変わってしまった物語
母は体調を持ち直した。
そのこと自体はとても嬉しいことだったが、まさか両親の間にもう一人子供が生れることになるなんて考えもしなかった。
生れた子供は男の子だった。
父は、相当悩んだと思う。父としては姉を実質的な公爵家の跡継ぎにするつもりだったからだ。
しかし、爵位は男児しか継げないことになっている。生れた子に継がせるのが妥当だが、ジェームズが姉よりも優秀な跡継ぎになれるかどうかは誰にもわからない。
そして、まるで公爵家に男の子が生まれるのを待っていたように、後ろ盾の弱い第二王子を王太子にするために娘を差し出せと王が圧力をかけてきた。
まだ公表はしていなかったものの既にデイビッドとの婚約が決まっていた私ではなく、天才と言われていた姉を名指しして。
私は混乱し、罪悪感を感じずにはいられなかった。
私のせいで姉を不幸な目にあわせることになるかもしれないなんて考えるだに恐ろしかった。
私は罪悪感に押しつぶされながら王子との顔合わせから帰った姉に訊ねた。
「お姉様、王子殿下はどんな方でしたか?」
「評判通りの方だと思ったわ」
姉はなんてことのないような態度でそう言った。
「お姉様、王子殿下に、その、異性として好意を持った?」
「異性としての好意?」
なにか不思議なものでも見るような顔の姉にほっとしながらも、私は重ねて尋ねた。
「好きになれそうな方なの? 王子殿下を好ましいと思った?」
「特にそんな風には思わなかったけれど……そうなるべきかしら?」
「いいえ! 政略結婚の相手を愛する必要なんてないわ! 特に王族ともなると第二妃を娶ることもあれば公妾をもつことだってできるんだもの。愛情を傾けるなんてことしちゃいけないの。も、もちろん、お姉様が自然に王子殿下に惹かれる気持ちになったらならばその時は仕方がないのだけれど……」
私は力なく言葉を切るしかなかった。ああ、そうだ、もしもお姉様が王子に恋をして、物語のエリーのように捨てられてしまったとしたらどうしよう……。
お姉様をこんな立場に追い込んだ私はなんて酷い人間だろう。私が何もせずにいたらこんなことにはならなかったのに。
「まあ、エリー、そんな心配は無用よ。たぶん、わたくしは王子殿下のことを好ましいという気持ちは持たないと思うわ。全然興味が湧いてこなかったし。これからもそれは変わらないと思うわよ」
「そうなの? それなら、王子殿下のことなんて気にせずにお役目だけ果たしていれば良いと思うわ! 絶対に殿下と結婚しなければならないと決まったわけではないのですもの。いつの日かお父様にやっぱり無理でしたと言ったって良いわけだから」
「ふふっ。そんなに簡単にはいかないでしょうけれどね」
「わからないわよ、何が起こるかなんて誰にもわからないんだから!」
「そうね、わたくしにだってエリーのように絶対に結婚するんだって言い張るような方ができないとも限らないものね」
姉は、冗談のようにそう言ったが私は姉の言葉が本当になればいいと心から願わずにはいられなかった。
私のせいで、物語の悪役の立場に追い込んでしまったという罪悪感を晴らすためならなんでもやろうという意気込みと共に。
姉は物語のエリーのように王子に執着してヒロインを虐めたりすることはないだろうから最悪の事態にはならないだろう。
そうであってほしい、と思っていたが、今度も私の思いとは裏腹に、その事が逆に物語の私とは別の形で姉を絡めとることになると、その時の私はやっぱり知ることはなかった。