その頃 森山胡桃は…
その頃 森山胡桃は…
一人寂しくロンドンから電車に乗る胡桃、本当は誰かに付いてきてもらいたかったが、急遽頼み込んで同行してきた手前あまりわがまま言うわけにもいかない。
「UKの在来線は日本ほどきちんとしてないんだよね」
ホームでブリストル行きの電車を待っている、ホームには白い雪が時折舞っている。
彼女はこの国では外見はともかくとして子供に見られるだろう、身長は160センチとそれほど高くはない。
今は眼鏡をかけており頭には帽子をかぶっている、昨年父に買ってもらったスキー帽。
彼女はやや茶色い黒髪だが、日本人よりもややヨーロッパ系の顔立ちをしている。
通常話す言葉は日本語だが、彼女は他にも3か国語を話す事が出来たりする。
「寒いしおそいな~」
「ハイユー」
「何?ホワッツ」
突然話し掛けられた、話す言葉は英語だが外見は他国の人間ようだ。
「君は何処に行くの?」
「ブリストルです」
「おーそうなのですね、私もでーす」
年の頃は30歳前後、そして身長は180を優に超える。
手に持っている物はスマホぐらい、デイバック1つなので旅行なのかどうなのかまでは分からない。
「何をしに行くのですか?」
「父に会いに行く途中です」
「それなら一緒に行っていいですか?」
「お断りします」
まあそうなるよな、だがこの後とんでもない出来事に巻き込まれる。
電車は予定より30分ほど遅れて来た、一応自由席ではあるが座席には座ることができるだろう、それほど混んではいない様子。
電車に乗り込むと後ろからさきほどの男性も乗り込んでくる、そして胡桃の荷物を支えて落ちないように助けてくれる。
まあそれは狙ってやっているのかも知れないが、その場ではありがとうと言って先へと進む。
中ほどまで乗り込み開いている座席に座ると、先ほどの男性も一緒についてきて隣へと座る。
「トナリ良いですか?」
「どうぞ」
デイバックを床に置きまた話しかけて来る。
「あなたはきれいですねー」
「有難う」
その言葉は今まで何度も聞いてきた、言われるのはうれしいがどう考えてもお世辞かもしくは社交辞令の時が多いのも分かっている。
そして隣に座る男性が何を求めているのかも分かってきたのでさほど驚きもしない。
「君は日本に行ったことはある?」
「あるわ」
日本人だとは言わない、だがその先は思いつかない事だった。
「お金持っている?」
「ないわ、全部カードか電子マネーよ」
「全部渡して」
「なんで?」
通路側に座っている男性はうまく通路から見えないようにしてポケットから何かを取り出す。
男性がポケットから取り出そうとしたのは折り畳みナイフ、別にそのようなものを出したとして胡桃には防ぐ方法もあるのだが。
「これでも?」
「何するの?」
「言う事を聞かないと、分かりませんか?」
「わからないわよ!」
「ギブマネー、殺されたいの?」
「・!」
ナイフが胡桃の顔へと押し当てられて行く、とっさによけようと手を顔の前に出す胡桃。
「パシン!」
「グ…」
「え?いきなりなに?」
胡桃が自分の持つ能力で対応しようと思った、だがその前に隣に座った男は気絶してしまったようだ。
何が起こったのかはわからない、もう少し待てば胡桃の能力が分かったのかもしれないが。
胡桃の能力は声、もしくは音と言って良い演技力もさることながら、彼女の演技力で誰もが賞賛しているのはセリフを話すときの声だ、千の声とも称される。
そして普段は使用していない音域が彼女の武器になる、声は超音波にすることで対象の脳をゆする事や周りの音を打ち消すことも可能だ、それらは普段めったに使用しない能力だ。
もう少ししたらその能力を使用して隣の男を黙らせる予定だった、だがそんな事をすれば彼女は刺されてしまう可能性もあるのだが。
実は彼女もう一つ能力を持っていた、小さいころ発症した超能力は身体変質能力。
こちらも普段は使用しない事の方が多い、足は両足共にぴたりと床に180度付けられるだけではない腕もグネグネと動かせる。
最初彼女の親は胡桃にバレエか又は新体操を教えようと思ったがそこに父は反対した。
母親はそれでも彼女には才能が有ると信じ込みバレエだけは教える事になる、そして10歳の時に今度は声に変化が訪れる。
風邪にかかったようにガラガラになり、それは数日で収まったがその後は8オクターブもの音程
を出すことが可能になった、その後父から言われた事が有る。
「お前には特殊な事ができる能力があるようだ、だがその力はあまり人に見せないようにしなさい」
その理由も教えてくれた、そして父の能力も見せてくれた、それは珍しい発火能力。
その理由は普通の人と違う事ができる事の意味、それは何の能力も持たない人達の嫉妬心を呼び起こすから。
もてはやされるうちは良いが、能力を妬まれるようになると周りの人間は胡桃を攻撃対象にしてくるだろう。
その能力を使い逃げる事が出来ても全ての安全が保障されるわけではない、危険は事前に排除出来るに越した事は無いと父は教えてくれた。
だが、それでも自分がなりたいものを目指すのならば、この能力を使わなければならない時が来る。
それが某TV局主催の朝ドラオーディション、そこで自分の声を使いオペラの難しい曲を熱唱して見せた。
最初は歌でデビューと言う話もあったが、それは自分で断った。
そこには危険な未来が見えていたから、それに自分には女優の方が向いていると、そう父に言われたから…
「パパ?」
『ちがいますよ~』
「もしかしてパパの部下?」
『うふふ』
「まあ良いわ」
「ガタン」
そこには誰もいない、だが小さな声だけ少女のような声だけが聞こえた、もしかしたらそんな気がしただけなのかもしれない。
危機は去りどうやら電車は走り出したようだが、ここにいるといらぬ誤解を受けてしまいそうだ。
周りには人がいなかったのが幸いした、男を椅子に寝かせ頭の下に彼のデイバックを置いてやる。
こうすれば眠っているように見えるだろう、そして胡桃は席を立ち別の車両へと移動した。
【宗助様~どうやら強盗犯でした~】
【有難う、引き続き頼んだよ】
【お任せくださ~い】
胡桃は父の護衛が付いている物だと勘違いしたようだが、まさか彼女に降りかかる不幸がこういう事だとは彼女の父以外には分からなかったのではないだろうか。




