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33話:師匠、成長を知る

「「…………誰?」」

「おい!?」


 ゴーレムの上から投げかけられた疑問の声に、俺は全力で突っ込んだ。

 数カ月だぞ!? たった数カ月で俺の顔忘れるか!?


「え、だって…………偉そうなのは口と態度だけでそんな恰好、師匠がするなんて」

「そんな脱ぎ着のしにくい立派な服、面倒臭がりのお師匠さまが自ら袖を通すなんて」


 ぐ、隠居してたからちょっと身なり緩くしてただけなのに!


「お前のこと良くわかってんじゃねぇか、クヴェル」

「黙ってろ、ダルフ」


 余計なこと言ってにやにやするな!


「本当に、師匠なのか…………?」


 なんでそこまで疑ってんだよ、ヘンゼル?

 あんまり疑うもんだから、俺の周りの空気が微妙になってんじゃねぇか。


『貴様、弟子に顔を覚えられておらんとは、どんな育て方を、ぶぎゅ』


 余計なことを言う鼠をマントの下で握り締めて、俺はヘンゼルとグレーテルに信じさせる方法を考えようとした。


「お師匠さまは、復讐も面倒臭がるほどの人だったじゃないですか」

「あのな、グレーテル。お前たちが俺の名前出すからこうなってんだろうが」


 当たり前に指摘すると、ヘンゼルとグレーテルは顔を見合わせて頷いた。


「あの空気読まない偉そうな言い方、師匠だな」

「情緒も何もないぶっきらぼうさはお師匠さまだね」

「俺の判断基準それかよ!?」


 俺、こいつらにまでコミュニケーション能力低いと思われてんのか?

 くそ、年上を敬うって当たり前の常識教えておくべきだった。


「ともかく! お前たちが俺の名前出して復讐するとか言うから、浮き足立つ奴らが俺をここに呼び出したんだよ」

「呼ばれて来るほど素直なわけないだろ、あんた」


 本当に口悪いな、ヘンゼル!

 この一年大人しかったの、実は相当無理してたんじゃないのか、お前!?


「なぁ、クヴェルの弟子よぉ。一応こいつ、当代一の魔法使いなんだわ。口も態度も悪いこんな奴だけど。長く姿くらましてた奴の弟子がいきなり出てきたから、相当な騒ぎになるってもんだぜ? 軍の後ろの多国籍集団、クヴェル見物に来た各国代表だしよ」


 おいダルフ、俺をさりげなくけなすな。

 そしてヘンゼルとグレーテルは不思議そうに顔を見合わせるな!


「そんなお師匠さまの話、ここまで一度も聞いてませんが?」

「そりゃ、今の国王が女に騙された挙句に魔法かけられて骨抜きにされてたのを指摘したら冤罪で追放された魔法使いのことなんて、誰も噂したがらねぇよ」


 これは俺でもわかる。ダルフの発言に周りがドン引きしてる。

 言い方もそうだが、実情知らなかった一兵卒なんか幻滅した様子で王宮を振り返った。


「他の国がこれ幸いとクヴェル引き入れようと捜索したら、悪評流して極悪魔導士扱いするわ、女に騙されてた鬱憤晴らしに魔女狩り推奨するわ、王子の頃の怨み持ち出して大臣更迭するわ、触りたくねぇだろ、あんな国王」


 言いたいことを言ってのけたダルフに、国の兵士たちはぼうっと見てるだけ。

 実戦経験の差にしても、今の今まで全く動けてねぇ。もはや案山子だ。

 訓練不足が顕著だし、将軍から隊長にも至るまでまともに采配もできてないとくる。


 これはちょっと聞いた話だが、俺が養子先を転々としている間に、国を揺るがす脅威となるような敵を倒してしまった弊害らしい。

 つまり、勇者や聖女という圧倒的な個の能力で解決してしまったことから、軍が出動することが何年もなく、結果、軍は内部で腐敗し有名無実化していたそうだ。

 将軍として磨き上げられた鎧を着たエマインも、少数民族の反乱鎮圧くらいしか戦功はない。ちなみにその将軍は、俺の鎧たちに行く手を阻まれて逃げられないでいる。


「そんなのが、国の王を名乗ってるのか?」

「やっぱり、こんな国いらない…………」


 ヘンゼルとグレーテルは悔しげに、王都の向こうに聳える王宮を睨んだ。


「なんでお前があいつらを焚きつけてんだよ?」

「案外、お前の身の上知らない奴らが多かったから、ちょっと情報共有しておこうかと思ってな」


 ダルフは俺が国内の知り合いを回っている間、クライネと一緒に別口で国内を動き回ってもらった。

 その時に、俺について知らない者が多いと感じたらしい。クライネも同じように言ってた気がする。

 だからって今言うか?


「あーもう。おい、ヘンゼル、グレーテル。行動を起こすにも下調べもなくいきなり暴れ出すお前らはまだ未熟者だ。復讐なんて十年早い。そこから降りて来い」

「つまり、師匠は俺たちを止めに来たってことか?」


 ヘンゼルは悔しそうに顔を歪めると、シューランと棘つきの鎧を睨んだ。

 さすがにこいつらが俺の指示で足止めしていたことに気づいたらしい。


「こんな三下倒せないようじゃ、復讐なんてまだ早い」

「ご主人さま!? 三下って私のことですか? 私、屍霊王さまの直属なんですけど!?」


 シューランの叫びに、何故か聖女直属の神官と女騎士のハルトーネが頷きを繰り返す。

 その上お互いに気づいて、硬く手を握り合った。何してるんだ?


「俺が屍霊王退治に同行したのは、今のヘンゼルと同じくらいの時だっただろうが」


 シューランは言い返せずに肩を落とした。

 周りはシューランの正体を知って、摺り足で大きく距離を取る。


「お師匠さま、意地が悪いです。こんな魔法がギリギリ届かないところで止めるなんて」

「いや、届くだろ?」


 悔しそうに言ったグレーテルを否定すると、宮廷魔術師たちが俺を見た。


「未熟者のお前たちでも、さっきの魔法の威力なら撃ち方工夫すれば届くぞ? やってみるか?」


 言って、俺は中央の軍の端に魔法で地面を隆起させ、細く長い傾斜をつけた坂を作る。


「これに沿って魔法放って見ろ」

「…………な、何を言っているのだ貴様!?」

「わかりました!」


 魔術師長が叫ぶと同時に、素直で思い切りのいいグレーテルが元気に返事をした。

 そして片手に水の魔法で円盤を作ると、自らも回転して力いっぱい魔法を投げる。

 俺が作った傾斜に沿って放たれた魔法は、放物線を描くと王都の外壁の上部に落下した。

 瞬間、水が爆ぜて地面に落ち、不穏な水蒸気を上げて触れたものを溶かす。

 どうやらただの水ではなく、触れれば溶ける毒を放ったらしい。


「防がれた…………」


 グレーテルの魔法の大部分は、外壁を越えることなく見えない壁に阻まれて外に落ちる。


「は、ははは! あれこそ我が国最強の魔術防壁よ!」


 魔術師長が偉そうに宣言した途端、魔術防壁は軋みを上げ、耐え切れずに破裂した。


「どうなっている、クヴェル!?」

「どうもこうも、何年前に俺が張った防壁だと思ってるんですか? とっくに劣化してますし、ちょっと調べたところ全く点検もしてなかったでしょう? そりゃ、一回攻撃されれば耐久力失くして自壊しますよ」


 うーん、当時は本気で張った魔術防壁だったんだがな。

 古くて劣化してたとは言え、本当に一撃で壊された。

 泉の結界を二人で割った時より、確実に魔法の威力が増しているのが見てわかる形だ。

 となると、攻撃魔法に固執してたヘンゼルはどうかな?


「よし、次ヘンゼルもやってみるか。グレーテルがあれなら、上手くいけば王宮まで届くぞ」


 妹と比較して言ってやると、疑わしそうな顔してたヘンゼルがやる気になる。

 ので、グレーテルに作った傾斜とは別に、もっと角度をつけた傾斜を、軍を挟んだ反対側に作った。

 足元が揺れる度に、統制のとれない兵たちは慌てふためいて陣形を崩していく。


「舐めやがって…………見てろ!」


 ヘンゼルは炎の魔法を、いや、何かマジックアイテムを仕込んでるな。

 そうか、使えても扱えないから、マジックアイテムを核にして制御を補助してるのか。


「お、焦ったな」


 国王への暴言を吐いておいて、今や傍観に回るダルフが呑気に笑った。

 ヘンゼルが投げた魔法は、俺が作った傾斜よりも角度をつけて飛ぶ。

 落下地点が王宮の手前とわかったのか、ヘンゼルはすぐさま風の魔法を追って放った。


「そんなことしなくても魔術防壁の範囲にはギリギリ入ったんだがな」


 俺の呟きと同時に、王宮上空で爆発が起こる。そしてまた昔張った魔術防壁が光を放って崩れた。

 軋む暇もない辺り、攻撃力だけならグレーテルより上か。


「ふむ、無理に合わない属性を修得する必要もないと思うんだが、やる気が向上に繋がることもあるか」

「何を冷静に弟子の評価を下している!? 王宮の守りまでなくなってしまったぞ!」

「だから、先ほどから言っているように、そこを考えるのは魔術師長どの、あなたでは?」

「な、な…………なぁ!?」


 俺の指摘にようやく状況の不味さを理解したらしい魔術師長が喘ぐ。

 この間抜け面、ちょっとすっきりするな。


「とは言え、出力していた魔術防壁が消失しただけです。今の攻撃で魔術防壁を発生させる魔道具が壊れたわけでも、不具合が起きたわけでもありません。再起動さえできれば、また魔術防壁は復活します」


 俺の説明に、宮廷魔術師たちは慌て出す。

 そりゃそうだろ。各国代表が見ている目の前で、王都の守りが破壊されたんだ。

 この情報が各国に持ち帰られる前に魔術防壁を復活させなければ、侵略の危機に瀕する。


「す、すぐに王宮へ!」

「そうそう、魔術師長どの。私の弟子に一つ、手本を見せてやってください」


 言って、俺は簡易ながら本気の魔術防壁を張った。

 場所は左右を隆起させた傾斜で塞がれた王都方面。

 各国代表と軍の間に、俺は見えない壁を出現させた。


「貴様! 裏切る気か、クヴェル!?」

「何を言ってるんですか? 俺は国王に言ったはずですよ? 働きは、謝罪如何だと。あの元馬鹿王子、俺に謝ってないじゃないですか」

「き、きさ、貴様…………」

「あなたも俺が大人しく言うこと聞く玉じゃないとわかってたでしょ? ツヴェルクがどうなったか、知ってるはずですが?」

「ひぃ…………!」


 俺が王都に戻った時には、すでに失墜していて姿を見なかった元同僚。正気を失って旧悪を嬉々として喋る狂態は、相当魔術師長に恐怖を覚えさせたようだ。


「俺を知る者が言っていたんですが、一度見捨てた国にわざわざ俺が戻るなら、揺るがぬ目的を持ってのことだろうと。そして、因縁は避けられないと。面倒ですよね」


 魔術師長は俺から目を離さずに後ろに下がって行くが、そっちには俺の魔術防壁がある。

 逃げ場はない。ここから脱したとしても、魔術師長如きに俺の作った魔術防壁は再起動できないのだから。

 そして魔術師長という立場では、できませんだなんて言えるわけがない。


「なので、ついでです。ついでに、復讐してもいいかと思ったんですよ」


 俺は、ヘンゼルとグレーテルが立つゴーレムの残骸を背に、国王の目となるマジックアイテムを見据えて告げた。


基本隔日更新、全三十七話予定

次回:師匠、見届ける

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