4話:泉の精、泉を爆発させられる
自殺志願の兄妹を拾って、三カ月が経った。
泉が、魔法の暴発で水量を減らした。
「おーまーえーはー! 基礎さえまともにできない奴が、なんてことしてくれたんだ!」
俺は黒く焦げた家の外壁を叩いてヘンゼルを叱りつけた。
「本当に馬鹿か!? 物覚えがいいだけの馬鹿なのか?」
「うるさい! 泉の精だって、魔法は使って初めて自分のものになるって言ってただろ!」
「使う前段階すっ飛ばすから、馬鹿だって言ってるんだ! お前は水の属性に偏ってるから炎の属性は扱えないと言っただろう!」
「制御には失敗したけど、こうして魔法は発動してる! 扱えないなんて適当なことを言うな!」
「制御できない魔法なんて、扱えないのと一緒だ! いいか、使えないんじゃない。扱えないって俺は言ったの!」
俺は壁の焦げを白く戻しながら、ヘンゼルに説教を続けた。
なのに、ヘンゼルは俺が魔法を使う手を凝視して真面目に説教を聞かない。
「なんでこんな恰好つけの、中身子供みたいな奴に、こんな簡単に使えて…………」
「おうこら、正真正銘のお子様がなんだと?」
「ふん!」
「そっぽを向くな! 説教はきちんと聞け! 今回は怪我がなかったから良かったがな、安全策も講じないままに攻撃力の強い魔法を試すんじゃない!」
いや、男の子がそう言うのに憧れるのはわかるよ?
誰かに見られて努力するより、努力する姿隠してどーんとお披露目したいのもわかるよ?
けどな、下手したらお前がドーンと爆発するからな?
この天才魔術師も、魔法で怪我は治せても、命まではどうしようもないから!
取れたてピチピチの腕なら一本くらい繋げられるけど、命とかはもう人間の領分離れてるから!
「ヘンゼル、当分薪割りと書き取り以外禁止。お前の魔法は俺が許すまで封印する」
「は!? そんな横暴!」
「横暴じゃない! 教育的指導!」
俺は突きつけた指を弾いて封印をかけた。
すぐさま魔法を使おうとするヘンゼル。
もちろん、発動するわけがない。俺の魔法が干渉して魔法が形にならないようにしてるからな。
「嘘だろ!? どうやるんだよ、この魔法?」
わー、キラキラした目で見上げられたー。
「お前…………。その知的好奇心は魔法使い向きなのになぁ。焦ってもいいことないぞ」
「…………焦ってなんて」
「お説教終わりましたか?」
またヘンゼルがそっぽを向いたところで、グレーテルが窓から顔を出した。
片手には木製のお玉を持っている。
「お昼、できましたよ」
「グレーテルは着実なのになぁ」
「うるさい!」
はーん、妹への見栄か。恰好つけはどっちだよ。
兄貴っていうのは大変だな。
俺は魔法の才能を見出されて早々に養子に出されたから、兄弟という存在に実感がない。聞いた話じゃ、上にも下にもいたはずだけど。
家の中に入って、当たり前のようにグレーテルが欲しがる皿やコップを用意するヘンゼル。その行動に迷いはなく、グレーテルもやってもらうことを当たり前に受け入れている。
目に見えない信頼が、確かに感じられるやり取りだ。
心中しようとしたくらい絆が固いことを思えば、ヘンゼルとグレーテルは特別に仲がいい可能性もある、か?
「今日は、お魚をスープにしてみました。お兄ちゃんは足りないだろうから、お肉も焼いたの。泉の精さまはチーズ取りましょうか?」
「いや、大丈夫だ。このスープが美味いから、おかわりをしたい」
「…………美味しい? 美味しいですか!?」
「うわ!」
いきなりグレーテルがテーブルの向かいから身を乗り出してきた。
こっちはこっちで、相変わらず感情の上下の兆候がわからん!
「なんだ? 今日のは失敗でもしたのか?」
「いいえ! 自分でもびっくりするくらい、魚の臭みを消せたと思います!」
「そうか…………」
確かに、魚には一度火が通されているらしい焦げ目があり、香草も多めだ。
最初は肉でも魚でも、火を使わせると信じられないくらいに焦がしていたというのに。
掃除洗濯も、穴の開いた桶を上手く使い効率よくこなせるようになってる。
グレーテルのほうは炎の魔法が使えないたちだが、その分水を操ることに関しては、ヘンゼルよりずっと繊細だった。
「最初の頃は酷かったな。こげを削ぎ落して、ぼろぼろの肉を摘まむ羽目になった」
「あ、れは…………、初めて、で」
「いや、スープも鍋を焦がして穴を開けただろう。初めての時だけの失敗じゃない。世の中には致命的に料理へのセンスを持ち合わせない者もいる。グレーテルはその類かと肝を冷やしたものだ」
本当に、こんなことでは嫁の貰い手がないのではないかと、グレーテルの将来に肝が冷えた。
何処か、自炊の必要のないいい家の者を落とすしかないかと、媚薬の作り方をちょっと調べようかと頭をよぎったこともあるくらいだ。
なんて考えて頷いていたら、ヘンゼルが突然ダイニングテーブルを叩いた。
「妹が毎日悩みながら作った飯に文句つけるなら、もう食うな!」
「何を言っている。ここは俺の家で、俺が用意した食材だ。俺以外に食うに値する者がいるわけないだろう」
「だったら!」
「お、お兄ちゃん! いいの、泉の精さまはたぶん、悪気はないから」
「悪気? 俺は何か気分を害すことを言ったか?」
「お、お前なー!」
ヘンゼルが肉の刺さったフォークを振り回して怒る。
隣のグレーテルは抱きつくようにして兄を止めていた。
突然切れるとか、怖いなヘンゼル。
なんだ? 二次性徴始まって情緒不安定か? 十二歳らしいし、反抗期か?
あ、そうだ。
俺は魔法を使って、寝室に置いていた物を取り寄せた。
「ほら、ヘンゼル。ちょうど昨日できたんだ。今度は燃やすな」
「は? 何これ…………服?」
「洗っても繕っても、その服傷みすぎているだろう。新しい物を作ったからそれを着ろ」
「作った? あんたが?」
「泉の精さま、それも魔法ですか? そう言えば、ずっと寝室からコトコトと音がしていましたね」
「あぁ、魔法で動く織り機の音だろう。自分用に作った布があったから、仕立てた。形は元の服と同じようにしたが、不都合なところがあったら直してやるから言え」
俺のローブ、布地面積大きいからな。子供の服作るくらいは布地があった。
地道に布作っておかないと、服が駄目になった時、すぐ新しい物作れないんだよ。
「地味な色」
「うるさい。魔法使いなら精神を落ち着ける色を纏え」
「気分が高揚することで魔法の精度が上がる奴もいるって言ってただろ」
「お前は落ち着くべきだ、ヘンゼル。…………どうした、グレーテル」
「わ、私も! 私も新しい服、作ってくれませんか!?」
また前のめり来たー。
「あ、あぁ。ただ、さすがに女の子にこの色は。糸から紡いで、染色して、布を織って…………。だいぶ時間がかかるぞ?」
「私のために糸紡ぎからしてくださるんですか!」
わー、青い目がキラキラしてるー。こういう表情は兄妹同じだな。
「グレーテルもやってみるか? 糸を紡ぎながら魔力を籠めて、糸錘を動かす。魔法を同時に使うのは集中力を持続させる訓練にもなる」
「だったら、私、泉の精さまの服をお作りしたいです! 私も布は泉の精さまと同じ色で構いませんから!」
すっごいやる気になってる。
あれか? 料理は最初失敗したけど、裁縫でリベンジ的な?
「そうだな、グレーテルの修練にもなる。いっそ替え用の服も作っておくか」
俺が了承すると、グレーテルはそわそわと俺の寝室を見る。
今も魔法の織り機がコトコト音を立てていた。
「泉の、精、あ…………あ…………」
「ヘンゼル、なんだ?」
織り機の音に気を取られて聞き逃した。
向き直ると、ヘンゼルはなんか皺になりそうなほど俺のやった服を握り締めてる。
そんなに色、気に食わないのか?
グレーテルも何やらヘンゼルを応援するように拳を握って見つめていた。
「あ、あり…………が…………」
「しっ、待て」
俺はヘンゼルを止めて外の音に耳を澄ませた。
泉の中にまで聞こえる不穏な足音。武装した人間の集団が、泉に近づいてきている。
「泉の精さま?」
俺が立ち上がると、グレーテルは不安そうな声を上げた。
その間に、泉の水面をノックするように叩く音がする。
気づいた兄妹は互いの手を取り合って身を硬くした。
「二人はそこに居ろ。大丈夫だ。俺が結界を解かない限り、ここへは入ってこれない」
ヘンゼルとグレーテルを残し、俺は家を出て水面を見上げた。
ら、見たことのある犬野郎の顔がある。
「今度はどんな特殊プレイしに来やがった! 他所でやれ、他所で!」
「ひぇーー!」
犬になりたい願望の特殊性壁野郎が、水柱を上げて現れた俺に腰を抜かす。
「違うんですよ、今度は違うんですー! お願いですから呪わないでくださーい!」
両手を胸の前で組んで懇願する犬野郎の後ろには、剣の柄に手をかけた武装集団がいた。
あまり手練れはいないな。田舎の小役人が率いる程度の兵だ。
比較的ましな足運びで、髭を整えた偉そうな兵が寄って来る。が、王宮にいる兵とは雲泥の差だ。
「貴様が村長子息の言う、この泉に巣食う精霊か?」
「俺はお前たちの暮らしに関知しない。好きに呼べ。だが、敵すると言うなら相応の覚悟を持つがいい」
水を波立たせて威嚇すると、髭の兵士は咳払いをする。その足元で、ドクダミを横目に見る犬野郎。お前、村長の息子かよ、この不倫男が。
「ごほん、我々は隣国からの要請で、こちらに逃げ込んだと思しき罪人二名を探している。一月ほど前、子供が二人、この辺りにやっては来なかったか?」
「対価も提示せずに物を聞くとは、答えた後でその心臓を寄越せと請求されても文句は言えないぞ? 話をしたければ、相応の礼儀を弁えた魔法使いでも連れて来い」
俺の脅しに怯んだ髭の兵士は、泉の中に戻る俺を引き留めようか逡巡して、やめた。
結界に戻らず水面近くに潜んでいると、どうやら上からの命令で適当に足を運んだだけらしい。一カ月も前に逃げ込んだ子供など、すでに死んでいるだろう、と。
ついでに、犬野郎が泉の精の機嫌を損ねて、嫌な呪いをかけられたという話をその場で吹聴したため、兵士たちは足元のドクダミを警戒しつつ、足早に去って行った。
今回だけは褒めてやる、犬野郎。
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