7 幕間
卒業式後のパーティーは、ハリエットの家族とマイルズだけで小さく行った。
初めて会った時はお互いに緊張していた父とマイルズは、今日も楽しく酒を酌み交わしていた。
ハリエットの母によれば、縁談と文通の許可を願う手紙で、ギネス夫人に許可を得る事を勧められた事と、その事に対する感謝まで書いてあった事に父は『誠実にと言ったって限度があるだろう…』と呟いて頭を抱えていた。しかし、そこで触れられていた便箋の件でもマイルズが私を大切にしてくれる人だと感じ、大変複雑な顔をしながら返事を書いたらしい。ちなみに両親も若い頃にギネス夫人にお世話になっており、頭が上がらないのだとか。
婚約の契約について打ち合わせる前に、ハリエットは父にマイルズがどんな人物か訊かれたので、身の上を(事前に本人の許可を得ていたので)話したところ、目が潤んで「変な男に任せる訳にはいかん!俺が彼のお義父さんになる!」と一気に態度が軟化した。その状態で初めて会った二人は割と早く打ち解け、今ではハリエットよりマイルズの肩を持つ事が多いのではないかと思うぐらいである。
「後二年か…」
パーティーはほぼ終わり、マイルズとハリエットは長椅子に並んで座って、父母と兄一家の団欒を眺めていた。
「もっと短くすれば良かったと思っているのかしら?」
私が笑うと、マイルズも笑った。
「いや、きっと長いようで短いんだろうな、と思っただけだ」
「ごめんなさいね、私の我儘で」
「いや、俺も丁度良かったと思っているよ。二人で決めたじゃないか」
結婚の時期については、ハリエット達とマイルズの養母との間でやや揉めた。といっても、お互いが気を遣い過ぎただけだが。
養母は、早めに結婚したいのを家族に遠慮しているのでは、と心配していた。
確かにマイルズが新しい家族と共に過ごす時間がもう少しあった方がいいと思ったのも大きな理由の一つではあったが、他にも理由があったのだ。ハリエットが仕事に慣れてから結婚準備を、という理由も1年で十分だと言い切られ、ハリエットは泣く泣く恋人期間をもう少し味わっていたいという一番恥ずかしい理由を披露する羽目になった。そのおかげでハリエットと将来の義父母との距離が大いに近づいたが。
「もうそろそろお暇しなければいけないのが少し寂しいだけかな」
手を軽く握ってくるマイルズにハリエットは照れてやや早口になる。
「すぐに歓迎会、その後貴方の誕生日パーティーもあって、働き始めれば職場は一緒になるわ」
ハリエットの『歓迎会』という言葉にマイルズは顔をしかめた。
「歓迎会は悪いが隣から離れるつもりは無いぞ」
「別に構わないけれど…そんなに怖い所なのかしら?」
「ある意味でな…」
マイルズが遠い目をしたのでハリエットは聞かない事にした。どうせ行けば分かるのだ。それより、と話題を変える。
「結婚したら、新しい使用人の皆さんは遊びに付き合ってくれるかしら?」
「大丈夫だろう。侯爵家の皆も楽しい事は好きだからな。俺の正答率の方が心配だが」
幼い頃、ハリエットがメイドの格好をして父を驚かせようとしたが、父にその仕事をする人の邪魔になってはいけないと諭された事があった。その後ハリエットは本気でメイドの仕事を身につけ、ついでに変装してメイドの一人と同じ背格好になり、一日父を騙しきった。それを楽しんだ父が、半年に一度の遊びにしたのだ。
街で範囲を決めて、その中を変装したあるいは私服の使用人に歩いてもらう。勿論業務時間として数え、変装に必要な道具は伯爵家持ちで、更に領主一家に見つからなければボーナスが追加されるので、割と変装側は人気があった。ハリエットは毎年全員見つけていたが。そもそも高級な服は危険が増すと禁止されていて、ある程度より下の階級の服の人を探せばいいのだから、領主側にかなり有利だと思っている。
「結婚するまでに見抜ける気がしないな」
「父さまだって全て見抜いた年はないわよ」
「貴女ほどではなくとも、それなりには出来るようになりたいものだな」
そう言ってマイルズは笑うと、父に帰途につくことを告げた。次の逢瀬の約束をして、マイルズの馬車を見送り、ハリエットは卒業式の一日を終えたのだった。
***
歓迎会では、騎士団では義父から注意を受けていたようで、団員にはあまり近づかれる事は無かった。だがそれは騎士団内のみだったらしく、話し好きの侍女の先輩達が恋愛話をしたがり近づくのを、マイルズがせっせと追い払っていた。ハリエットは確かにマイルズが居てくれて助かったが、多分その7割ぐらいは恐らくマイルズがハリエットを守ろうとする様子自体を見たくて近づいたんじゃないだろうかと思われる。ハリエットとしてはその姿を見てマイルズに近付こうとする同期が諦めてくれるのもありがたかったが。
働く前の日、ウォーリー侯爵邸でマイルズの誕生日パーティーがあった。そこで初めてマイルズの親友というブライアンに会ったが、ブライアンはケーキの味がマイルズが手土産で持ってきていた頃と同じだと気付いてその料理人を呼んで、初対面らしいのに二人で泣いていた。聞けば、クレイトン伯爵は罰金を払いすぎて少しずつ使用人を減らしているらしく、マイルズは世話になった門番や料理長を侯爵邸で雇ってもらったそうだ。結婚して独立する際には、彼らも一緒に移動させたいと聞いて、ハリエットも一も二もなく賛成した。
その日の夜、布団の中で、ハリエットは明日からの日々に思いを馳せた。新しい事ばかりで、大変な事もあるだろうけれど、きっと素敵な日々を過ごせる。そんな予感がして、晴れやかな気持ちで眠りについたのだった。