3 グウェンドリンside
結局グウェンドリンは馬車に乗った。
「よく刃物なんて王宮に持ち込めましたわね?」
侍女はニッコリ笑った。
「そんなもの持ち合わせてはおりません。ただ、ティースプーンを間違えて持ってきてしまっただけでしたのに…」
グウェンドリンは侍女を睨みつけながら、外の風景を確認する。意外にも、正直に公爵家に向かっているようだった。
到着したのもやはり公爵家で、「客人をもてなすように」と侍女は言い置いて去った。監視されつつも客間に通され、公爵夫人のガブリエラがやってきて挨拶してきた。
「ご無沙汰しております」
「いいえ、初めてお目にかかります、マリアと申します。公爵夫人におかれましてはご機嫌麗しゅう」
ガブリエラは溜息をつくと、後ろを振り向いた。
「との事ですけれど?」
「悪あがきが過ぎる方だよね」
扉から笑顔の金髪碧眼の男性が入ってきた。ガブリエラに近い男性でこの色合いはまさか。
「さて挨拶が遅れました。お初にお目にかかります、聖剣の国の第五王子、ドミニクと申します」
使用人を人払いしてドミニクはグウェンドリンに笑いかけた。
「貴女をグウェンドリン嬢と呼ばせてくださいね。髪が長いのだから、しっかり押さえて鬘は薄いものにしなければ、浮いて分かってしまいますよ?」
思わず髪に手をやりそうになってこらえる。しかし、グウェンドリンのそんな様子を気にもせずにドミニクはグウェンドリンに近づき、いとも簡単に鬘を押さえていた止め具を正確に外して鬘をとった。
「なっ…!」
「あぁ、やっぱり。侍女に髪のまとめ方を学んだんだろうけれど、この場合ただまとめるだけじゃなくて目立たないようにいかに容積を抑えるかが大事でね。あぁ綺麗な髪をこんなにきつくしばって勿体ない…頭も痛かったでしょう?
僕が一目で見破る程度の変装、他の誰にバレてもおかしくないのだから、もっと上手にならない限りはもうやめておいた方がいいですよ」
話しながらドミニクは手際よく髪をほどいてなぜか持っていた櫛をいれ、地肌をマッサージした。グウェンドリンはつい解放感に安らいでしまったが、慌てて我に返る。王子の癖に手際が良すぎはしないか。
その様子にドミニクは微笑みながら、グウェンドリンの隣に座った。
「さて、グウェンドリン嬢。入れ替わりは僕達に知られてしまって、君の身柄まで僕達の手の中にあります。この国と君の危機だけれど、どうしましょう?」
ドミニクの言葉をグウェンドリンは嘲笑った。
「あなた方がどう考えようとも私はマリアで一介の侍女に過ぎません。私を如何に害そうともこの国はびくともしない事は、お好きになさってみれば分かるでしょう」
グウェンドリンは捕まった時点でグウェンドリンとして死ぬ事が出来ない可能性は考えていた。舌を噛むのは怖くて出来なかったけれど。
隣国に入れ替わりがほぼバレたが証拠はないはずだ。今の時点では誘拐を働いた隣国の非だけが明らかだ。人質に取られようとも我が国は中位令嬢の誘拐として対応すれば良い。もし自分が死ねば、入れ替わりを戻す必要など無い為うやむやに出来る。あえてグウェンドリンが隣国にいるかもしれない状況でフェリシアを隣国に送るリスクは取らないだろうから、誘拐を理由に王子との縁談はなくそうとするだろうし、そうすればフェリシアも自由になれる。うまくいけば兄が憔悴した父に代わって政治を進めて譲位の機運を高められるかもしれない。
グウェンドリンの様子にドミニクはやや不満そうに唇を尖らせた。
「ちょっとそんな悲壮な決意を簡単に決めないでよ、自己犠牲が過ぎる…。もうちょっと欲張ってくれたらもっと悪役っぽい事を沢山言えたのにこれじゃ言えないじゃないか…」
「誘拐犯なのですから、悪者で間違いないでしょうに」
ドミニクはため息をついてグウェンドリンの髪を手櫛で梳きながら微笑んだ。
「僕は王女殿下とお話しする為に公爵家に招待しただけです。でもまぁ、そんな潔い所も素敵だとは思いますよ…その決意で他の手段を選びませんか?」
意味が分からず首を傾げるグウェンドリンを見ながらドミニクは続けた。
「うちの国に亡命しましょう」
「…は?」
「いやだって君は人と関わる事もずっと制限されて、かなり不自由な暮らしをしてきたのに教育はきちんと受けて、質素な生活をして、頑張ってきたでしょう?贅沢を享受したわけでもないのだから、義務をこなす必要なんてないんじゃないかと思いまして。
それにね、さっき気づいたかもしれないけれど、君が我が国に来てくれれば、フェリシア嬢は自由になれるんですよ。入れ替わりもする必要がないですしね。
僕の婚約者というだけでは王の承諾なしに連れて帰る理由には弱い。亡命を希望してくだされば、受け入れただけという体なので、一応責められる事はありません。一度は平民になってしまいますが、ガブリエラ姉さまに一筆書いてもらえれば、どこかの貴族の養子には入れるでしょう」
グウェンドリンが混乱していると、扉がノックされる。入ってきた二人はお茶会でもてなされていた使者とその婚約者だった。
「この御方がそうだよ」
ドミニクの言葉を聞いた二人に挨拶された。特にハリエットからじっと見つめられた後、にっこり微笑まれる。
「あぁ、やっぱりあちらにおられた方はフェリシア様でしたのね。目の形がよりアバークロンビー伯爵夫人に似てらっしゃいました」
ドミニクがグウェンドリンに二人を紹介する。
「さっきのお茶会で知っていると思うけれど、マイルズとハリエットです。もし他の所に養子に入る所がなければ貴女を引き取っても構わないと言ってくれていますよ」
「どうして…」
マイルズが笑って言った。
「私も養子縁組で救われた人間の一人ですので。ですが私達は歳が近すぎますし、まだ婚約状態ですので、最後の選択肢にされた方がよろしいかと存じます。きっと他にも手を挙げる人間は居ると思いますよ。足りなければドミニク王子殿下が貴女の養育から結婚費用まで持ってくださるそうなので」
そう言うと、二人は紙をドミニクに渡して去った。驚いた顔のグウェンドリンにドミニクは気まずそうな顔をしていた。
「何で余計な事まで言うかな…。ちなみに、僕はそれなりに個人資産を持っているので伯爵位ぐらいまでなら余裕だし、君の所の兄弟仲は良さそうなので、外交でいくらでも回収できそうだからです。何も気にする事はありません。
貴女の身の安全についてが一番問題になるでしょうが、しばらくは僕の護衛をつけますし、王宮で寮に住んで侍女として働くならまず大丈夫です。更に聖剣の持ち主候補だとでもこちらの国に伝えておけば、害される可能性はより低くなるでしょう」
「どうしてそこまでしてくださるのかしら?例え後に外交で回収できようとも、一時的にでも国同士の関係が悪化する可能性だってありますし、一連の手続きには手間だってかかりますでしょうに…」
ドミニクは不機嫌そうに呟いた。
「一応僕の婚約者候補だったので。寝覚めが悪いでしょう、少し手を伸ばせば助けられる所で苦しんでる女の子、見なかった振りして縁談を断るなんて。…それに、父と兄には許可を得ています。『たった一人の女の子を救って揺らぐ国造りなんかした覚えはない』そうですよ」
後はグウェンドリンの決断だけという事だ。急に伸ばされた手に気後れしてしまいそうになるが、この手を取らなければこんな機会は二度とない。
母やフェリシアに会えなくなるかもしれないが、隣国に嫁ぐなら会うのは難しくなるから、その点では同じだ。亡命しなければ、このままではグウェンドリンは父と名ばかりの結婚をして幽閉され、今までと変わらない日々が続くことになる。
グウェンドリンは一度大きく深呼吸して覚悟を決め、真っ直ぐドミニクを見た。
「どうか私を亡命させてください」
ドミニクがにっこりと笑った。
「分かりました。では、早速君の養育費を少しでも機嫌よく出していただくために、王太子とフェリシア嬢をくっつけるのにご協力くださいね」
「…は?いえ、くっつけるのは喜んで協力しますが…」
それまで空気と化していたガブリエラが手を叩いて二人を急かした。
「さ、そうと決まればやることがたくさんあるわよ。ドミニクは早く取ってきなさいな」
ドミニクは一旦退出すると、簡素なドレスを持って戻ってきた。
「じゃあ僕は外に出るから一旦着替えてくれる?」
グウェンドリンが服を着替えると鬘と侍女服がどこかに持ち去られた。しばらくして、その鬘と侍女服を着た侍女が戻って来た。どうやらグウェンドリンを連れてきた侍女のようだ。
「自分のものを勝手に身につけられるのは気持ち悪いかもしれないけれど、内密に王太子に話をつける最短経路なので、我慢くださいね」
了承したグウェンドリンを見ながら侍女は化粧を施していく。
「多少似せてもこれが限界かしら。じゃあ行ってきますわ、姉様」
にっこり笑った侍女の言葉の意味をしばらく考えて、あり得ない答えに辿り着き、目を大きく見開くグウェンドリンを見て、姉弟は笑ったのだった。
 




