6 ドミニク/グウェンドリンside
式ではドミニクは司祭として、二人の誓いを確認し口づけを見届けた。
「では、契約書に署名を」
王太子は三枚に署名した。次にフェリシアに渡す前にメモのついた書類を追加する。上から順に、実家への絶縁状、修道院への出家と還俗、ガブリエラの家との養子縁組、婚姻契約書である。フェリシアはすぐに理解して、途中で変わる家名を間違えることもなく全てに署名した。
間に修道院を挟む事になったのは、マイルズがただの絶縁では完全ではないと主張したからだ。駆け込み修道院と有名な所は喜んで三秒の出家を許可してくれた。
司祭資格と文官の証人となれる資格を持った人材として、ドミニクは喜んでこの役を務めている。
最後に証人としての父と、新婦側の当主としてガブリエラの夫のウェイクマン公爵が署名して、書類は完成した。
「では、ここに聖槍の国の王太子・クリフトンとフェリシア・ウェイクマン公爵令嬢の結婚が成った事を宣誓する!」
新婦側の一部のざわめきを打ち消すほどの歓声が響く。この国の参列者には隣国の王太子とフェリシアの結婚である事は先に伝えておいたのだ。
クリフトンがその後一部に対して、『フェリシアとの婚約が内定した後、未来の王太子妃となるフェリシアの身を案じたグウェンドリンが入れ替わりを申し出た。グウェンドリンと交友のあるドミニクが協力し、新婚旅行を兼ねて隣国で式を挙げた。王の許可はあり、その証明として契約書にも署名がある』という説明をした。
ちなみに王の署名はハリエット達がもらってくれたものである。小さな文字の上、1枚目は確かにガーフィールド家とウォーリー家の契約だが、1枚目で家名が書いてあった部分と同じ位置に、2枚目以降は大文字だけ合わせた別の単語をそれらしく書いておいたので、適当に見れば同じように見えたはずだ。しかも余白をそのままにしておいたので、後で決まった事柄は書き足せた。
念の為祭壇以外から見えない場所でグウェンドリンは出席していたが、ようやくすべての心残りが解けて、安堵に満ちた笑顔で彼らを見ていた。
その笑顔があまりに綺麗で、ドミニクは、あぁ好きなんだ、と心底自覚した。
その一方で、この後グウェンドリンに王太子達が帰国するまでの短い間に決断を迫らねばならない事に複雑な気持ちになっていた。
***
式を終えて着替えた後、グウェンドリンはドミニクに呼び出された。
「大事なお話とは何でしょうか?」
「君の今後についての話し合いですよ。君の亡命の手続きは保留にしてある一方で、君には聖剣を持つ適性がある事が判明しました」
グウェンドリンは驚いて固まった。ドミニクは持ち主になれば討伐には行かなくていいが、見た目が変わり髪を失う可能性がある事や伯爵位を得られる事を告げる。
「今君には未来を選ぶ自由があります。
まず、王女として生きるか、亡命するか。
王女に戻っても、輿入れはフェリシア嬢の為の振りだと周知したから、僕と結婚する必要はありません。ただし、クリフトン殿が王と君の署名のある紙を持ってきたので、結婚してこの国に来る事も出来ます。
亡命するなら、聖剣の持ち主にならなくても貴族では居られるけれど、君の父君からの追手が問題となります。持ち主候補だと伝えればしばらくは牽制出来ますが、最終的にはかなり高位の人物と養子縁組するか、結婚する必要があるでしょう。聖剣の持ち主になれば、追手を気にする必要はなくなり、結婚相手を一番自由に選べます。ただし見た目が変わります。
明朝には兄君が出発するので、それまでにどうするか伝えてください」
沢山の情報といきなり与えられた選択肢に混乱していたグウェンドリンは一呼吸して微笑みを浮かべ、無理やり自分を落ち着かせた。
「あんなに欲しかった自由ですが、いざ提示されるとどうすればいいのか分からなくて困りますね。
…どなたかに相談はしてもよろしいのですか?」
「…あまり広められないので、どうしても、というなら兄君か王太子妃か…あるいは我が国の王族でしょうか。ただし、無自覚でも相談相手自身の得になる選択肢を選ばせようとする事があるという事を踏まえて判断くださいね。選択肢を提示した僕もそうかもしれませんよ」
グウェンドリンが首を傾げた。
「殿下はどれかの選択肢をお望みなのですか?」
ドミニクは一瞬答えに詰まった後、真っ直ぐグウェンドリンを見つめた。
「僕はグウェンドリン嬢が好きだから結婚したい。王女だろうがそうでなかろうが構わない。
ただ、君に求婚を断られようとも、出来る限り父君から守りたいと思っている。
髪型が変わったとしても君は可愛らしく僕にとっては何も変わらないままだと思うが、身なりをさほど気にしない男でもかなりの衝撃を受けたらしいから、君に傷ついて欲しくないという一点において反対したい。ただ、最も自由になれる選択肢でもあるから、君が覚悟を持って選ぶのであれば尊重したい」
グウェンドリンは思ってもみなかった答えに顔を真っ赤にした。てっきり隣国にとって得かどうかという話になるかと思っていたのに。
「…返事は明朝お聞きします。では失礼します」
ドミニクは言うだけ言って去ってしまった。しばらく頭が真っ白になっていたグウェンドリンは、我に返ってフェリシアに会いに行こうとして、新婚初日である事に気付いて頭を抱えたのだった。
***
結局誰にも相談しないまま一人で決めて、翌朝、グウェンドリンは少し早めにドミニクの元を訪れた。
ドミニクは少し疲れた様子で、あまり眠れなかったようだった。
「それで、決断をお聞かせ願えますか」
「求婚をお受けします。私は王女として嫁ぎ、かつ聖剣の持ち主になりたいと存じます」
初めて見たドミニクの驚いた顔は、存外に幼く見えた。
「…は?何で?聖剣は要らないでしょう?」
「だって持たない限り、父がどんな事をしてくるか分からないのですもの。
王女の方が兄夫妻の役に立つし連絡も取りやすいでしょうから、聖剣の国が構わないのであればそちらを選びますが、聖剣を持たない限り少なくとも兄の即位までは怯えながら暮らす羽目になるでしょう?そんな状況に貴方を付き合わせるぐらいなら、髪や見た目が変わっても怯えない日々の方が良いですわ。ドミニク様も昔は剃っていらっしゃったとお聞きしましたし」
ドミニクは頭を抱えた。
「今の君と昔の僕は違うでしょ…。でも、君がよく考えて決めたのなら尊重するよ…」
その後、急いでドミニクと王、宰相が婚姻契約書に署名、グウェンドリンが水晶と聖剣に触れて持ち主となった後、兄に契約書を一部手渡し聖剣の持ち主となった事を伝え、念のため鬘を被って兄一行を見送った。
その後、ドミニクは不服そうにグウェンドリンに言った。
「絶対に式はちゃんと挙げるから。後、そのまま伸びる可能性もあるから、どこかが抜けるまでは脱毛剤と育毛剤を飲むのは絶対にやめてね」
***
結局毛は抜ける事なく、薄い赤茶色の茶色が抜けてうすいピンクがかった色に変化しただけだった。
「綺麗なグラデーションになったよね。式は早めに挙げたいから良かったよ…」
「あら、私は別に鬘でも良かったわよ?今日みたいに好きな色を選べるじゃない」
この日、ドミニク達はお忍びで城下町を歩いていた。グウェンドリンが聖剣の持ち主になったので、二人で歩いても護衛はほとんど増やさずに済んだ。ドミニクにとっては嬉しい誤算だったらしいが、ドミニクの話を侍女から散々聞いていたグウェンドリンはもちろんこの事も考慮していた。
あれから、父は兄から聖剣の話を聞いたにもかかわらず、一度刺客を寄こした。未然に防いで捕まえたものの、そのせいで父とアバークロンビー伯爵の頬には特有の痣が浮かび、二人は人前に出られなくなって使用人からも冷遇されているそうだ。おかげで兄の譲位も母の離縁も近いらしい。
「君の髪は毎日手入れしてとても綺麗だし、何よりあの色合いが一番グウェンに似合うからね」
そう言ってグウェンドリンの頬に軽く口づけてくる。ドミニクは以前は周囲の人間が気になって仕方なかったそうだが、結婚してからは『妻といる時は妻しか目に入らないし、愛想をつかされないように必死だから気にもならない』と頻繁に愛情表現をしてくれる。
それでも少し恥ずかしい気持ちを分かってもらおうと、初めてグウェンドリンの方からドミニクの頬に口づけると、ドミニクは顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。それを見てグウェンドリンも赤みが移る。
「…ごめん、こんなに恥ずかしいだなんて思わなかった…でも嬉しい…」
「分かってくれればそれでいいの…。あっ、あちらにハリエット様お勧めの文房具店があるから行きましょう」
あからさまなグウェンドリンの方向転換は周囲に微笑ましく見守られつつ、一行は町の景色の中へ溶け込んでいったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
1章で沢山のイイネ、評価、ブクマ登録、誤字報告、感想をありがとうございました。
2章は、皆さまのこれらのフィードバックと、続編が欲しいという声や色々なアイデアを感想でくださったおかげで書く事が出来ました。ありがとうございます。全ての声にはお応え出来ず申し訳ありません。
次はブライアンの話でも書けたらいいなぁとは思っていますが、何も浮かんでいません。何か浮かんだら書こうと思います。
 




