4 マイルズside
振られてから数日後、聖剣の持ち主となる人物を探す為に王宮から学校へ使者がやってきた。
聖剣は10本前後あり、5年に一人ぐらい持ち主が見つかる。魔物の討伐が大変楽になるので重宝されるらしいが、討伐に行く事になるので騎士団志望の人間のみ鑑定を受ける。諸々の手続きや事情により、鑑定は入団前の方が都合がいいらしい。
一人ずつ呼ばれて別室に入る。マイルズの番になり、部屋に入ると、手のひら大の板と大きな水晶が紐のようなもので繋がれていた。指示されて板の上に手を置くと、水晶が大変明るく光った。他言無用を指示されて、他の鑑定済みの生徒と合流した。
数日後の放課後、教師に呼び出された部屋には騎士がいて、説明を始めた。
曰く、騎士団の中でも魔物の討伐や事務に特化する事になるだとか、伯爵位以上を得る予定でない者は騎士団長など侯爵以上の養子になるだとか、見た目が大きく変わる事になるだとか。これらの条件を満たせないと思えば、断って普通に入団する事も、入団しない事も可能だと説明された。
こちらから完全に家族との縁を切る事は可能か、と訊くと、驚いた顔で可能と答えられた時点でマイルズの腹は決まり、聖剣の持ち主となる事を選んだ。
王宮の使者が家に来て、いきなり養子に出すよう言われた親が喜んで書類に署名し、ごく気軽にマイルズを売った事が予想していても辛かった。それも空欄だらけの書類ばかりで、絶縁に関するものやら他の書類も多く交ぜたにも関わらず、よく読みもしないでさらさらと書いたのだ。
使者が帰る前にマイルズの部屋へ入ろうとして、初めて親は焦った。
「何故部屋まで入る必要が?」
「荷物は一人では運べないでしょう」
その使者の返答に、父は更に焦った。
「お前、どこかへ行くのか?」
「手続きが沢山あって、毎回使者の方にご足労いただくのも大変かと思いまして。しばらくあちらで過ごそうと思います。メアリーの式の頃には兄妹ではなくなっていますが一応参列しましょうか?」
「も、勿論だ。戸籍は変わっても家族だからな」
マイルズはその言葉には微笑みで返した。
部屋に入った使者は言葉を失った。子ども用の家具が全て2〜3つ、赤ちゃんの使うものから全て時期を追えるようなほどあって、しかしある程度の時期のものまでしかなくマイルズが使えるような大きさのものは1つもない。何も言われなければ、誰もが物置部屋だと思うだろう。家具の大きなものをなるべく奥に積んで作られた手前の狭いスペースにあった、2つ並べられたベッド、マイルズが床に座れば丁度良さそうなぐらいの小さな机、端に置いてあった掃除道具が僅かな生活感を感じさせた。
使者は麻袋1つ、マイルズは学校の鞄1つを抱えて馬車に乗り込んだ。
しばらく走って、使者がポツリと呟いた。
「…騎士団長も、他の候補の家も、皆温かい人達なんだ。だから、きっと大丈夫だからな」
何が大丈夫なのかよく分からないが、使者が泣き出してそのうち大号泣に変わり、マイルズの頭をガシガシと撫でて慰めてくれた。その後、学校の寮に到着するまで、使者は候補の家の人の優しさが分かるエピソードを話しては、「だから大丈夫」と繰り返していた。マイルズは、自分程度の境遇などありふれているとは思ったが、何となく胸が温かくて、おかげでその日は不安もなく、広い部屋の大きなベッドでぐっすり眠れたのだった。
学校には寮から通い、休日に候補の家の人に会う事になった。本来なら親とともに面会するのだが、親を排除したいというマイルズの希望が最終的に通ったのは、あの使者が何かしら口添えしたのだろうと思われた。
最初に王宮の部屋に騎士団長一家がやってきた時に、あの使者が団長の次男だったと知った。マイルズの3歳上で、騎士団の下っ端として働き出したところらしい。騎士団長一家の話だけやけに細かかった理由がよく分かった。
どの家とも一家全員が会ってくれ、仕事が忙しく構ってやれないかもしれないだの、年齢が違いすぎて話題がないかもしれないだの、率直に真摯に話してくれた。どこの家庭もマイルズを少し子ども扱いしていたのは、きっと子ども時代をほんの少しだけ、やり直させてやりたいと思ってくれたのだろう。
条件で削って残ったのが2家、きっと騎士団長の次男みたいな人が真っ直ぐ育つ家庭なら、養子だからと冷遇する事もないだろうという理由でそこに決めたら、すぐさま手続きが行われて、次男が寮へ荷物を取りに来て一緒に移動し、即日引越しが完了した。部屋まで既に用意されていたのには心底驚いたが、夫人曰く、もし選ばれたら、心から歓迎されていると実感してもらいたかったらしい。
小さなパーティーまで開いてもらって、自分が主役のパーティーなんて誕生日パーティーみたいだと呟いたら皆ニコニコしていた。しかし、親ではなく友人が開いてくれ、料理長が手土産でケーキを用意してくれた話をすると、次兄となった彼と養父がおいおいと泣いた(長兄と養母は黙って料理を山盛りにしてくれた)。その後、毎年開いてくれる友人と、前の料理長をベタ褒めしてくれたので、マイルズも思いっきり友人達を自慢した。
他の家庭にもわざわざ自分の為に集まってくれた事への礼状を送ったら、『広めておくから任せておけ』という内容の張り切った返事が返ってきて、養母に何を書いたか問い質された。実家の評判を下げようと、実家での扱いをほんの少し書いて絶縁したい話も書いたら、予想以上の同情を得たらしい。相談の結果、書いた以上の話はここぞという時のみ使う事になった。
たった数日、もし聖剣の鑑定が早ければ、妹達との縁がなくなりハリエットの事も諦めずに済んだかもしれないという思いはあったが、前の家族はきっとマイルズに利用価値が出てきた瞬間ついて回るのだろうから、ハリエットから離れておいた方が正解だろうと思い込む事にした。
メアリーの結婚式の日には、マイルズの苗字はクレイトンからウォーリーに既に変わっていたが、一応後ろの親族席に座る事にした。両親は最前列に座らせようとしたが拒否したし、事業の話は権限がないの一言で押しきった。
披露パーティー中に、メアリーが皆の前でハリエットに許しを乞おうとしたのがあまりに卑怯だと感じたので口を出して阻止した。ニコラスの顔を見る限り、やはりニコラスが計画したのだろうかと思われた。久しぶりに会うハリエットはやはり綺麗で、未練を捨てきれない事を自覚させられた。
***
養父母とはほぼ毎日一緒に夕食を食べて、何があったか話を聞かれた。長兄も次兄も大変面倒見がよく、時間がある時に試験前の勉強を何度か見てくれた。養父に試験の結果を見せるように言われ、『友人達が緊張すると言っていた意味がようやく分かった』とついこぼしてしまったせいで親が成績を見る事はなかった事が明らかになり、養父が1年生の最初の成績からコメントをつけようとするのを全力で遠慮した。
今まで手に入らなかった温かみを感じ幸せを感じる一方で、なぜ実の家族はそれをくれなかったのだろうという思いがこみ上げる日もあった。しかし、そうして苦しむ時でさえ今の家族は真摯に話を聞いてくれた。
そのうちマイルズは元々前向きに生きてきたし、家族には恵まれなくとも他の友人や周囲には恵まれたのだと思い出して、今ある幸せを素直に享受できるようになった。
卒業式の日、実の家族と久しぶりに会ったが、養父母に会うなり事業の話をしようとしたので、そのまま話を打ち切って帰った。帰ると、とても豪勢な食事と、家族全員が集まって祝ってくれて、初めて涙を流してしまった。すると普段泣かない養母も泣いて皆が慌てふためき、その状況に思わず笑いながらおいしい食事をした。
その翌日の夜、養父と二人きりで話をする事になった。
養父が真剣な顔をして話し出す。
「聖剣を使えば、見た目が変わるという話を覚えているか?」
マイルズが頷くと、養父は二つの瓶を机に置いた。
「実際には体中の毛の色、時々瞳の色も変わる。聖剣を使うのをやめても、元の色には戻らない。で、こっちが脱毛剤で、こっちが育毛剤だ」
「脱毛剤と育毛剤…」
思わず繰り返してしまったマイルズに、養父は苦笑した。
「すまん、説明が足りなかった。毛色が変わると言っても、何色に変わるかは人による。それで、変わり方も色々なんだが…鳥の換羽のように、数か所ごっそり毛が抜けては生え変わるようなタイプと、毛はそのままに別の色が続けて新しく伸びるタイプがあってな。どちらになるかは分からないんだが、特に前者は途中を人に見せたくないという奴が多い。
剃ってもいいんだが前者だと毛根が落ちる。それで脱毛剤で一気になくして、育毛剤で新しい色を伸ばす方が短期間で済んで楽ということで渡そうと思った。まぁ、マイルズほど髪を伸ばすには長期間必要だろうが」
「なるほど…で、この時期にするのが妥当な訳ですね」
「…なんだが、歓迎会の時期でもあってな…。実際に聖剣を使う訓練をするのは、一通りの基礎訓練が終わってからなので、およそ半年後に休むのでも構わん。その場合は事務作業に入る分を先取りして今やっておいて、皆が秋に事務作業をしている頃に休むことになる。歓迎会にも出られる。
…ここからはお前に直接言うなとは言われているんだが…実は王宮では聖剣による変身が一種の娯楽と化していてな…それが嫌なら今の方がいいんだが…」
「いいですよ、半年後で。歓迎会も出たいですし…」
色んな所からごく小さな圧力があるのだろうが、マイルズが見せ物になるのを本気で嫌がったらきっとそんなものは跳ね除けて守ってくれるのだろう。そう信じられる事がとても嬉しかった。