第8話:遠い平穏
「で、この状況の説明はもらえるんじゃろうな?」
わしはローエンに向けて尋ねた。
「ええ、もちろんです。でも、その前に皆さんの治療が先です。バッカス、お願いできますか?」
「もちろんだ。」
そう言ってバッカスはエルフの霊薬を取り出して渡してきた。
飲むことでわしとキーラは全快した。
もちろんローエンもなのだが、残念ながら切断された腕は戻らない。
「ローエンよ・・・」
「そんな顔をしないでください。想定外ですが、むしろこの程度で済んでよかったです。
さて、どこから話しましょうか・・・ダイム=ジャクソンにあたりを付けた経緯は先ほど謁見の間で話した通りです。彼を糾弾したとき、拘束を解かれることは想定していました。何せ世界最強ですからね。こちらの予想を超えてくると思ったのです。しかし、全知の指輪を持っていることは予想外でした。なので、予定よりも苦戦を強いられました。
アイシャとバッカスは元々封印する予定で呼んでいたのですが、彼らが察して死角から攻撃してくれて助かりました。ここは打ち合わせなしだったんですよ。」
「本当にぎりぎりだったな。まあ不意打ちするのに死角から攻撃するのは当たり前だわな。」
「父さんとも打ち合わせなしだったが、同じ意図でよかったよ。」
ローエンからの説明を聞いて、何とかうまくいった現状にほっとする。
バッカスが失敗していたら、おそらく全員殺されていただろう。
それどころか、人間そのものの存亡の危機だったはずだ。
(本当に・・・ぎりぎりだったんじゃな。)
「これからどうするんじゃローエン?」
「まずは街の復興ですね。時間はかかりますが・・・建物は元に戻りますから。」
そう言ってローエンは微笑んだ。
「それは大事なことじゃがそういう意味ではない。おぬし自身の話じゃ。」
「ああ、そういう意味ですか。」
ローエンは魔族ラーシェンが化けていた。
この事実はこの後、否応なしに皆が知ることになるだろう。
ここにいる誰かが話すとは思わないが、どこから漏れるかなんて誰にも分らない。
「友人として他言無用で頼みたい。この場にいる皆に対して。」
「!?」
そう言ってゴア王が頭を下げる。
「無理ですよゴア王。事実が出てしまった以上、必ずどこかから広まります。それに、共に戦ってくれた皆を秘密で縛りたくありません。・・・私も嘘をつくのに疲れてきてましたから。」
そう言ってほほ笑むローエンの表情はとても穏やかだった。
「では、どうするのだ?」
「そうですね・・・まずは説明しましょうか。真実を説明し、受け入れてもらうほかないかと思います。どうとらえられるかわかりませんが、だめだったら・・・私はどこか遠くへ去ることにします。申し訳ないですが、死は受け入れませんよ。」
「そんなことする奴がいたら、私が止めてやるよ。」
「キーラ、あなたが味方なら心強いですね。」
ローエンを見ていると、彼が遅かれ早かれこうなることを想定していたよいうに見える。
いつの日かは自分が魔族だとばれてしまう日が来る、その時にどうするのか随分と昔から決めていたようだった。
「それにしても、ジョシュアさんもキーラさんも、ずいぶんと自然に接しますね。私はその方がよっぽど驚きですよ。」
「なんじゃそんなことか。確かにお前さんが魔族だったのはびっくりじゃが、わしらの敵にいなろうっていうのじゃないんじゃろ?ローエン=マクスウェルとして生きた日々が嘘じゃないなら、別に何も言うことはないわい。」
「同感だな。姿は変わっても、私から見たらあんたはローエン=マクスウェルだよ。」
わしとキーラの返事にローエンはしばらくぽかんとしていた。
しかし、すぐに笑顔に変わる。
「私は・・・随分と恵まれていますね。」
見た目こそ魔族になっているが、その笑顔は見慣れたローエン=マクスウェルのものだった。
皆が戦いの余韻をかみしめていたが、それが破られるのは突然だった。
ブシャっという音とともに鮮血が舞う。
誰もその瞬間まで一切気づかなかった。
いや気づけなかった。
音と気配がした瞬間、目に入ってきたのは体を貫かれたバッカスの姿だった。
バッカスの背後から、空間に裂け目が出来て腕が伸びている。
腕から長く伸びた爪が、バッカスの胴体を貫いていた。
「・・・父さん!」
アイシャの叫びが響き渡った。
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???Side
次元の狭間にて。
ここには一人の、いや一匹の神がいた。
人々が異能の神と呼ぶその怪物は、白い触手のような手を無数に持ち、すべてを飲み込むような大きな口を持っている。
その触手にとらえられたものは動くことが出来ず、解放されるまで永久に縛り付けられる。
捉えたものを殺すことはないが、魔力を吸収していく。
抜けられない拘束が故に、死なない程度に吸い続けるのだ。
故に次元の狭間は封印の場所として利用される。
今回の獲物はダイム=ジャクソンという一人の剣士だった。
いつものように神はその者を捉えていた。
今までのように少しずつ魔力を絞っていくためだ。
しかし、今回の相手は違った。
ダイム=ジャクソンにはバロムという魔族と全知の指輪というアーティファクトが一緒だった。
ダイムとバロムはお互いの血が混ざりあい、魔力も肉体も複雑に絡み合った結果同化して一つになっていた。
全知の指輪は装着者の精神に話しかけることが出来、視覚にも影響を及ぼすことが出来る。
これは装着者の魔力に全知の指輪が干渉している故だった。
そして、この者は自身を世界最強だと思っていた。
弱点などないと。
故に諦めなかった。
全知の指輪によって異能の神の弱点が見透かされる。
単純な強さで勝ること、神の拘束を破るだけのパワーが必要であること。
それがわかるが故に、この者は全魔力を爆発させた。
ダイム、バロム、全知の指輪、この三者の魔力は複雑に絡み合いすぎたことで、爆発を気に一つの生物へと昇華された。
激しい爆発の中から一人立ち上がる者がいる。
全身が真っ白な皮膚に覆われている。
体はもはや人の形を保っておらず、上半身が大きく膨れ上がっている。
顔からは3本の立派な角が生えており、牙も見える。
尻尾は長く、先端は鋭い刃になっていた。
全知の指輪がついていた右手は手の甲を金属が覆っている。
その色は鈍く輝いていて、どこか指輪を彷彿とさせている。
両手の指からは鋭く長い爪が伸びていた。
異能の神は自らの拘束を解いた生物に最大の警戒を示す。
凄まじい咆哮と共に、更に触手を伸ばしていく。
対するダイムだった生物もこれに応戦する。
次元の狭間で2匹の怪物が激突したのだ。
最初に一つ謝ります。
バッカスの話方が今まで2種類存在していました。
申し訳ないです。
この第8話が投稿されている段階で、話方統一しました。
丁寧な方を消して、少し荒々しい感じの方を残しました。
変更したのは第3章 第13話:バルト平原の戦いと第5章 第7話:弱点の2か所です。
それ以外にもしあったらすみません。
中身の話をします。
まあ破り方は別として、予想通りの展開であるかと思います。
予定調和大好きということで、その通りに勧められているかなと思います。
平穏はこの戦いの平穏という意味もありますし、もちろんローエンにとっての平穏という意味もあります。
タイトルってこういうかけた感じにしたいんですよね。
上手くいくと気持ちがいいです。
周りが見てうまくいってるかどうかはわかりませんが・・・
全てが終わった後の魔族の扱いはある程度決めています。
レイアやダビドもそれに従ってもらうつもりです。
みんながみんな心から受け入れてっていうのはまあ難しいかなとは思っています。
ダイムについては、これをやらせるために血を混ぜるという行為をさせてきましたので、ようやくです。
全知の指輪も脳内に話しかけさせるという点はここにつなげたいという気持ちからです。
なかなか自分がイメージしている見た目を表現するのが難しいですね・・・
少しでも伝わっていればいいなと思います。
今回も読んでくださった方々ありがとうございました。




