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インスタントの愛

作者: 弥禾

インスタントの愛。即席の愛。

味わってみたら、病みつきになります。

ご注意ください。

万が一、病みつきになりましたら

もれなく美しくも醜くもなります。

用法用量は、すべて

自分の心次第となります。


私は愛に餓えていた。

ひとりの時間も好きなのに

ひとりの時間は寂しかった。

外に出れば、人はいるのに

余計にひとりぼっちに思えて

ただただ虚しくなった。


 人との繋がりに煩わしさを感じるのに、

 人との繋がりを求めてしまう煩わしさ。


青い空を見上げて、ため息をつく。

ただ、ぼーっとしている時間が

唯一の救いだった。

 何も考えなくていい、

 何も感じなくていい、

 何も求めなくていい、

心が無になっているときほど

生きた心地はしないのに

そのおかげで、また生き返れた。

そして、歩きだす日々を繰り返す。


夜、眠る前にはアプリや本から

ひたすら心が満たされそうな言葉を探すことが

習慣になっていた。

様々な立場からの、色々な言葉。

思わず「いいね」をしたり、

メモに残してしまうほどの言葉と出会えるのに、

心が満たされることはなかった。


 あぁ、誰か私を抱きしめてよ…。

感情は渇いているのに、涙が溢れてくる。

そんな夜を何度も繰り返す。


本当は、私が求めているのは、文字としての言葉じゃないのかもしれない。。

 ()()()()()()()()()が欲しい。


そろそろ、自分を誤魔化すのも限界だった。

人と関わることへの葛藤と渇望が湧き上がった、

11月のとある夜だった。


 1から人間関係を築く気力はないけれど

 私は女として愛されてみたい。


 そう、「インスタントに愛を感じたい。」


これだ、と思った私は

深夜の理性が崩れかけているテンションで

思いつくワードを検索する。


そして、私の希望にヒットしたのが

「レンタル彼氏」だった。


キャストとの恋人ごっこのサービス故に、

会ったときには既に関係性が設定されている。

さらに相手は、女の子への気遣いもエスコートも、

望む甘い言葉もお手のものだ。

何より素性の分からない人に会うより

簡単で楽で安心だ。


 まさに、私が希望するインスタントな関係。


そう確信して、画面に紹介される大勢の

キャストを指でスクロールしながら見た。

顔のタイプも性格も趣味も様々で、

あぁ、マッチングアプリもこんな感じなのかな。

と思いながら、相手を探す指は止まらない。


それにしても私は本当に利用してしまうのか、と

心で自分のことを笑いながらも

頭は利用する理由をひたすら考えていた。

 お金で確実に(偽りの)愛を安心して

 買えるなら、1回利用してみたらいいよね。

 何事も経験してみないと分からないし

 話のネタにもなるし…。

脳内はすでにイケイケモード。

 それに、相手は仕事。

 前提としてお互い、恋人ごっこと、

 割り切って会うんだ。

 大丈夫、インスタントな愛だ。

 傷ついても浅いはずだ。


自分で望んだことに傷つくことを

恐れる私自身に呆れながら、

この勢いで、状態で、

果たして、利用していいのだろうかと、

まだ理性は起きているらしかったが

そのまま私は意識を飛ばした。


翌朝、目が覚めて携帯を見る。

昨夜のレンタル彼氏のサイトを開いたまま

寝落ちしていた。

 あー、昨日こんなの調べてたな〜。と

まるで他人事のように冷静になる。

サイトは閉じて、いつも通りの朝を迎えた。


 はずだった。

気づけば朝ごはんを食べながら、

レンタル彼氏を検索していた。

 あぁ、末期だ。これは、もう、利用しよう。

そう、決意した。

そして、その夜、あるレンタル彼氏のサイトに

紹介されていた新人キャストにピンと来て

最短時間のデートコースをついに申し込んだ。

しかも、予約したデート日は、明日の昼。

 我ながら、急発進・急展開。笑える。

と、状況を楽しむ余裕は本当はなく、

内心は心臓がバクバクしていた。

 本当に申し込んでしまった。

 明日、本当に待ち合わせに来るのか?!

 それより洋服、どうしよう。

やはり、このサービスを申し込んでよかった。

久しぶりに夜が明るかった。


翌日。

正直、眠れなかった。

漠然とした期待と不安が襲い、

うまく寝つけなかった。

それでもキャンセルするつもりはないし

会いにいってやると意気込んでいた。


相手とは13時に指定の駅に待ち合わせ。

散歩しながら、お茶でもして解散しよう。

なんとなくのデート内容を考えながら

濃いめになった化粧とパンツスタイルの

無難なコーデに落ち着き、家を出る。


 指定駅に着いた。真っ先に化粧室に駆け込む。

身なりを確認する。念のため、ガムを噛んだ。

待ち合わせ時間まで、あと10分はある。

さすがに10分前に待っているのは、

なんだか恥ずかしい。よし、5分前になったら

改札口を出た待ち合わせ場所にいこう。

指定駅を降りてからは、

ずっと心臓がドキドキしていた。

果たして大丈夫なのか、と少し震える手をみる。


 いや、行くしかない。行こう。

待ち合わせ場所に向かった。

5分前に着いたが、まだ相手はいなかった。

どこから現れるのか、周りを見渡す。

あと少しで13時だ…。

 相手は時間ぴったりに現れた。

向かってくる姿に、思わず写真よりかっこいいと

胸が高鳴った。私の直感よ、ありがとう。さすが。

と少し冷静に自画自賛している間に

相手も私に気づき、手を振って近づいてきた。

そして、言葉を、挨拶を、交わすよりも前に

手が繋がれる。

もう、この瞬間でドキドキはピークに達した。

 このあと、このピーク状態を更に超えるのか?

 どうして初対面なのにこんなにドキドキして

 手を繋がれて嬉しいんだ?

脳内も心臓もパニック状態だった。


 手は繋がれたまま、本当の恋人同士の距離感で

相手は隣に歩いている。相手と私は何かを確かに喋っている。喋っているのに話の内容が頭に入らないほど、緊張していた。

 今回は2時間のデートコース。

相手との事前打ち合わせはしていないため、

一緒に歩きながら、カフェに行きたいことと、

人から見えないところで抱きしめてみてほしいことを伝えた。

 伝えたあとに、とんでもないお願いができたものだと驚いた。

 あれ、私、生身の言葉で満たされると思っていたのに、誰かに抱きしめてもらいたかったの?と自分から出た言葉に動揺した(

 相手は、分かった、と言うと同時に肩を抱き寄せてくれた。

 あぁ、もう心が持たない。たとえ仕事でも

 自分好みの男性が今は私と恋人ごっこしている。

 駆け引きもなく、無条件に相手をしてくれて

 私の嫌なことはされず、サービスの範囲内で

 私の望む欲が満たされる。そして、人としての

 振る舞いも一緒にいて安心できた。

 この人を選んで良かった。

 インスタントな愛を買って良かった。

もう、序盤で気持ちは満足していた。

カフェではお互いの趣味や最近の出来事、

悩みなどを聞きあい話した。

さすが、聞き上手で、話も面白い。

沈黙も怖くなかった。

カフェのお会計の前に、封筒に入れた

相手へのお会計を席で渡す。

中身を確認すると、ありがとう。と伝えられた。


お金で相手の時間を買う。


分かってはいても、虚しさを感じたことには

いったんスルーして、残りの時間に全集中した。


 カフェを出て、どこへ向かうでもなくフラフラ手を繋ぎながら歩いた。相手がリードしてくれるから、私は任せるだけ。そして、ちょっとした路地裏に入った。

 人目につかない場所を探していたんだ♪と、声の優しさとは裏腹に、力強く抱きしめられる。

人目に見えないように相手が道側に立ち、私を覆い抱きしめる。

 もう、これは好きになると思った。

相手は理想の彼氏を演じる仕事をしているだけとはいえ、好きになると思った。

 自分の心構えは甘かったし、それ以上に相手の仕事ぶりが素晴らしかった。

 2時間もあれば、充分と思っていた時間はあっという間に近づいた。別れが、寂しい。離れたくない。温もりが覚めるのが寂しいんだ。


 私が望んでいたのは言葉の温もりじゃなかった。

 ヒトのぬくもりだった。

抱きしめられていたら、生身の言葉なんかいらなかった。むしろ、生身のどんなに甘い言葉でどんなに温められても、生身の体温に温められなければ意味がない。


 もう、帰る時間だ。

 私に夢の愛を見させてくれて、ありがとう。

インスタントな愛に、またね、なんて口約束。

またね、なんて、私だけが言える言葉でしょう。

あぁ、幸せだった時間なのに、残酷な時間だった。


 相手は不特定多数の女の子のために仕事をしている。あの手も身体も言葉も、私だけの特別なんかじゃない。そういうサービスだって頭で理解していても、心を締めつけられる結果となった。

感情の波が激しく揺れた2時間。

帰りの電車で座った私はため息をついて

車内を見上げた。

ここでは全く無心になれなかった。

むしろ、溢れそうな感情を堪えるのに

上を向いたのかもしれない。


 幸せそうに肩を寄せあう恋人が羨ましい。

 ひとりぼっちじゃないあの子が羨ましい。

 抱きしめてくれる人がいることが羨ましい。


私が羨望していたのは、人の温もりだった。

だったのだけど

まだ到底、叶いそうもない。


関係を築くために出会うのも、深めるのも

自信がない。

私は人に愛される、自信がない。

私自身に、自信がない。


それから、夜が一段と寂しくなった。

こんな夜をどのくらいの女の子は

抱えて明かすのだろうか。

こんな夜が来ない女の子は

どんな女の子のなのだろうか。


気づけば、またレンタル彼氏のサイトを

見ていた。

私は、まだまだ愛をインスタントに

求めてしまうようだ。

こんな私は泡沫の時間こそ美しくなれど

泡が消えたらただの灰になる。


しばらくは、お金をかけて

愛を求める病は治らない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] レンタル彼氏をテーマにしながら、自分(主人公)の欲も垣間見えたところが良かったです。結局主人公にも求めるものがあるのだと、共感しました。 レンタル彼氏なら簡単に愛を浪費できるけれど、実際…
[良い点] むかしこのサイトでレズビアン風俗を予約した時のドキドキ感を表現した作品を読んだことがあります。 すごい臨場感で満点の評価をしたのですが、それ以上かもと思いました。
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