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友人が好きな人と婚約した  作者: bammmmnn
僕は婚約者の入れ替わりをやめさせたい
13/19

5 フェリシアside

 フェリシアは、絶望の淵に立ちながら、ヴァージンロードを俯き歩いていた。

 好きな人は新婦側の席最前列にいるはずだ。他の人に嫁ぐ自分を見られる事が辛くて、そちらを見る事なんてできない。


ーーーこの白いドレスは、貴方の隣で着たかったのに。


 しかし、その望みが叶えられることはない。フェリシアはこれから、好きな人の妹の替え玉として隣国の第五王子と結婚するのだから。



***



 フェリシア・アバークロンビー伯爵令嬢は聖槍の国の王女・グウェンドリンの同い年の従妹だ。叔母が第二側妃として王に嫁いだのだが、爵位とともに野心もなかった叔母に対して野心たっぷりな父はよく悪態をついていた。

 そんな父が、従妹を溺愛して隠したがっていた王を唆したせいで、フェリシアは幼い頃からグウェンドリンの替え玉候補として登城して一緒に教育を受ける事になった。そもそも替え玉の要るような危険な事もなく、グウェンドリンを外に出さない為だけの替え玉候補である。だが、フェリシアは以前お茶会で見かけたグウェンドリンの5歳上の兄の赤い髪をしたクリフトン第一王子が当時とても大人っぽく見えて、凛としたその姿に憧れを抱いていたので、役得だとしか思わなかった。

 お茶会でも一度も話す事すらできず、ただ見ているだけだったので、フェリシアの恋が実ることはないだろうと確信していたが、フェリシアは見ているだけでドキドキして幸せだった。

 きついはずの教育も、最初は『クリフトンの妻はこのような教育を受けるのだ』だとか、『もしかしたら彼が昨日ここを通ったかもしれない』などとという妄想と、『同じ建物の中にいるという事は同じ空気を吸っているかもしれない』という思い込みである程度乗り越えた。そのうち仲良くなったグウェンドリンも優しい子で笑って話を聞いてくれた上、休憩時間にたまにクリフトンの話もしてくれたし、内緒でクリフトンの鍛錬を覗かせてくれた。これらとグウェンドリンと励まし合った事で何とか教育もついていけた。

 ある日突然、グウェンドリンに会いに来たクリフトンが、フェリシアにも「妹の為にありがとう、これからも頑張ってほしい」と声を掛けてくれた時、フェリシアは真っ赤になってろくな返事も返せなかった。しかし、その後一週間はグウェンドリンにその一言の話をしていたし、一か月は寝る前に思い出しては悶絶した。いまだに心の中の大事な宝物である。

 その後も、クリフトンはひと月に一回程度一言だけ「大変だろうにありがとう」だとか、「いつもよく頑張っているな」だとか、そんな一言をくれるようになった。

 それにより毎日浮かれていたフェリシアを見て、グウェンドリンは呆れた。

「よくもまぁ似たようなほんの少しの言葉でそこまで幸せになれるなんて、本当楽しい人生を歩めそうね。…いえ、もっと楽しい日々を過ごさせてあげるわ」

 その時のグウェンドリンはまさに悪役とはかくやと言わんばかりの企んだ顔をしていた。


 それから数日後、ダンスの練習に相手が必要になるからとグウェンドリンが二人の兄を連れてきた。勿論第二王子とグウェンドリン、クリフトンとフェリシアがペアである。叫んで気を失ってしまいそうな我が身を必死で抑えながら踊りつつ、ニヤニヤとしているグウェンドリンを睨んでいると、第二王子もまたニヤニヤとしており、しかもフェリシアより少し視線がズレている事に気が付いた。

 そうっとクリフトンを見上げると、同じように見下ろしていたクリフトンと目が合い、すぐに目を逸らした。しかし、顔は少し赤くなっていた気がする。そういえば、割と何でも得意なはずのクリフトンのダンスのリードが少し硬いような気もしてきた。

 初日はそれ以上は何も考えられず、クリフトンの顔も見れず、家に帰ってからも思い出しそうになって奇声を枕にぶつけて何とかやり過ごしたのだった。

 その後もダンスの練習にはクリフトン達が毎回呼び出され、その度にフェリシアの心臓は壊れそうになりながらも、徐々に慣れていった。と思ったら、次はお茶会の練習で最初はクリフトンが客の設定だったが、そのうちクリフトンとフェリシアが客側の設定になったり、何故か椅子が妙に近づいていたりした。後で夫婦の設定にしようかと思っていたと白状したグウェンドリンには沢山怒ったが、そんな日々は確かにとても楽しかった。


 その日、いつものように三人でお茶会の練習をした後、客を庭に案内する主人の役をしたグウェンドリンが、「あら、他のお客様のお相手もしなければ」などと架空の客を理由にわざとらしくその場を離れた。

 何だかんだとあからさまに近づけられていたが、クリフトンと二人きりにされた事は初めてだった。フェリシアはとても緊張していたが、クリフトンが思いがけず真剣な顔をしていたので浮ついた気分など霧散した。

「フェリシア嬢には、とても感謝している。例え一時的に離れたとしても、出来れば妹の傍にいてやってほしい。

 なるべく私もあの子の世界を少しでも広げられるよう努力するつもりだが、あの子の狭い世界の中で離れないで済む者を残しておきたいんだ」

 フェリシアはその言葉で急に気が付いた。グウェンドリンの使用人はあまりにも皆事務的な態度だと思っていた。優しい態度の者も見かけた事はあったが、二度と目にする事は無かったのは王の嫉妬だったのではないか。乳母などは出会った時には居らず、第二側妃が自らの手で育てたと聞いたが果たしてそれは本当だったのか。

 他の勉強と違って、ダンスの練習もお茶会の練習も正式な教師がつく事はないのは使う機会が来ない可能性があるからではないのか。そして、お茶会の練習に、フェリシアのパートナー役としてクリフトンを呼んでも、自分のパートナー役に第二王子を呼ぶ事がないのは、パートナーを得る未来を誰よりもグウェンドリンが信じていないからではないのか。


 フェリシアに選択肢は無かったとはいえ、自分はグウェンドリンの世界を閉じ込める手伝いをする事になる。しかし、替え玉でなければグウェンドリンと一緒にはいられない。きっと目の前のこの人も、罪悪感と無力感を抱えながらグウェンドリンと接しているのだろう。

「えぇ…きっとグウェンドリンとは変わらない友情を結びますわ」

 深刻な雰囲気を打ち消すように、クリフトンは軽く微笑んだ。

「そんな顔をさせるつもりは無かったんだ、すまない。今まで通り接してやってくれ。

 私もようやく会う頻度を増やせるようになったところだが、罪悪感や同情を持ちながら会っていると妹との関係もぎくしゃくしていた。妹に会いにというより、他の目的の方が主になってきた最近の方がよく打ち解けているぐらいだと思うよ」

 他の目的って、と思ったところでグウェンドリンが戻ってきた。クリフトンが耳元で囁く。


「あぁ、ここまでか。次会えるのを本当に楽しみにしているよ」


 真っ赤になったフェリシアをエスコートしてから、クリフトンは忙しいからと去っていった。その後ろ姿の耳朶が赤くなっていた。

 思いが通じ合ったのは、それから程なくしての事だった。

 大した力もない伯爵家から二代連続で側妃は出せない。それでも替え玉のフェリシアが結婚しない事で王は喜んでいたので父からの文句はなかったし、クリフトンの婚約はグウェンドリンが婚約してから、とクリフトンが主張して未だに結ばれていなかった。だから、いつか終わりが来ると分かっていても、フェリシアはこの恋を全力で謳歌する事に決めた。



***



 グウェンドリンの社交デビューすら、フェリシアにさせるかどうかという話になっていた頃が一番締め付けがきつかったように思う。ダンスの練習で第二王子がグウェンドリンに触れたからという理由だけで、グウェンドリンは第二王子と会えなくなっていた。

 色々な人が王の説得に当たっていたらしいが、状況については誰も教えてくれなかった。

 ある日の休憩時間にまたお茶を飲みながら、グウェンドリンがふと呟いた。

「貴女は私の理想なのよね」

「どういう事?」

「私のあったかもしれない人生…社交をこなして、お友達をそれなりに作って、派閥に入ったりして…恋したり、失恋したりするかもしれない、そんな未来。

 勿論自分では決められない事もあるけれど、今よりもう少し自由で、ある程度尊重されて、自分で選択して、その結果に責任を負って過ごす人生を、私は貴女のおかげで見る事が出来るのよ。

 だからどうか、私がどんな状況になっていても気にせずに、貴女の意志で自由に選択してね。それを知る事が私の喜びなのだから」

「何を言っているの!私なんか見なくたって貴女にもそんな未来はあるの!あるったらあるのよ!」

 悲しげに微笑む彼女にこんな事を言わせる状況も、上手く彼女を元気づけられない自分にも腹が立つ。でも、何ができなくてもどんな状況でも、貴女の友達であることだけは止めない、と心の中で強く誓った。


 結局、クリフトンの立太子と同時に行う事で注目を減らすやら、他にもいくつか方策を立てる事で王の説得に成功したらしかった。

 私と一緒に出席出来た最初で最後の夜会だったが、その場では間違いなく、グウェンドリンが一番楽しんでいただろう。後日、涙を流して喜んでお礼を言ったグウェンドリンに、王はその状況をもたらしたのが自分だという罪悪感を刺激されたのか、それからだいぶ締め付けは緩くなって、グウェンドリンはいくつかの公務に出られるようになった。

 だから、王もグウェンドリンをもう少し自由にする未来があるかもしれないと希望をもってしまっていた。まさか、フェリシアの父がまた王を唆すだなんて思わなかったのだ。



***



 ある日、フェリシアは王に呼び出された。こんな呼び出しは初めてだったので緊張しながら謁見すると、王はいかにもなしかめっ面をして話を始めた。

「しばらく前からグウェンドリンをつけ狙う者がいるらしい。本来ならば警備を強めるだけで済ませるべきなのだろうが、いつまで警戒せねばならないのか分からぬ状況にグウェンドリンが疲弊した。そこで、グウェンドリンは母親とともに離宮で休養を取らせることにしたのだが、いつ回復するか分からんほどでな。

 あの子の名誉のためにも、王族として政略結婚はさせなければならんが、放っておいたら適齢期を過ぎてしまう。そこで、フェリシア嬢が代わりに隣国の第五王子に嫁ぐように。

 結婚までは警備を強めてフェリシア嬢の身の安全は必ず守ると誓おう」


 最初から最後まで意味が分からなかった。グウェンドリンに会ったのはほんの少し前で、とても元気だった。替え玉になった時だって危険を感じたことなどない。間違いなく全てが嘘だと思えた。

「おそれながら、陛下。…殿下はその後どのように過ごされるご予定ですか?」

「…フェリシア嬢の名を借りる事で伯爵と話がついている」


 ―――名前と人生なんて大事なものを勝手に取り上げて入れ替える事を、どうして私とグウェンドリンを全く無視して決めていい事だと思っているの。


 フェリシアは怒りを見せないようにするのに精一杯で、淑女教育に感謝した。

 あまりにフェリシアを、グウェンドリンを、そして隣国を蔑ろにしている。グウェンドリンがフェリシアになったとしても、父は王の要求をそのまま呑むから幸せになるとは思えない。それに隣国の王族にバレれば外交問題にならないはずがない。

 しかし、そのままグウェンドリンとしての日々が始まってしまった。増やされた警備はむしろ、フェリシアと他の接触を断つ為のように思える。王族のクリフトンや王妃ですら会えない、姿を見ても話すらできない状況がずっと続く。それでも、クリフトンが案じるように見つめてくれていたその眼差しで、何とか耐えていた。


 クリフトンが、国や妹をあんなに大事に思っている彼が、この状況を看過するはずはない。何とかしてくれるはずだ。

 それまでに少しでも逃げる算段をつける為に警備の隙を探さなければ、とフェリシアは半年間ずっと隙を窺ったが全く見つからなかった。他にもこの生活が始まって早々に、隣国でバレるよりはこの国でバレる方がマシだ、と化粧や服装を変えてもみたが、成長などを理由に誤魔化された。

 輿入れに王の名代としてクリフトンが付いてくるのが最後の機会だと思ったが、道中も全く接触できずについに隣国の王都に到着してしまい、その翌日には花嫁衣裳に着替えさせられていた。



***



 ヴァージンロードも歩ききって、祭壇の前に着いてしまった。歩く時に目に入った隣の金髪はまぶしく、見慣れた赤色がそこにない事に泣きそうになるのをこらえて誓いの言葉を聞く。


「新郎は、この今隣にいる新婦とともに、健やかなる時も、病める時も、…」

 名前を呼ばれないのはこの国ならではなのだろうか、という疑問がよぎる頃には司祭の問いかけが終わって、新郎が答える。


「はい、誓います」


 ―――まさか。信じられない。

 その声は耳馴染みのある、聞き間違えようのない声だった。フェリシアがすぐに振り向きたいのをこらえてそっとヴェール越しに窺うと、いつも案じてくれていた赤い瞳が目に入った。しかし、鬘と思われる金髪の、分厚い前髪に眉は隠され、顔は化粧して印象はいつもより優しげに見えている。


 続くフェリシアの誓いの言葉も、二人の名前が一度も出てこない。フェリシアの目と耳がおかしい訳でなければ、隣のこの人と結婚出来るなら願ってもないけれど、そもそもフェリシアは今この人の妹になっているのではないのか。ただただ混乱の渦に巻き込まれ、返事をしてもいいのか躊躇う。

 そんな中、ふとグウェンドリンの言葉を思い出した。


ーーー貴女の意志で、自由に選択してね。


 少し落ち着いてクリフトンを見ると、緊張はしていても辛そうな表情はしていない。グウェンドリンとフェリシアの害になるような事ではない、と信じられた。

「はい、誓います」


 誓いの口付けで正面で向かい合うと、金色も悪くはないけれどその髪型が似合わなくて、少し笑ってしまう。

 その笑顔を見て少し恥ずかしそうにしながらも、クリフトンはそっと額に口付けた。



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