おかしいとも思わなくて…」

「そもそも作法が出来るようになってから参加出来るようにと通達しているし、家族の場に側近が座る事もあり得ない事だ」

 王はエドワードの側近筆頭を呼び出した。

「お前はドミニクの側近かと思っていたが、…お前が全て妨げていたか」

 王は側近の解雇と事情聴取を命じ、彼は大人しく連れられこの場を去った。後で聞いたところによると、側近筆頭は、エドワードが末っ子でなくなり、王達の関心が薄れる事を恐れたらしい。ドミニクの側近筆頭のふりをして、新しい側近達を教育して必要以上に距離を取らせていたのも彼が原因だった。


「幼い頃からの刷り込みではエドワードは気付けないだろう。むしろ、あれを筆頭に任命した私の責任だ。ドミニクもエドワードもすまなかった。

 そもそもここはドミニクを褒める場であったはずだ。ドミニクの席をこちらへ。ドミニクも座りなさい」


 ―――たった一言の謝罪で、僕の今までの苦しみを終わった事に出来るとでも思っているのか。


 ドミニクは笑って父の隣の席についた。納得も出来ず、料理を味わえるわけもない。

「民の声をよく聞き、出来る範囲の施しをする事は素晴らしい事です。ドミニクは優しい子に育ちましたね」

 王妃の言葉に、ドミニクは嘲笑った笑みで毒を刺した。

「ありがとうございます。親兄弟とともに食事をしたのも数えられるほどですから、きっと昨年まで勤めてくれた乳母達のおかげでしょう」

 王妃の笑みが消えた。誕生日と正月はかろうじて一緒に祝えたようだが、子どもが増えるにつれ行事が減ったのは確かだった。それを補おうと夕食を共にしていたはずだったのに、子が足りない事にずっと気が付かなかったのは自分達の非だ。

「私からもごめんなさい、寂しい思いをさせたわね。…何か望みや困った事はある?」

 その言葉にドミニクの目は輝いた。

「では母上、甥に渡した私の側近を少しでも戻してください!全員入れ替えられて、とても、とても寂しいのです」

「エイブラハム!説明しろ!」

 王に怒鳴られた王太子は、青ざめた顔で弁解する。

「いやしかし、まさかあれで全員ではないだろう?精々五分の一程度…」

「王太子となるお前と他の兄弟で同じ訳が無いだろうが!そもそも異動の前にドミニクに許可を取らなかったのか!?」

「…さっきの筆頭にしばらくの間借りると…」

「側近の異動に関する権限が側近にある訳無いだろうが!半年もあれば世話も教え込めただろう、全員戻す!」


 王太子妃もドミニクに頭を下げた。

「私からも申し訳なかったですわ。彼女達は後進の育成だけで息子の世話にはほとんど関わっておらず問題もありません。今貴方の所に居る人達と入れ替わりという形でお願いしてもよろしいかしら。勿論残したい人が居ればそうしてくださいね」

「しかしそんな事をすれば使用人教育まで君の負担に…!」

 慌てる王太子に妻は冷たい目で睨んだ。

「貴方がしっかりドミニク様に許可を得て期間なり人数なり決めていればこうはならなかったわよ。それより貴方もドミニク様に言わなければならない事があるのではなくて?」

 はっとした顔をして、王太子は急いでドミニクに謝った。

「すまなかったドミニク…。思春期の頃は乳母が鬱陶しい頃だし、少しぐらい…と思ってしまっていた。そんな目に遭わせていたとは思わなかったんだ…」

「エイブラハム兄さま、ではその気持ちは学校の運営費に充てていただけませんか。私の予算では正直な所、運営費が辛いのです」

「分かった、そんな事でいいのならやろう」

「後はそうですね…。甥が寂しそうなら、乳母達を少しなら貸してもいいです。でも、親しい側近が誰もいなくなった気持ちを父さまと兄さまにも知ってほしいです」

 青ざめた父と兄は、仕事に支障の出ない範囲にはなるが、側近を入れ替える日を作ることになったのだった。


 罪悪感に駆られた両親にでろでろに甘やかされた夕食の後、戻ってきた乳母達に撫でられ、その時に鬘と丸坊主にしていた事がバレた。乳母たちにはそのまま脱走もバレて怒られ、髪は勝手に切らないと約束させられたのだった。後日呼び出された先では深刻な顔で父に滔々と髪の毛の重要性を説かれ、そっと下町の通気性が良い鬘の店を教えたら、父と宰相からとても良いプレゼントをもらった。それから半年で店は三号店まで出来たらしい。

 参加できるようになった夕食会の席順は毎回変わるようになり、すぐ上の兄のエドワードとはとても仲良くなったし、姉達のお茶会には時々呼ばれて下町の美容について聞かれるようになった。他の成人したあるいは成人間近の兄達も忙しい合間を縫ってたまにエドワードと二人分勉強を見てくれたり家族団欒に招待されたり、と家族の関係は随分と改善した。


***



 あの頃不満に思っていた事は解消されたのに、脱走癖だけはどうしても直らなかった。変装の為に要らぬ資格をいくつも取ったり、捜索費だけは自分で出せるよう資産を増やしたりする努力までして脱走した。いつもと違う自分になって、王子ではない別の人物として扱われる解放感を忘れられなかったというのが理由の一つではある。

 理由のもう一つは、いつの間にか居ない事には気付かれても、脱走する瞬間から戻ってくる瞬間まで見つかった事もなかった自分を見つけてくれる人は、自分の事を特別に見てくれている誰かなのではないか、とひそかに思っていた事だ。そんな人なら自分にとっても特別な人になるかもしれないと思った。


 思春期を拗らせたような思いを抱えていたのが、下町の居心地が良かった事もあって止められないまま気がつけば九年。

 ある日のお忍びで、すれ違った女性と目が合って、少し驚いたような顔をされたような気がした。しばらくしてから、その時居た場所を当てられた。


 絶対にあの女性だ、誰だろう。僕だって見つけたい。


 と思ったら、彼女は別の男に既に見つけられていた。彼もまた、ドミニクと同じように彼女に見つけられた人だったけれど。


 ドミニクは、では他の人に見つけてもらえばいいか、と思っていたのに、その後もハリエットに百発百中で見破られては何度もマイルズに確保された。

 マイルズより早ければ、僕にもチャンスはあったのだろうか、なんて仮定を一度は考えたが、同じ学年だったのに、ドミニクはハリエットをずっと知らなかった。マイルズがハリエットの能力を見出したからドミニクはハリエットを知ったのだ。

 思い合う二人を引き裂く気なんて起きる訳もなく、初恋も見つからずに、ドミニクの長かった反抗期も終わってしまった。


 真面目な王子をしていると、息が詰まってくる。以前なら下町の知り合いと酒場で飲んで発散したり、開放的な雰囲気に癒されたり、自分のやった事が暮らしに生かされていると実感してやる気を得たりしていた。しかし、もう子どもで居られる時期は終わった。平坦で退屈な同じ毎日がやってきては去っていく。

 段々笑えなくなって、親兄弟も側近達も心配してくれているのは分かっていたが、自分でもどうしようもなかった。一度側近達がお忍びを企画してくれたが、今までより自由はずっと少なく、どうしても気を抜けない。無理矢理笑えば、余計心配させる羽目になった。


 息苦しい日々にも慣れてきた頃、縁談が来た。隣国の王女だという。あぁ、その子の前でも更に気が抜けなくなるのだろうか、と思っていたら、隣国の公爵家に嫁いだ姉から面白そうな話が入ってきた。しかし、面白そうと思ったのは一瞬で、調べれば調べるほど不遇を知る事になった。

 普通なら火種を抱え込む訳にはいかないからと無難な理由を並べて断るのだろうが、ドミニクが今感じている息苦しさやたった半年侍女が居なかった時の寂しさを何十倍にもしたものにずっと耐えてきた女の子がいると知ってしまった。他に救える人がいるなら誰でも救えばいいのに、誰も出来ないまま今まできてしまったのだろう。あんなもの、耐えられる方がおかしい。そんな不遇な環境を許して放っておくなんて隣国の人達は何をしているのか。

 ヒーローなんてガラじゃない。ガラじゃないけれど、ドミニクが多分少し頑張れば助けられる。ついでに未来の妻も得られるかもしれない。そう、結婚相手にふさわしいかどうかは会ってみなければ分からないのだし、会うならついでにその境遇から逃してあげればいい。

 心の中で沢山言い訳をしながら、権力でも使えるものは何でも…ちょっとズルかもしれないぐらい力も借りることを決意して、ドミニクは兄に無茶をねだりに向かったのだった。



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