32話:師匠、対峙する
王都を目視できる近距離に展開した軍の先頭に立ち、俺は配置が終わるのを待っていた。
王都の壁になるように左右に大きく広がる陣形は、情報伝達や作戦行動のしにくさが予想される。
「クヴェル。奴ら、ずいぶん素直にお前の意見入れたな」
元義妹クライネの所に預けっぱなしだったダルフが戦斧を担いで呆れた。
軍に派遣された法政官が、何か言いたげにダルフを見てるが、筋肉ダルマに声をかける勇気はないようだ。
法政官の視線に気づいてて、ダルフの奴無視してやがる。やっぱり国宝返す気ねぇな。
「奴らの考えなんて単純だ。失敗すれば俺のせい。成功すれば自分の手柄。それだけだ」
形だけの軍議をしたが、王都防衛を任された将軍のスライグ=エマインはちょっと懸念を表明しただけだった。
「ヘンゼルとグレーテルの主力であるゴーレムは事前に力は削いである。魔術師長たちが算出した王都への魔法有効射程圏外での展開だから問題なし。こんな言い訳で引っ込んだ」
「じゃ、こうしてお前のすぐ近くに将軍と魔術師長自ら出張ってるのはどうやったんだ?」
「そこは軍議っていう大勢の前で、俺が怖くて離れていたいと言うならどうぞ。俺の後ろにいて手柄主張するなんて恥知らずなことするなよって当たり前のこと言って煽っただけだな」
それで本当に守りの薄い陣形の中央に出張ってくる当たり、よっぽど体面が大事らしい。
「ははぁ、それで退けなくてこの状況か。本当にお前、ぶふっ、き、気弱で、おと、大人しいなんて、思われて、ぐふっ、くく」
『己が上だと思い込んだ人間は、驚くほど視野狭窄に陥るものよ。目の前にいる人物を正しく判別できないくらいにな』
知った風に喋るな鼠。お前が余計なことダルフに教えるから。
「ご主人さま、鎧たちの整列終わりましたぁ」
シューランのほうがちゃんと働いてるじゃねぇか。
俺がシューランの声に振り返ると、黒く禍々しい鎧が百体ほど整然と並んでいる。
屍霊王の城から持ってきた鎧たちは、まずデザインが古くて曰くありげなため、人間の兵士たちから恐々見られていた。
で、明らかに霊障の霧と怨念の黒い靄を出しているせいで、魔術師たちは屍霊術と察して身を引いている。屍霊術で操る魔物は数が多いほど制御が効かない爆弾みたいなもんだというのは常識だからな。
「ダルフ、お前は下がっておくか?」
言って、俺は軍の最後方を指した。そこには各国代表が見届け人として固まっている。
もちろん戦場に自ら出て来てる奴らは、最低限自衛と逃亡ができる実力がある。
「どうせこれが終わったら誰かについて国外に行くんだろ?」
「まぁな。知ってる奴は俺がお前と国の戻ったこと知っててヴァッサーラントの嬢ちゃんの所まで俺に話聞きに来たくらいだし」
「あー、それ報せたのたぶんあいつだ」
俺は国境の森で魔物退治を共にしたハルトーネを指した。
気づいたハルトーネが、騎士姿で礼をする。その後ろでは俺が見ていることに気づいて犬野郎が肩を跳ね上げた。
「そう言えば、なんであの女騎士と一緒にフンボルトがいるんだ?」
「俺も気になって聞いたんだが、どうも夫婦仲を取り持つために、まずはフンボルトの軟弱な精神を鍛え直すって、自分の従者にしたらしい」
まさかそういう手に出るとは予想外だった。と言うか、発想と行動力が独特すぎる。
都のほうにフンボルトを妻と共に呼んで、浮気できない状況で妻を大事にするよう教育しているそうだ。
で、教育されてるはずのフンボルトは、熱のこもった視線でラミアのシューランを見てる。うん、ハルトーネには頑張って犬野郎の下心を去勢してほしいところだ。
「ふーん。ま、せっかくだしここにいるさ。…………関わったからには見届けてやる」
「だったら、遠慮なくお前使うぞ」
「てめぇが遠慮なんてした試しがあったか?」
まぁ、いいか。不測の事態が起こったら、この筋肉ダルマを盾にさせてもらおう。
『のう、あの神官、わしに熱い視線を注いでおらぬか?』
「私にも先ほどまで熱い視線を向けておりましたよ?」
屍霊王とシューランが言って指すのは、聖女と一緒に最後まで屍霊王と戦った神官だ。
そう言えば、シューランの臓物見て嘔吐の連鎖にはまらなかったな、あいつ。
「シューランはともかく、こんな鼠でわかるもんか?」
ダルフが俺の肩にいた屍霊王の長い尻尾を摘まみ上げてぶら下げる。
そんな雑な扱いに、神官は首を傾げた。
「半信半疑だな。ただ、屍霊王は見る奴が間近で見れば、本体の強さもわかる。特にあいつは直接会ってる上に死にかけた経験から、本能的な部分に屍霊王に対する危機感が刻まれたんだろう」
『貴様らもそれくらい恐れてくれても良いのだぞ?』
「いやぁ…………あの時はブチ切れてるクヴェルのほうが顔ヤバかったからな」
『わかるぅ。目が血走っててなぁ』
「顔に限定するな」
俺はダルフから鼠を取り返してマントの中に放り込んだ。
「伝令! 例のゴーレムが進路をこちらに変えました! 一直線に向かってきます!」
早馬でもたらされた報せに、辺りの緊張が高まる。
「お前の弟子、待ち受けられてるってわかって迂回しないのか?」
「あのゴーレムの巨体を一番活かせるのはここだ。邪魔な敵が纏まって待ってるなら、そこに突っ込んで本命狙うだろう」
「本命?」
「国王」
作戦確認に俺に近づいて来ていた将軍のエマインと魔術師長が足を止めた。
「ふん、所詮は子供の浅知恵か。どうやって王宮にいらっしゃる陛下を害すつもりだか」
自信満々の将軍の失笑に、少なからず俺の厄介さを知ってる魔術師長が声をかけてくる。
「クヴェル、陛下に特別な守りを施しておくべきではなかったのか?」
「俺はもう臣下じゃないので、それをすべきはあなたでしょう?」
当たり前のことを返すと、魔術師長は顔を赤くして歯を食い縛る。
相変わらず他人に面倒ごとを押しつけようとする姿勢は変わってないらしい。
まぁ、そのつけは払ってもらうつもりでいるから今は放っておこう。
ちなみに国王は、遠見のできるマジックアイテムを通して戦場の様子を鑑賞してる。
結局あの元馬鹿王子、謝らなかったなぁ。
「お、砂煙が見えて来たな。思ったより早いじゃねぇか」
ダルフは呑気に手を翳して眺めた。
砂煙と共に立ち昇る魔力の様子から、ゴーレムにありったけの魔力を籠めて加速させているようだ。
足が減っている状態であんな動かし方をさせれば、ゴーレムはほどなく壊れるだろう。
「たぶんこのまま勢いで突っ込んで、軍共々王都の外壁を吹き飛ばすつもりだろうな」
「な、なんだと!?」
俺の予測に将軍が焦るが、逆に俺は安心した。
あれだけ魔力を消費してるなら、シューランに襲撃させても離れなかった魔法使いたちは脱落する。抵抗もできないなら、潜ませている刺客兄弟による回収も簡単だろう。
どうやら行き場もない魔法使いたちらしいので、クライネに預ける予定だ。ちょうど霊場を整える人手を欲しがっていた。
「おい、クヴェル! 早くあのゴーレムを壊せ!」
魔術師長が焦って命令してくる。俺、もう部下じゃないんですけど?
止めるのは吝かじゃないが、ヘンゼルとグレーテル以外の魔法使いをゴーレムに釘づけにしたい。
となると、ゴーレムの魔導核を暴走ギリギリの状態で壊すか? 魔力の操作にかかりきりになるし、その間は魔力を吸われ続けて動けないだろう。
「では、ゴーレムを止め…………ふむ」
俺は魔力を感じて上を見る。
つられて周囲も上を見て、突如現れた巨大な影に声も忘れたようだ。
「なんだあれ? 降ってくるぞ?」
ダルフが軍の真上から降って来る丸い物体を眺めて悠長に聞いて来た。
「穴の空いた桶だな。なくなってたのは知ってたけど、まだ持ってたのか。家出した時にやってた魔法で、日用品を巨大化させてる」
「あぁ、ブラシとか鏡とか投げつけて来たってやつか」
「何を呑気に会話しているのだ!? 早くどうにかしろ! でないとこれだけで軍が!」
魔術師長うるさい。そして将軍は逃げるな。早すぎるだろ。
俺は降ってくる桶に片手を翳した。木々もないし、ここなら被害考えずにできるな。
掌から放った頭くらいの火の玉は、桶にぶつかると袋が口を開くように炎で包み込む。
一瞬で燃え上がり、瞬く間に燃やし尽くして、俺たちの上に燃え滓の灰が降って来た。
「嘘ぉ? ご主人さま、今の妙な動きする魔法、なんですかぁ?」
「一回放った魔法に後から命令加えて変形させる魔法術式仕込んでた」
「またお前のとんでもオリジナル魔法かよ、クヴェル?」
「ちょっとコツがいるだけで、理論上はなしじゃないぜ?」
『その理論がまずとんでもでしかないであろう』
なんでもいいだろ。無事だったんだから。次はどんどん近づいてるゴーレムの対処だ。
俺は魔法で馬車いっぱい分くらいの水を生成して投げた。もちろん、変形の魔法術式仕込んだ上で、風の魔法で補助もしてゴーレムに届くようにする。
シュゴッと鈍い音を立てて、水は水と認識できない速さで飛び、ゴーレムに狙いどおりの穴を開けた。水で火花出さずに物を切る魔法の応用だ。
正面からの衝撃で、加速に悲鳴を上げていたゴーレムの足は折れ、不穏な音を立てながら停止する。
ゴーレムからは魔導核の暴走するバチバチという音が聞こえていた。上に乗っていた魔法使いたちがゴーレムから飛び降りて距離を取るため逃げ出していく。
「あれ? 止めないのか?」
「あんな魔力に満ちた魔導核の暴走など止められるか! 我々もこのままでは危ないぞ!」
やっぱり魔術師長うるさいな。んでもって、あんたも逃げようとするなよ。
魔法使いたちは逃げていいや。そしてそのまま刺客兄弟に捕縛されとけ。
「このゴーレム残すのも邪魔だし、溶かすか」
と言うわけで、俺はゴーレムをゴーレムという形に保っている元の術から破壊した。
やり方は簡単。ゴーレムの内部で暴走してる魔導核の魔力の流れを一部止めて逆流させることで、過負荷で術を溶解させるだけ。
ちょっと手を加えただけでゴーレムは自壊し、盛大な音を立てて崩れ始めた。
こういう繊細な魔法構造物って、俺には合わないんだよな。これだけの大物作った魔法使い、ちょっと尊敬するわ。
砂埃とゴーレムから上がる破砕音に紛れて、魔法が飛んで来た。
「お? これだけされても抵抗するとは肝が据わってるじゃねぇか」
ダルフは魔法に対抗する付加能力を持つ戦斧で、射出される土の弾丸を叩き落とす。
戦列を乱すために放たれた水の放射は、シューランが土の壁を生じさせて防いだ。
「くそ! またあのラミアだ!」
「兄さん! 焦らないで新手もいるわ!」
懐かしい声がした。
自然と泉の中の白い家での暮らしが脳裏をよぎる。
砂埃が収まると、ゴーレムの残骸の上で俺たちを見下ろす影が二つ。
見た目はさほど変わらないはずなのに、改めて自分の目で見ると、ヘンゼルもグレーテルも成長したように思えた。
「よう、久しぶりだな。馬鹿弟子ども」
二人の青い目を見据えて、俺はそう声をかけた。
隔日更新、全三十七話予定
次回:師匠、成長を知る




