9話:天才魔術師、全裸の旧友と会う
「お前が落としたのはこの斧か、こらー!」
腕力だけじゃ持ち上げられない斧だ。魔法に対する耐性も付与されているらしく、魔法で操っても重い!
こんなの持ち歩く馬鹿の顔を拝もうとして、俺は動きを止めた。
全裸だ。
全裸で今しも泉に飛び込もうと前屈みになってる筋肉ダルマと、目が合った。
「あーーーー!?」
「あーーーー!!」
お互いの顔を確認して、俺たちは指を突きつけあった。
「あーー!? (お前、ダルフ!?)」
「あーー!! (お前、クヴェル!!)」
国外追放前に縁のあった戦士のあられもない姿にドン引きする。
「あーーーー!? (なんで全裸なんだよ!?)」
「あーーーー!! (俺の斧じゃないか!!)」
ダルフは飛びかかる勢いで水の上を走ると、全裸で迫って来た。
こいつに魔法の才能はない。つまり、純粋な身体能力だけで水面走りやがった!
「あーー!? (だからなんで全裸!?)」
「あーー!! (逃げるんじゃねぇ!!)」
全裸で俺を掴もうと猛追してくるダルフ。
俺は必死になって泉の周りを逃げ回る。
「あーーーー!? (自分の恰好見直せよ!?)」
「あーーーー!! (お前捜してたんだよ!!)」
そんな不毛な追いかけっこをして、俺たちはほぼ同時に体力が尽きた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………。ともかく、パンツ履け」
「おう」
体力なくなってちょっと冷静になった俺たちは、ようやくまともに会話ができた。
人間、予想外の場所で予想外の相手に会って、予想外の行動されるとテンパるよな。
「あー、なんだ、その。久しぶりだな、クヴェル。元気に…………はしてなさそうな顔色だな。元から顔色悪かったが、頬もこけてんじゃねぇか」
「いや、これはここ一カ月のことで…………っていうか、本当に履くのパンツだけかよ。待ってやるから服も着ろ」
何故か真剣な表情になったダルフは、俺が見守る中脱ぎ散らかした服を着て斧を背に負った。
うん、今のさっきじゃ恰好がつかねぇな。
「クヴェル、ここ一カ月と言ったな? では、やはり故郷での騒乱はお前の復讐か」
「は? …………いや、待て。詳しく話せ。向こうで何があった? 教えてくれ」
さっきの衝撃を振り払って真面目に返す。
俺自身に心当たりはない。が、復讐を掲げた俺の関係者になら、心当たりがあった。
「…………国のことを、何処まで知ってる?」
「何も。追放されてから、ずっとこの泉の中にいた。魔女狩りが広まってるのは知ってるが、あの国の話なんて聞こえる状況じゃない」
「マジか…………。あー、簡単に言うとだな、お前を追放したあの王子様、王になってんだ。ただ、はめた令嬢はすでに処刑されている」
「は?」
「お前なら気づいてただろうが、あの令嬢、魅了の魔法使う魔女だったわけだ。で、王子以外も手玉に取ったが、被害者が多すぎた上に魔法が解けた王子が怒って、毒を賜った」
「ふーん。…………あぁ、魔女狩りがあの国で頻発してるのは聞いてたけど、つまり国王になったあの馬鹿王子の八つ当たりなわけか」
ダルフも否定しないから、推測は当たってるようだ。まさかそんなことになってるとは。
「で、俺はお前がはめられた時国外にいたのは覚えてるよな?」
「あぁ、隣国との共同で魔物の一斉駆除やってたんだったか」
「そう。それで帰国した俺は事の顛末説明されて、お前を捜す命令を先代の陛下から命じられた。この斧は下命と同時に貸し出された」
「それ! 国宝のあれか!」
「おーい、先代様がお前捜してたことには何もなしかよ? 俺、このなん年も各地を捜し回ったんだぞ? ほら、これ。お前への処分を取り消す命令書」
俺は巻紙を受け取り、中身を確認する。確かに、俺の国外追放を取り消す旨が書かれていた。二枚重なった命令書のもう一枚は、国営の魔法学院への出向命令だ。
王宮に戻るのは居心地悪いだろうからっていう配慮っぽいけど、署名は先代国王の名前。あの馬鹿王子が国王やってるなら、もう価値はない。
「…………結局は、あの王子を廃嫡しなかったんだろ?」
「お前、切れやすいわりにそういうとこ冷静だよな。あんまり変わってないようだ。だからこそ、復讐なんて考えないほど見限ってると思ってたんだが」
探るように俺を見るダルフも、筋肉ダルマの割に頭を使う部類だ。
ここで腹を探り合って言葉を選ぶ時間が惜しい。
「誰が、あの国に復讐してる?」
「どうやら心当たりがあるようだな。…………一月前だ。一月前に魔女を処刑した村が次々に壊滅させられた。やったのは二人の若い魔法使い。今もまだ王都に向かって魔女狩りしてる村や町を襲って進撃中」
じわっと嫌な汗が浮かぶ。
「その若い魔法使いたちは、魔女狩りで親を殺されたと言ってるらしい。そして、師を不当に貶めた国への復讐を掲げてる。名前はヘンゼルとグレーテル。クヴェル=ヴァッサーラントの弟子を名乗っているそうだ」
「…………あの馬鹿!」
「はぁ、本当に弟子かよ? どんな教育したら、成人したかどうかの子供二人が軍相手に進撃できるようになるんだ」
「あいつらは、水の精とのハーフだ。そこらの魔法使いよりよっぽど魔法に関する素養が高い。…………親は、お前も知ってる水の精と馬鹿なイケメンだよ」
「あん? まさか、お前が名付けた水の精と、暴走する度爆破してた…………? くそ! あいつら、死んでたのか」
ダルフは水の精だったナイアへの求婚を手伝う時、一緒に行動していた。
あの夫婦が殺されるような悪人ではないことを知っている。
顔を覆う俺に、ダルフは重い声で聞いて来た。
「お前、どうするつもりだ、クヴェル?」
「どうって…………?」
「いいのかよ、このままで。復讐させるつもりで弟子にしたんじゃないんだろ? あの国滅ぼすようなことになったら、弟子二人は他の国にとっても放置できない脅威になる」
そうだ。
国が相手の復讐なんて、殺されるまで終わらない。
あんな奴らのために命無駄にするのが嫌で、俺は復讐を諦めた。
「お前の弟子、死ぬぞ?」
ダルフは容赦なく突きつける。
考えないようにしてたのに。ヘンゼルとグレーテルが無事に帰って来る可能性なんてほとんどないことを。
「おい、お前は師匠なんだろ。なんで一月も放置してんだ。弟子だっていうならガツンと叱って止めろ! でなきゃ、あいつらは自滅するだけだぞ!」
乱暴に肩を掴まれて、筋肉ダルマの力任せな勢いで振られる。
余りに乱暴な扱いに、俺は堪らず怒鳴り返した。
「復讐するために俺から魔法を習ったって言われたんだ! そんなの、どうやって止めろっていうんだよ!」
ずっと頭の中を回り続けていた思いを口にした途端、目の端から転がり落ちるものがあった。
ポタポタと顎を伝って落ちる涙を隠すように、俺はまた顔を覆う。
途端に、今度は痛いほどの力で頭を揺すられる。いや、撫でられてんのか、これ?
「ばーか。そのまま、そんなことに使うために教えたわけじゃねーって叱れよ。こんな所で泣くくらい情が移っちまってんなら、殴ってでも止めろ」
「なんでお前は、最終的に殴る蹴るで物事が解決すると思ってんだ?」
「最終的には話し合いだろ。殴る蹴るは話聞かせるための前段階だよ」
やだ、この野蛮人。
そう言えば言い争いになると、こいつ『俺の話を聞け!』ってげんこつ落としてくる奴だった。
俺はダルフに促されるまま、ヘンゼルとグレーテルが出て行った時の様子や、その後に見つけた手紙の内容を話して聞かせる。
その頃にはもう涙も鼻水も尽きて、妙に頭の中がすっきりしていた。
「なんだよ。結局その弟子たちも、お前に止められたら思い留まりそうだったんだろ? だったら、さっさと迎えに行け」
「…………また拒否されたら…………」
「だから、話聞かせるためにはこれだろ」
岩のような拳を突きつけるダルフに、俺の気持ちがわからないことだけはわかった。
「その魔法で足止めされて逃げられたのだって、お前本気じゃなかったんだろ。ゴブリンの異常増殖の時には、巣穴ごと山吹っ飛ばすくらいしてたくせに」
「余波でヘンゼルとグレーテルが吹っ飛んだらどうするんだよ」
「いや、だからな。こんな所でうだうだしてねぇで、一発吹っ飛ばして、お前らには復讐なんてまだ早いわ、この青二才! くらい言ってやれよ」
本当にやだ、この野蛮人。
簡単に言ってくれやがって。
睨んだら、すごく馬鹿にされたような顔で見返された。
「このまま放っておけば自滅だってわかってんだろ? 死んでほしくないんだろ? 復讐なんて望んでないんだろ? 静かに暮らすの悪くないんだろ? だったら、弟子たち迎えに行って、望む生活を取り戻せよ」
「俺が、取り戻して、いいのか?」
「いいんじゃねぇの? 死ぬ前に、四年育てた恩を返せとでも言えば?」
おい、なんか俺の相手面倒臭くなってないか、お前?
「というか、すでにやらかしてる弟子たちを、生きて匿えるのなんてお前だけだろ。お前が手を貸さなきゃ、その弟子たちは死ぬ。それは確定だ。だったらもう、選ぶとか迷うとかそういう次元の話じゃないだろ」
黙ってる俺に、ダルフは大きく息を吐き出した。
「はぁー。死ぬって言う度にそんな顔するくらいなら、さっさと助けてその後悩めよ」
「どんな顔、してるんだ?」
「死なせて堪るかって顔」
「…………そうか」
あぁ、そうだ。死なせて堪るか。
そんなことのために育てたわけでも、魔法を教えたわけでもない。
ましてや、あんな碌でもない国のために命捧げる真似、させて堪るか。
「…………腹は決まったみたいだな」
「ダルフ、頼みがある」
「おっと、その先は言うなよ。言われなくても、手を貸してやる。あの国離れるいい口実になってくれた礼だ」
「お前…………国宝…………」
「おいおい、あんな国のことなんて気にするなって!」
うわ、こいつ国宝借りパクするつもりだ! いい笑顔しやがって!
…………俺も、これくらい我儘になってもいいかな?
ヘンゼルとグレーテルの捨てられなかった望みを邪魔するようなこと、してもいいかな? 復讐を止めて、連れ帰っても、いいかな?
目を閉じて、二人がどんな反応を返してくるかを考える。
怒るか、泣くか、困るか、悲しむか。いや、なんでもいい。
どんな反応をされてもいい。あいつらと、生きてまた会えるなら。こんな別れじゃ、納得できないんだ。
手に入らないものは早々に諦めるなんて、今の俺にはできない。
ずっと留まってたのだって、この家が惜しいわけじゃない。
二人が帰って来る家が惜しいんだ。
死んで二度と会えないなら、終の棲家と決めたここを捨てることに未練はない。
「ダルフ、俺はたぶん変わった」
「あぁ、そうかもな」
殴ってでも止める。
俺を師と呼ぶなら、ヘンゼルとグレーテルは俺が守る。
そして話し合いだ。
コミュニケーション能力の低い俺だけど、いくらでも聞いてやるから、どうか、二人だけで行かないでくれ。
俺も一緒に、そう、一緒に生きたいんだ。
俺はヘンゼルとグレーテルが逃げて行った方角を見据えて、ようやく馬鹿な弟子を迎えに行く腹が決まった。
きっとあの二人が馬鹿なのは師匠譲りなんだろう。
読んでいただきありがとうございました。