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友人が好きな人と婚約した  作者: bammmmnn
友人が好きな人と婚約した
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2

 メアリーは式の準備に忙しくなり、休み時間さえ何かの作業に追われるようになっていた。それに乗じて、私も少しずつ距離を置いた。

 メアリーの式が近づく頃には、私は主に他の人達と共にいるようになっていた。とはいえ出席の返事は出していて同派閥なので、勿論出席した。


 式場に着いて、なるべく主役の目に入らぬよう、程々に後ろ側の一番壁際を確保した。メアリーは私を見れば、少しは後ろめたかった気持ちが再燃するかもしれない。一番幸せな日に顔を曇らせたい訳でもないし、今日は幸せな思い出だけにして、私の事は忘れてくれた方がお互い幸せだろう。

 前を見ると、最前列のはずのマイルズが、何故か親族席の中ではあったが随分後ろにいた。


 最後に入場したメアリーは綺麗で、主役の二人は幸せそうだったけれど、私の心はもう少しも動かされる事は無かった。

 ただ、誓いの口づけの時には、見つめ合ったその姿に選ばれなかった辛さを思い出しそうになって、慌てて前の人の頭をじっと見つめ、なるべく何も考えないようにした。


 式が終わり、披露パーティーは立食形式だった。最初に二人と家族に挨拶して、後は食事と歓談を楽しむ。それなりに時間を潰して帰ろうと思っていた。

 もうそろそろ帰ろうと思ったその時、会場を回っていたメアリーが私を見つけて近付いてきた。初めは他愛もない会話を交わしていたので油断していた。


「ハリエット。…その、私、貴女に謝りたい事があって…。今までずっと言えなくて、こんな機会を利用するなんて狡いかもしれないけれど…」

 頭が真っ白になった。何を言う気だ、と思った瞬間、別の声が割り入った。


「あぁ、卑怯だ。やめろ」


 この声にまた救われた。マイルズは続けた。

「何の事かは知らないが、今日の主役はお前だ。この状況ではハリエット嬢は許すしかないだろう。次の機会にした方がいい」

 真っ当に叱られたメアリーは同意して、ややしょぼくれて去っていった。その隣のニコラスも何故か不満げな顔をしていたのが印象に残った。

「ありがとうございます」

「いや、妹がすまない…」

「いえ…では私もそろそろ…」

 私は別れの挨拶を述べ、ようやく帰宅の途についたのだった。



***



 それから半年、ニコラスとマイルズは卒業した。卒業後、ニコラスは家で領地経営の補佐を学び、将来家にある子爵位をもらうらしいと噂で聞いた。マイルズは王宮で騎士となったそうだ。希少な聖剣の持ち主となった事で、寄親のウォーリー侯爵家に養子に入ったらしい。

 メアリーは式後まもなく懐妊し、3年生を1年休学する事になった。

 私は、ごく普通の学生生活を過ごし、ただし婚約者が決まる事がなかった。最近は半分は恋愛結婚(といっても家の関係に問題がないものに限る)、半分は政略結婚といったところだったが、私は恋愛をする気になれなかった。縁談の有無を親に聞いた所いくつかあったが、相手に何かしら瑕疵があったらしい。親には理想を下げるよう伝え、私は卒業後に働けるよう外向きの仕事に使える勉強に力を入れて1年を過ごし、最終学年となった。


 貴族は家で働かなければ、まず王宮で働く事になる。私には妻子持ちの兄がおり、家を出る必要から休日の王宮見学に参加する予定だった。

 王宮見学の前日の昼休みに、私の教室にメアリーがやってきた。私を呼び出して人目につきにくい場所へ行く。

「久しぶりね、メアリー。どうしたの?」

 メアリーは硬い表情で随分と言いにくそうにしながら、しかし決意のこもった顔で私を見た。

「やっぱり貴女に言うべきだったと思ったの。私、貴女を裏切ったわ。ニコラスを好きになった時点でまずは貴女に言うべきだったのに、全部黙って出し抜いて、婚約まで至ってからなら、家を理由に出来るって思っていた…ハリエットは全部見てたから、そんな訳ないのに。私達の関係は私の行動で終わってしまうとしても、貴女にせめて義理は通すべきだったと後悔したの。

 許してほしいとは言わないわ。ただの自己満足なの。でも、本当にごめんなさい」

「…今は謝罪を受け入れるつもりはないし、わだかまりはきっと消えないの。でも、私も引っかかっていた所が一つなくなった気はするわ」

「ありがとう…!」

 喜んだ顔をしたメアリーは、しかしすぐに顔を曇らせた。言いづらそうだが、早く戻りたいので私から聞いた。


「まだ何かあるのかしら?」

「…ハリエットはマイルズ兄様と連絡を取っていないか聞きたくて…」

 聞けば、公の場以外で会う事は断られ、手紙は断りの返事以外は返ってこない。更にその公の場でも最近は避けられているようで、家族の誰もマイルズに全く会えていないらしい。

「ニコラスにも家族にも全く連絡がこないから皆心配していて…。それで、ハリエットが連絡を取っていなくても、明日会えるんじゃないかしらと思って…」

「私は連絡を取っていないし、明日お会い出来るかどうかなんて分からないわよ。それに、話を聞く限りマイルズ様ご自身の意志のように私には思えるわ。関係のない私に出来る事なんてないと思うの」

「それでも…!もし会えたら、皆心配してるって伝言だけでもお願いしたいわ。それも出来ればでいいから」

 それぐらいなら、と了承し、その場で別れた。

 あぁ、私への謝罪はマイルズへの連絡のついでだったのか、とがっかりしている自分に驚いた。まだメアリーに期待していたなんて。



***



 王宮見学は、初日にいくつかに分かれて全て見学し、2日目に騎士・侍女・文官コースに分かれてより専門的な話を聞く。休日なので、それなりに動きやすい私服を指定されている。

 王宮の集合場所で待っていると、騎士達が話しながら歩いてこちらに向かってくる。

 そのうちの一人、短い青みがかった銀色の髪の男性をどこかで見たような気がして、そのうち信じられず目が離せなくなって、驚きのあまり口もあんぐりと開いたままになってしまった。

 多分マイルズだ、と思うが、あまりに変わりすぎて自信がない。茶色い長髪で胸の辺りまであったはずなのに、銀髪で側面や後ろは刈り上げて形のいい耳が見えるほど短いし、以前は前髪で隠れていた額も露わになっている。瞳も茶色か暗い色だった気がするのに、遠くでよく見えないが、ターコイズブルーのような色合いに見える。ここまで違えばやはり別人か?いや、でも似すぎだろう。あまりの混乱に、不躾な程見つめている事を忘れていた。


 仲間に揶揄われつつも少し緊張した様子だった彼が、私の淑女らしくない顔に気付くと破顔し、苦笑に変わり、それでも固まって視線を動かせない私に、口元を押さえて顔を赤らめている。

 どうやら彼の反応からしても、私を知っているようだし、顔の造形自体も以前の彼と同じだ。だが、やはりどうしても信じられないぐらい変わっている。


「えー、この本来非番の騎士達が君達を案内する。二〜三人に一人がついて王宮全体を回るので、彼らの指示をよく聞くように。特に訓練場は危険で、…」

 私がボーッとしている間にどんどん組が作られ人が減っていく。

「すまん、人数調整ミスった。悪いが二人で回ってくれ」

 そう言ってリーダーらしき人が自分の組の三人を引き連れて去っていった。慌てふためく私と天を仰いだマイルズだけを残して。


「…今日はよろしく」

 気まずそうなマイルズに私も目を合わせられず答える。

「ご無沙汰しております。今日はどうぞよろしくお願いします、ウォーリー侯爵令息様」

「そんな堅苦しくせずに、前みたいに呼んでくれたら嬉しいんだが」

「分かりましたわ、マイルズ様」

「…じゃあ行こうか」

 マイルズは何か言いたそうにしつつも、どうやら胸の内に収めたらしかった。


 見学自体はごく普通のものだった。

 途中で案内役の交代を見かけた場所も数ヶ所あったが、私達は交代する事もなく進んだ。

 私は移動中、本人に分からないようそっとマイルズの顔を盗み見ていた。

 説明相手が私一人で、しかもその私が妙な緊張のせいでマイルズばかり見てしまってほとんど周りを興味を持って見られなかったせいもあって、どうやら一番最初に終わってしまったようだった。

「ここが明日の文官・侍女コースの一応の集合場所だ。今から出口まで案内はするが、明日は道に自信が無ければ馬車乗り場で待機している奴と一緒に行くといい」


 実質的な集合場所が馬車乗り場なんだな…と思って、出口に向かいつつ、そろそろお礼と別れの挨拶を述べようとすると、マイルズが何か言いにくそうにしていた。

 出口で立ち止まって軽く首を傾げ、聞く姿勢を見せると、ようやくマイルズが口を開いた。

「あー、…俺も非番だし、時間も丁度いいから、一緒に昼食でもどうだろうか?

 他の奴らは見学の途中で食堂で食べているはずだから…」

 他の人達との違いは私達が二人だという事だが、それで問題があるとしたらむしろ。

「マイルズ様に婚約者か恋人の方など誤解されて困る方がおいででなければ…」

「いない。…ハリエット嬢は?」

「おりませんが…」

「じゃあ行こうか。城の食堂も悪くないんだが、せっかくの休みだから街の方でもいいか?ハリエット嬢は、明日も参加するなら明日食べられるし」

 私の了承を受けて、私の家の馬車に遅くなる事を連絡し、マイルズが外へ歩き出す。彼の横顔を見ながら、少し浮き立つ自分がいる事に気付いた。



***



 マイルズが連れてきたカジュアルなカフェは、ギリギリ並ぶ寸前だった。席に着いて、メニュー表を開き、すぐに頼むものを決める。マイルズがまだ悩んでいる様子だったので、私もメニュー表を見る振りをしながらマイルズの様子を窺う。

 その後何故かマイルズは顔を赤らめつつ、私の欲しいものを聞いて、店員を呼んでまとめて注文してくれた。


「その、変…か…?俺の見た目…」

「え?いいえ!よくお似合いですわ!」

 いきなりマイルズが聞いてきたが、何の事か分からない。

「…職業柄、視野は広く保つのが癖になったんだが。……ずっと見てたよな?俺の事。移動中も…」

 気付かれていたなんて、恥ずかしすぎる。

「えっと…随分とお変わりになったなぁ、と…」

「前の方が良かったかな?」

 苦笑するマイルズに慌てて否定する。

「いえ!…あ、前も良かったですけれど、今の方がずっと、その、素敵…です…」

 顔が茹で上がる。どこにいった淑女教育。前が見られない。隠したいのにメニュー表は回収されてしまった。


「…ありがとう。聖剣を使うと毛色が変わって、剣を使うのをやめてももう元の色に戻らないらしい。別に前の見た目にこだわりも執着も無いからいいんだが。ただ、ほとんど会ってないとはいえ、家族にも気付かれないから若干寂しくはあったかな」

 その言葉でメアリーを思い出した。

「…先入観は近い人ほど強いのではないでしょうか。昨日、メアリーに会って、マイルズ様を皆心配していると伝言するよう頼まれました。公の場でも会えないと仰っていたけれど、もしかして…お会いになっていたのですね」

 マイルズが溜息をついた。

「あぁ。近くで目を合わせて、話までしても誰も気付かなかった。妹が迷惑をかけて本当にすまない。こちらから俺は問題ない事と、もう貴女を巻き込まないよう連絡しておく。

 もう別の家族だから縁を切るとはっきりさせておくよ」

 私が言える事など何もないので、軽く頷いた。そのタイミングでご飯がやってきた。

 どれもとても美味しくて、話も弾んで楽しい時間を過ごした。その中で、四人で食べていた頃の話題が出ても、ごく自然に笑えている自分に驚いた。もう私の中で過去になっていたようだ。

 会計は気がつけばマイルズが済ませていた。食堂で食べていた皆は経費でご馳走になっているらしい。「俺の我儘で外にしたから、ここは払う」と固辞されたので私は素直にお礼を言ってすませた。


「この後予定が無ければ、ほんの少しだけ遠回りして戻らないか?この辺りで休みの日だけ、市場が開かれているから」

 元々見学用に歩きやすい服装で問題はないし、離れがたかったので嬉しい提案だった。彼もそう思ってくれているのだろうか。

「じゃあこっちだ。少し人が多いから、失礼するよ」

 手を繋がれて一気に顔の温度が上がり、身体は固まる。横で少し笑う声がしたので、そちらを睨みつけるとマイルズも少し赤くなって目を逸らした。

「ごめん、あまりにも、うぶで可愛い反応だったものだから。ハリエット嬢を見ているとこちらまで緊張してしまいそうだ」

 まさか追撃されるとは思わなくて、つい下を向いた。

「まぁ、慣れていらっしゃるのね!私みたいな人をそうやって沢山からかってきたんでしょう」

「まさか。…そう見えていたなら嬉しいが、残念ながらこんな風にするのも、一緒に女性と街を歩くのも今日が初めてだ」

 信じられなくてマイルズの顔を見上げたら、彼は顔ごと背けていた。今度はこっちがからかってやる。

「…耳が赤くていらっしゃいますわね」

「…ああ、こんなに髪を短くするんじゃなかったよ。今初めて後悔した」

「とても素敵ですけれど?」

 マイルズが真っ赤な顔を片手で押さえながら、にやにやしていた私を軽く睨む。

「それはずっと見てるぐらい?」

「…そ、そうですわね。そういう事にしておきますっ」

 下手に深追いするんじゃなかった。だがどうせマイルズを見ていたと知られたのだから、開き直って好きなだけ見る事に今決めた。


 市場には色々なものが売っていた。鞄やアクセサリー、庶民用の服、あるいはお菓子などの食べ物、食器、ド派手な杖、傘、ぬいぐるみ…買う事はなくとも、見て歩くのは楽しかったし、興味のない所はマイルズの顔を見ていれば目が楽しい。どれぐらい見ていればマイルズが気付くか、照れるまでの時間を数えてみたり、それを伝えて照れるのを見るのも楽しかった。


「便箋が気になるのか?」

 少し長めに見ていただけなのに、よく分かったな…と思う。

「えぇ、でも紙の質がやはり良くなくて…一番質の高いものを見せていただいても?」

 店番の男性が一番良い種類をいくつか出してくれるが、それでもやや悪い。

「ギリギリ使えない事はないですが…やめておきます。受け取る相手に不快な思いをさせられませんもの」

「…この便箋でハリエット嬢の元に届くとしたら、男爵家からといったところか」

 私は頷いた。どうやらこの店では、同じ柄は1セットしか作っていないという事が売りらしく、同じ柄で作ってほしいという要望には応えられないらしい。しかし、好みのデザインばかりなので、紙代も含め先払いして、屋敷に届けてもらうのは可能ではないだろうか。

 悩んでいる私を横目に、私が諦めたものをマイルズが買い上げて私に手渡した。

「この便箋を俺宛にでも送ってくれればいい。王宮の郵便係に、ギネス男爵夫人が侍女として働いているから、彼女宛にしてくれ。名前を借りられるよう頼んでおくよ。相手の家格に合わせたという話ならあり得るだろう?」

「でも、よろしいのでしょうか…?」

「彼女はよく名前を貸しているらしい。郵便の仕分けのトップだから、親や家族に内緒にしておきたいやり取りは、彼女を通している事が多いって。偽名も沢山あるそうだから、そのうちの一つでも構わないし。その代わり、彼女に事情は話さないといけないが、構わないか?」

「えぇ、構いません。では、私が買うのでマイルズ様も1セット選んでいただけますか?」

 首を傾げるマイルズに私はニッコリ微笑んだ。

「手紙はやり取りするものですから、マイルズ様からの分も合わせなければ意味がありませんわ」


 お互いにプレゼントしあって王宮の馬車乗り場まで戻る。

「じゃあ俺が先に手紙を送ろうか。どの名前にするか、送り先が分からない事には送れないしな」

「お待ちしておりますわね。今日はありがとうございました。楽しかったですわ」

「俺も楽しかった。今度会う時は貴女が俺の顔を見ている回数でも数えようか?」

 マイルズのからかいに、私は怒ったふりで恥ずかしさと次の話が出来る嬉しさをごまかした。

「今日よりは少なく出来るよう努力します!…でも今日数えていらっしゃらないのであれば比較のしようもございませんね?」

「そうだな。俺の顔など見ている暇もないくらい楽しめる場所を探せるといいんだが」

「あら、マイルズ様のご尊顔はかなり素敵ですもの、超えるとなると中々難しいのではなくて?」

 マイルズは苦笑しながらエスコートして馬車に乗せてくれた。その途中で囁かれる。

「実は15回までは数えてた。随分と外見は気に入ってもらえたようで嬉しい限りだが、中身も気に入ってもらえるように努力するよ」

 そのまま馬車に乗り込んだ私は、普通の顔を取り戻すまでにしばらく時間がかかった。外見より中身の方がずっと素敵だと思っているけれど、伝えられる気がしなかった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] まじか マイルズといい感じになるのか あいつと親戚関係になるかもしれないのに 縁を切るとはいっても、よくこんな短時間で好きになれたな [一言] 状況的に好きになるのが早すぎる気がしな…
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