出会う運命
母の回復を見守りながら、父や姉との関係についても考えを巡らせてはいたが、こちらはそれほど上手くはいかないようだった。
そもそも父は忙しい人であまり長い時間を共に過ごすということがなかったし、姉は父によって追い立てられるように勉強だのマナーだのに忙殺されていたからこちらも私との時間はそれほど多くなかったためだ。
だが、少ない時間を見つけてどうにかかかわりを持てるようにしたところ、彼らは私のことを疎ましく思っているわけでもなく、家族としての愛情をきちんと抱いてくれていることがわかり安心した。
父の関心の一番重要な部分は公爵としての仕事を全うすることにあったが、だからと言って私達を不幸にしようなどとは考えていないことはわかっていた。父は父なりに私たち家族に愛情を持っていたからこそ、物語のエリーは最終的に不幸にならずにすんだのだ。
それを証明するように、夢をみた後で顕著になったいつも良い子ではない私のことを見捨てることなく姉とは違う人間だとして扱ってくれていた。
ふて腐れて生きていたから気が付かなかっただけなのだ。
また、姉は父によってそう躾けられていたというのもあるだろうが、従順に与えられたことを素直に受け入れるというところがあって、それ以外の事にはあまり強い関心をもっていないようだった。
しかし、姉は決してそれだけの人ではなかった。
例えば姉はどんなに忙しくしていても私が質問すれば、私が姉ほど勉強が出来ないことを馬鹿にすることなく、なんどでも丁寧にわからないことを教えてくれたし、偶に約束もせずに一緒に休憩しようと用意させたお茶の席に嫌な顔をせずに付き合ってくれた。
私が求めれば姉はそれに応えてくれようとしてくれたし、妹である私に他の子供には向けない愛情を示してくれていた。
姉は人の気持ちがわからない人ではない。単に、幼い頃から色々なことを詰め込まれる生活の中でそういったことを改めて考える時間がなかっただけだ。
私は家族との絆を築く事に関してはゆっくりと着実に実行していくことにして、焦らないことにした。特別なことをしなくても自然と家族としてのかかわり合いができると思えたからだ。
何もかも順調に進んでいるようだった。
そんな中、私は、あの人に出会った。
デイビッドは私の曾祖母の実家の伯爵家の嫡男だったが、実家は先代の失策で財産を大きく目減りさせていた。見かねた父が援助を申し出た折に、次期伯爵となるデイビッドを鍛えるため公爵家で預かることにしたのだという。
私より10才年上の彼は、優し気な風貌をした真面目な青年だった。
伯爵領は王都からはかなり遠く離れていて、彼は父親と同じく爵位を継いだら滅多に王都にくることはないだろうと言われていた。だからか社交は最低限しかせずに専ら領地経営のことを学ぶために屋敷の中にいることが多く、人見知りをしない子供だった私はすぐに彼の周りをうろちょろとするようになった。
「ねえ、デイビッドにはこんやくしゃがいるの?」
「いいえ、お嬢様、私には婚約者はいませんよ」
「じゃあ、私をデイビッドのこんやくしゃにしてよ」
「お嬢様にはもっとふさわしい方がおられます」
「嫌よ。私はデイビッドがいいの! ねえ、私、これからうんときれいな女性になるわ。だから私のことを好きになって」
「そんなことをおっしゃるものではありませんよ」
「どうやったら私をデイビッドのお嫁さんにしてくれる?」
「公爵様がそんなことはお許しになりません」
「ねえ、私は本気よ。本気で貴方のことが好きなの」
「……もう貴女はそんなことを言っていて良い年ではないでしょう。それに私と貴女では何から何まですべて釣り合いがとれません」
「お願い、すぐに大人になるから私以外の女性を見ないで」
「貴女は何もわかっていない。それすらもおこがましい事ですが、妹のように大切にするしか私には許されていないのです」
「……あの婚約の話、受けるつもりなの?」
「あのお話はお断りしました。私はまだ一人前とはいえませんから……お嬢様の婚約を見届けるまで私はここで見守っていますよ」
優しいデイビッドは無邪気を装って纏わりつく私を邪険にすることもできずに、絆されるように私を可愛がってくれるようになっていた。
でも私はそれだけでは満足できなかった。
私は、物語ではどんな気持ちで彼に嫁いだのかはわからないが、デイビッドに出会い恋をした。
彼とは年の差はあるが私には朧気ながら前世の記憶があるため年齢に違和感はなかったし、実際私は普通の子よりも早熟だったのだ。
わたしは兎に角デイビッドに積極的だった。
これではまるで物語のエリーのようじゃないかと思わないではなかったが、私はデイビッドの心を得ようと必死になっていた。
それと同時に父にも彼と婚約させてくれるよう働きかけた。
父はデイビッドのことを気に入っているようだった。父の構想としては私に公爵家にとって利のある結婚をさせるつもりだっただろうから簡単には認められないことはわかっていたが、諦めずに何度もそう訴え続けるうちに、匙を投げたのか、はたまた娘を可愛いと思う気持ちが勝ったのかデイビッドが良いというなら認めるというところまで漕ぎつけた。
満を持して私はデイビッドにプロポーズをした。
「出会った時から私は貴方のことが好き。どうか私を貴方の唯一にしてください」
薔薇の花が美しく咲き誇る公爵家自慢の庭園で、私はデイビッドにそう告げた。
デイビッドから見れば私は彼の恋愛対象になる年ではないのはわかっていたが、そのせいで誰かに先を越されては叶わない。
この際、始まりは権力による行使でも良いと思った。
デイビッドは父の許しを得た私の申し出を拒否することはできないだろう。
だから、今は無理でも一生をかけて彼の心を私に向けさせてやると意気込んでいた。
「お嬢様、貴女という人は……。私は貴女のことを年の離れた可愛い妹のように思っています。私の気持ちが妹を愛するようなものから女性を愛する気持ちに変わるかどうかそれはわかりませんよ。
ですが、今ここで誓います。私は貴女を私の唯一として生涯大切にします。だから貴女も覚悟してください。いつか私への気持ちは幼い子供の思い込みだったと言われても、その時には私は貴女を離してあげられないかもしれませんから」
「望むところよ。見ていて、私、きっと貴方に愛されて見せるわ!」
「ははっ、期待してますよ。惚れさせてください、私の可愛いエリー」
こうして、私は浮かれきっていた。
家族との仲も順調、恋した人と婚約を結び、そのことによって物語とも確実に距離ができたのだからもう何も心配することはないと。
なのに、物語の呪縛はそこからはみだした私を置いて勝手に別の人に降りかかったのだ。
私の大切な姉の元に。