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6話:泉の精、昔話をする

 グレーテルが昨日から仕込んでいた手料理を食べつつ、緊張気味にヘンゼルは酒を飲んだ。


「苦い…………」

「匂いや喉越しはどうだ?」

「悪くない」


 顔色が変わる様子もなく、そのまま匂いや喉越しを吟味しながら飲み干していく。

 ヘンゼル酒は強いほうか?

 俺、弱いほうなんだよな。

 こういうのは魔法じゃどうにもならない体質だしな。

 とか思いつつ、俺はこっそり自分に回復の魔法をかける。

 これも杯を重ねれば意味をなさなくなるんだが、一杯で舌が回らなくなるなんて格好悪いことはしたくない。


「なぁ、これで俺、成人なんだよな?」

「うん? あぁ、そうだな。世間じゃ大人の仲間入りだ」


 猪の煮込みに舌鼓を打っていると、ヘンゼルがからの杯を睨んでいた。


「だったら、俺も、一人で泉の外に出ていいだろ」

「駄目だ」

「なんで!?」

「食事中に大声出すな」


 即答した俺にヘンゼルが噛みつこうとした。

 こうしたやり取りは、こいつらが来て一年くらいしてから何度も繰り返してる。

 ヘンゼルは新しい魔法を覚える度に、外へ出せと言っていた。

 まぁ、俺が閉じ込めてるんだからしょうがない。


「あ、一つ確認だ。成人したから出たいっていうのは、独立するからか?」

「え…………?」


 ヘンゼルは予想外なことを聞かれたみたいに驚いてる。どうやら違うらしい。


「お兄ちゃん、出て行くの?」

「いや、俺は…………」

「大人なら、妹の身の振り方くらい考えておけ」


 結婚先とか考えるのは家長の務めだしな。

 グレーテルは芯のしっかりしたところもあるから、自分で選びそうだけど、そこはやっぱり男として相応しいかは吟味してやらないと。

 …………まぁ、聞きかじった受け売りだけど。

 俺、女兄弟と縁薄いし、娘もいないしな。


「身の振り方…………。泉の精さま、私たちはいつまでここにいていいですか?」


 グレーテルが俺の杯に酒を足しつつ聞いて来た。

 青い瞳は思いつめたような色をしている。


 食い扶持稼いだこともない子供なんだ、戸惑うのも無理はない。

 けど、隠棲してる俺が面倒みるのは区切りをつけたほうがいいだろうな。

 でなきゃ、こいつら俺と一緒にヒキコモリ生活まっしぐらだ。

 俺はそれでいいけど、こいつらは世界を見るべきだ。辛い思い出だけが全てじゃないと、知る機会を与えるべきだ。


「図体でかくなって邪魔にはなってきたな。グレーテルが成人するまでは置いておくかもしれない。もしくは、結界壊せたら、いつでも出て行け」


 思わず、余計な悪態を吐いてしまった。

 いや、俺もさすがに情くらい湧いてんだよ。けど、いつまでも一人で生きていけないようじゃ、無理矢理泉の中で育てた分こいつらに悪い。


 後三年。

 それくらいになれば、魔女狩りも終息を見るだろう。

 去年、切れた在野の魔法使いが大きく反抗に出た。それに触発されて、局地的に魔法使いが暴れてる場所がある。今外に出れば争いに巻き込まれるだろう。

 ただ相手は国だ。沈静化されるのは時間の問題。それでも国も、鎮圧に疲れて魔女狩りの手を緩めてくれればいい。

 そうなれば、二人は人並みに暮らせるはずだ。


「…………魔法を教えたのは失敗だったな」

「「え?」」


 酒を飲みながら、思わず思考が口から零れた。

 やばい、思ったより強い酒だった。いい酒だって勧められて買ってみたが、顔が熱い。


「今のは、忘れろ…………。ちょっと口が滑った」

「もしかして、泉の精さま、お酒弱い?」

「べ、別に、弱いってほどじゃ」

「ふーん、だったらこれくらい一気に行けるな?」


 何やら悪い顔をしたヘンゼルが、杯を満たして迫る。


「おい、少しずつじゃなくて、一気に行けよ。大人だろ?」

「この…………! ちょっと強いからって」

「はい、泉の精さまが買ってきてくださったお酒、新しいの開けますね」

「ちょ、グレーテル!?」


 待て、グレーテル! 酒ほとんど俺が飲まされてないか!?


 ヘンゼルに煽られ、グレーテルに押されて、俺は魔法じゃ誤魔化し効かない酒量を重ねた。


「なんであんたそうなんだよ? 言葉足りないかと思ったら、無駄にグチグチ絡んでくる時もあるしさ」


 それなりに呑んでるはずのヘンゼルは、ちょっと血色いいくらいしか変化がない。


「泉の精さま、私たちが魔法使いになると、何か不都合があるんですか?」


 一滴も飲んでないグレーテルは、俺の手から酒を取り上げて、囁くように聞いて来た。

 頭ぽやっとする。

 え? なんて言った? 魔法使いになると、不都合なこと?


「魔法の才能あっても、人間相手にするのは、変わりねぇ。碌でもない奴らは、どんな無実も有罪にする、能力を、持ってるから、な」

「…………それ、あんたの実体験?」

「うーん? あぁ、王宮で王子の恋人の、令嬢に手、出したって、冤罪…………。魔法で、誘惑したとか、脅した、とか。…………職、失くして、国外追放で」

「そんな…………。誰も、泉の精さまを助ける人はいなかったのですか? ご家族は?」

「俺、養子で、転々としてたから。家族、いないし。あー、俺がやったって、偽証する奴らは、いたな。同僚で、友達になれたと、思ったけど」


 今考えると、あいつらは俺の地位欲しかったんだろうな。

 平民で王宮に上がるのでさえ驚かれるくらいの出世なのに、王宮魔術師筆頭になっちまって。自分の才能に見合う地位だとか調子乗ってたとこもあるけどさ。

 妬まれてたんだろうな。

 近づいたのも、足元掬うためか。あいつらよりも親しい奴いなかったから、他は傍観に回ってたしな。


「なんだよそれ…………。そんなことする奴じゃないって、偉い奴らはそんなこともわかんないのかよ」

「わかっても、俺程度、いらないんだろ。平民出身天才魔術師と、騙されやすくて馬鹿で話を聞かない王子じゃ、王子さまの、が、大事なんだ。そんなもんさ」

「泉の精さまの力なら、その国に、復讐できるんじゃないんですか?」

「復讐? しないって。王子に、手出したら国、相手にすること、なる。国、滅ぼす、なんて、面倒。他人、巻き込むのも…………」


 舌回らなくなってきた。てか、喋るのも、億劫。

 なのにヘンゼルとグレーテルは、こんな面白くもない昔話を聞きたがった。

 国の名前だとか、同僚の名前だとか。

 あー、ナイアと名付けた水の精の話もした気がする。


「泉の精さま…………」


 ダイニングテーブルに突っ伏す俺を、グレーテルが横から覆いかぶさるようにして抱き締めて来た。

 なんか、初めて会った時を思い出すな。


「お前ら、落ちてきた時も、こんな、温かかった…………」

「あんたが冷たすぎんだよ。今でも死人みたいに冷たい手、してる時あるし」


 ヘンゼルは文句っぽく言いながら、ダイニングテーブルの上に伸ばした俺の手を温めるように擦る。

 こっちは酒が入ってるせいか熱いくらいだ。

 俺も酒で体温上がってるはずだから、ヘンゼルの体温がいつもより高くて俺の手が冷たく感じるんだろう。


「だいたい、あんたは言ってることが矛盾してんだよ。なんだよ、最初は勝手に落ちて来たとか言っておいて。俺が解かなきゃ結界の中に入れないから心配するなとか」


 ヘンゼルが早口になんか言ってる。

 グレーテルに覆い被されてる上に、酒で耳元の心臓の音がうるさくて、何言ってるか聞き取れない。

 突っ伏したダイニングテーブルと腕の間から、部屋の中が見えた。


 コトコトと、自動機織り機が動いてる。

 グレーテルが使うから、糸錘と一緒にこっちに出したんだ。

 作りかけの服や、紡ぐ前の綿もある。

 読み書き練習のために机も増えたし、魔法を勉強するための本も買った。


「物、増えたな…………」

「泉の精さまは、物が少ないほうがお好きですか?」

「いや、どうせ失くすなら、少なくていいと、思った、だけだから」

「そういうとこなんだよ、お前」


 ヘンゼルが痛いくらいに俺の手を握る。

 最近、こいつ何処が怒りの沸点かわからんなぁ。


「俺たち追い出す気があるなら、なんで服手作りしたり、俺たち用の日用品増やしたり。そのくせ…………、結界壊せたらいつでも出て行け、とか…………」

「三年は、長いと思うのです、泉の精さま」


 ヘンゼルの声は良く聞こえなかったけど、グレーテルの囁きは聞こえた。

 確かに三年って短いようで、しっかり時間で変化が訪れるくらいには長いよな。


「十五まで、待てないなら、出てって、いいぞ」


 グレーテルは困ったように笑ったようだ。


「そこも最初に言ってたことと矛盾してるだろ。泉から出してやらねぇとか言ってたくせに。結局は、俺たちが行き場のない子供だったから、精霊のふりしてまで…………」

「泉の精さまは、私たちと暮らすの、嫌ですか?」

「いや、だ」


 グレーテルが突然身を起こしたせいで、今まで触れられていた場所に寒さを感じる。


「諦めてたこと、思い出す…………」

「何を、諦めたんですか、泉の精さま」

「あいつら、見返す、こと」

「諦めなくていいだろ。天才魔術師なら」


 諦めたほうがいいんだよ。まだまだ子供だなぁ。

 俺が国外追放しやがった国で暴れたとして、きっと軍が動く。そしたら、関係ない誰かの父親や息子が徴兵されて俺の目の前に並ばされるんだ。

 そんなの、違うだろ。

 馬鹿王子とか、俺に冤罪着せた令嬢とか、個人襲っても結局は落とし前つけに国が動くし。犠牲者は出るし。


「俺一人、我慢すれば…………」

「「馬鹿」」


 あれ? なんか今、グレーテルにまで罵倒された?

 いやいや、あんな素直な子がヘンゼルのようなこと言うわけないな。酒のせいで幻聴でも聞いたかな。


 翌日、俺は自分のベッドに寝ていた。

 途中から全く記憶ないけど、もしかしてあいつらの前で酔い潰れた!?

 お、大人としての沽券が!


 俺は一人、ベッドの上で頭を抱えたのだった。


毎日更新、全九話予定

次回:師匠、慌てて帰る

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