5 ブライアンside
一連の事件が終息して普段通りの日々が戻ってくるかと思ったが、数日経ったある日の昼休み、突然ジャスミンがブライアンに差し入れを持ってきた。
「今日はお弁当がないって事と、甘辛く煮たお肉が好きだって事を聞いたので」
弁当を持ったジャスミンを目の前に、ブライアンは食堂で食べる約束をしたはずだった隣のマイルズを睨んだ。
「悪いな、食堂の約束してたんだけど、ハリエットも弁当作ってくれたらしくて。というわけで、俺はハリエットと食べるから」
微塵も悪いと思っていないニヤニヤとした笑顔で去っていった親友を恨みがましく見つめていると、ジャスミンがやや申し訳なさそうな顔で訊いてきた。
「迷惑だった…かな?」
「いいえ、嬉しいくらいですが…でも、少し困ります」
ブライアンの返事を聞いたジャスミンは笑顔で言いきった。
「嬉しいなら良かった!私、ブライアンの事諦めるつもりなんてこれっぽっちも無いの。両想いだって分かったんだもの、身分なんて些細な問題吹っ飛ばしてみせるわ!」
拳を握りしめつつのあまりの言い分にブライアンは呆気にとられてから思わず笑いがこみ上げてきた。
「本当に侯爵令嬢らしくない振舞いも出来るようになったんだ、可愛いなぁ…俺も諦めたくなくなってきた」
顔を赤らめながら一緒に笑うジャスミンを見て幸せな気分になりながら弁当を開けようとすると、声がかかった。
「ジャスミン、お前こんなところで何をしている?」
不機嫌なセルカーク侯爵にジャスミンは笑顔で言った。
「好きな人とのお食事ですわ、お父様」
「なっ…、私は許さんぞ!」
「許されずとも結構ですわ、その覚悟は出来ております。ですが、お父様にしては勿体無い事をなさりますのね?」
「何?」
思わず怪訝な顔になった侯爵をジャスミンが鼻で笑った。
「ブライアンは、貴族学校で座学の次席だった方ですわよ」
ジャスミンの発言にブライアンがギョッとした。
「何で知ってるんだ?在学中はずっと匿名にしてたのに…」
「首席からのタレコミよ」
「あぁ…オースティン、あいつもか…」
給付型の奨学金を得る為にブライアンは必死で、オースティンとマイルズもそれに付き合ってくれていた。その結果、三人はよく成績の上位に入っていたが、ブライアンは上位貴族のやっかみを避ける為、オースティンは途中まで家族に知られない為に伏せていた。
ブライアンとマイルズの二人は(家を出て)爵位を得たいからと騎士を志望したが、普通成績上位の者は家の爵位がある高位貴族が多く、あえて騎士は選ぶ必要がない。よって、二人は騎士団では希少な、事務作業がかなり出来る人材として重宝されていた。
「それがどうした?過去の栄光というだけだろう?」
父は嘲笑ったが、何故かジャスミンはまだ得意げである。
「お父様は、三年前から随分と家へのお帰りが早くなりましたよね?騎士団の書類の様式を揃えたおかげとか」
「あぁ、それはウォーリー侯爵子息とブライアンの功績なのは知っている。しかし、だからといって…」
その時、後ろから騎士団長がやってきた。
「これはセルカーク侯爵。いやぁ奇遇ですなぁ」
明らかな棒読みにセルカーク侯爵の顔は僅かに強張ったが、丁寧に挨拶を交わした。団長が話を切り出す。
「先日の、文官をこちらに派遣いただくという提案を却下なさったそうですが…」
「それはそうでしょう。事務作業だけでなく内情を理解する為に演習や討伐にも参加させるなど、到底受け入れられません」
「しかし、実際として、事務作業は上層部を除けば得意な者ばかりに負担が偏ってしまっておりまして。彼らも名目上は他の騎士と同じですので訓練を減らす訳にもいきません。
騎士団の外から人が呼べないのであれば、彼らを新たな役職に任命して他の業務を減らすか、手当を出してやりたいのです。今はまだ軍の指揮系統に関与する訳ではないので、単なる昇進も難しく…」
「…分かりました、次の議題に含めましょう」
「ありがとうございます。ブライアン良かったな、覚悟しておけよ」
「…はい…」
固まったブライアンにジャスミンが笑った。
「だって月末毎にお父様達が総出で真夜中までやっていた分の残業が減ったのは、様式を整えた事よりも、貴方とマイルズ様が先にチェックして騎士団内で差し戻したり、先回りして文官に説明したり、担当者の連絡先をつけたりしていたからですものね。お父様もそれを分かっていらっしゃるから、すぐに了承なさったのよ。
ねぇお父様、本当はブライアンに対する評価は悪くないのでしょう?」
ブライアンは驚いたが、目を合わせようとはしないセルカーク侯爵に近付き、深く腰を折った。
「セルカーク侯爵、私には侯爵家の暮らしを再現するような甲斐性はございません。しかし私なりに温かく幸せな家庭を築きたいと思っていて、ジャスミン嬢とならばそれが出来ると確信しています。
どうか私に、ジャスミン嬢との、結婚を前提としたお付き合いを許可くださいませんか?」
「…娘は私の許可は要らんそうだがな」
拗ねたような侯爵の声に昔のジャスミンが重なってブライアンは微笑ましくなった。
「いえ、ジャスミン嬢を幸せにするには必須だと私は考えております。ですので、どうか」
侯爵は大きな溜息をついた。
「婿入りを前提とした付き合いだ。…一族に騎士がいた方がいいとは思っていたし、丁度爵位が余っていたからな」
「…ありがとうございます!」
セルカーク侯爵と騎士団長が立ち去って、ジャスミンは思わず拗ねた声を出してしまった。
「…それで、お父様だけ?」
それを聞いたブライアンはまた愛おしくなって、ジャスミンの頭を撫でた。
「こんな所じゃなくて、ちゃんと仕切り直させてくれないかな?…それに差し迫った問題として、食べる時間がなくなる」
ジャスミンも思わず声を上げて笑ってしまい、急いで食事の用意を始めたのだった。
***
セルカーク侯爵の仕事は早く、仕切り直しよりも侯爵家からの縁談がブライアンの実家に届く方が早かった。
両家揃っての契約内容の確認をした時、ジャスミンの仕事についての項目は消した。状況によって、二人で相談すればいい事だと思ったからだ。
それからすぐ、二人であの捕物のあった観光地に出掛けた。そして、今度こそ一日かけてゆっくり楽しんだ。
最後にブライアンにとって少しいい所で夕食を摂って、デザートまで食べた直後にブライアンは切り出した。
「初めての逢瀬をやり直したくて、ここを選んだんだ。今までと違う生活でお互い苦労はするかもしれないけど、貴女と幸せになる努力をし続けると誓います。
どうか、俺と結婚してください」
目の前に差し出された指輪を見ながら、ジャスミンはほんの少し潤んだ瞳で頷いた。
「私も、他の誰でもない貴方と、苦労も喜びも一緒に過ごしていきたいの。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
ブライアンはジャスミンに指輪を嵌めると、満足そうな顔で「似合ってる」と呟いて、そっとその指に口付けた。
笑い合いながら仲睦まじく手を繋いで歩く二人の後ろ姿はお似合いにしか見えず、見送った店主は幸せのお裾分けに感謝し、二人の末永い将来を祈りながら再び店に戻ったのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
少しでも皆様の暇つぶしになれたとしたら幸いです。
 




