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31話:復讐鬼、徘徊する

 夜を待って、俺は王都の外壁に侵入していた。

 外壁内部に用があり、夜を徹する番兵を回避しながら目的を手早く果たす。

 何、ちょっとした確認作業だ。


「予想はしてたが、手抜きだなぁ」

『もはやあの無能どもが何がしかの手を講じているほうが驚きであろう』


 鼠にまでこう言われるって、この国どうなんだ?


 俺は少ない見回りをやり過ごして、王都を守る外壁から王都の中へと降りた。

 そのまま、何食わぬ顔で道を歩く。

 かつて住んでいた街とは言え、今歩いているのは市井の人間が暮らす場所。

 それなりの家に養子入りして宮仕えをし始めたから、俺はもっと瀟洒な界隈に住んでいた。


『ふむ、これが現代の王都か。建物は堅固、人の数も増え、服装もずいぶん変わっておる』

「あいつらが暴れて二カ月。大きく荒むほど暮らしに影響はなし、だな」

『すでに貴様の弟子はこの王都に進路を向けている。知らぬはずもなかろうが、ここの人間たちは何故酒を飲む余裕があるのやら』

「飲まなきゃやってられないんだろ。人は入ってるが、何処の酒場からも笑い声はしない」


 魔法使いと言えど、易々と王都の守りは突破できないというのは常識だ。何処の国でも魔術師飼って守ってる。だから王都の人間は慌てて逃げることはしてない。

 ただ、数々の町を荒らして回ってる犯罪者に狙われていると知れば、不安は膨らむものだ。


『ここには吊るされた躯などはなかったな。あの国王の膝元の割に、魔女狩りは起きなかったのか?』

「王都に出入りする魔法使いなんて、身元のはっきりした奴らだ。しょっ引いても身元引受人が助けたんだろ。逆に、お膝元で魔女狩りの成果が上がらないからこそ、他での魔女狩りを大袈裟なほど礼賛して、魔女狩りを奨励したんだろうさ」


 俺は囁くように鼠の屍霊王と話しながら、城へと向かう。

 身なりは平民の中にいても目立たない服装。

 このまま行くと、貴族どもの住む瀟洒な界隈になる。が、そこもまた俺の目的地だ。


「ちょっと飛ぶぞ。落ちるなよ」

『そういうことは飛ぶ前に言え!』


 路地を曲がって魔法で屋根に上がると、俺の服にかじりついた屍霊王が文句を言った。

 口塞がってるはずなのに器用に喋るもんだ。

 そうして向かったのは、見るからに廃屋となった元俺の家。


「好き勝手荒らしやがって」

『いくつか血や壊れた鎧が放置されておるのは何故だ?』

「そりゃ、主人の不在時に侵入して荒らしたなら、泥棒避けの魔法が発動するさ」


 開けようとした棚に顔面殴打されたり、登ろうとした階段が坂になったり。ま、命に関わらない程度の可愛いもんだ。

 俺は書斎に入って目的の物がまだ健在であることに驚いた。


「真っ先にこじ開けるかと思ったら」

『こんなの触るわけなかろう。見るからに開けたら呪いが噴き出すようになっておるではないか。しかも…………三つの呪いに戦いて後ろに退けば後頭部を狙い、横に良ければ炎が噴き出し、上に逃げれば雷撃が襲うとはなんたる極悪』

「お前の城にあった罠を真似てんだよ、この極悪亡霊が」


 これ見よがしな扉を開ければ落とし穴とか、大仰な宝箱に毒矢とか。罠にかかった途端襲ってくる魔物とかな。


 俺は罠のかけられたこれ見よがしな入れ物を開ける。ちなみに動かそうとすれば氷漬けになるよう魔法をかけてあった。

 入れ物の中には、勲章や冒険者章が適当に重ねて入れられている。


「冒険者章取りに来ただけだが、よく考えたら勲章も潰して売れば金になるな」


 入れ物ごと持ち出すことにした俺に、屍霊王が何とも言えない顔を向ける。

 そのまま出て行こうとすると、鼠の手で俺の頬を叩いた。


『あそこの隠し金庫は開けぬのか?』

「目敏いな。あそこには昔の研究纏めたのや完成品が直してある。あの隠蔽の魔法にも気づかない奴じゃ扱いきれないし、今の俺にはもう古い技術だ」

『この屋敷が取り壊される時まで、眠り続ける宝箱となるか』

「その時には上手く使える奴が現われてくれたらいいな」

『存外、国とは滅びやすい。別の国の人間が発見することになるやも知れぬぞ?』


 一国滅ぼした奴が言う台詞か?

 ま、なんでもいいさ。俺にとってはもう用のないものだ。研究結果はすべて頭の中にあるし、完成品も作ろうと思えばいつでも作れる。どころか、今はその発展形を作れるようになってる。

 研究を纏めるって行為は、俺にとって誰かに見せることを前提にした作業でしかなかった。だから隠居してからは研究なんてしてないし、たぶんこれからもしないだろう。


「よし、城に戻るぞ。また飛ぶからな」

『だから! 飛ぶ前に言わぬかー!』


 転げ落ちながら文句を言う屍霊王は、俺の裾を掴んで事なきを得た。

 城の守りを全て無視して上空から戻った俺は、着陸にちょうどいいバルコニーに降り立つ。

 そのまま城の中も下調べをして、月が傾き始める頃、ようやく宛がわれた寝室に戻ることにした。


『何者かがおるぞ。兵ではない』

「こんな夜中に誰が…………ハルトーネじゃないか」

「魔法使いどの? え、部屋の、見張られて、え?」


 俺が廊下から現れたのが不思議らしく、ハルトーネは俺の寝室のある方向を指差して戸惑う。

 見張りが立てられていることを知っているってことは、もしかして俺を訪ねたのか?


「謁見の後から抜け出して、ずっと外に出てた。何か用か?」

「…………もう貴殿のすることに驚くのも馬鹿らしくなるな。変わりがないようで安心した」

「そっちは随分、恰好が変わったもんだな」


 今ハルトーネは貴族令嬢よろしくドレスを着ている。騎士の姿もさまになっていたが、さすがに伯爵家の出か、よく似合っていた。


「そちらも変わっただろうと言いたいところだが、うん、森で会った時と変わらんな」

「言っておくが謁見の時のあれは俺の趣味じゃないからな」


 念のために言うと、なんの文句があると言わんばかりに屍霊王が俺の背中に隠れて爪を立てる。

 よし、鼠は無視だ。


 俺はそのままハルトーネと、森で離れてからのことを聞いた。

 どうやら無事に城へと戻り、仕えるお姫さまに復命しようだ。


「ここへは姫の勧めで来させてもらった。正使の同伴兼護衛だ」


 国に戻ったフンボルトとのひと悶着を話し終えて、ハルトーネは言った。


「こんな情勢不安な国を勧めるって、お前本当に大丈夫か?」

「何を勘繰っているのかは知らないが、私とて騎士だぞ。それに姫は魔法使いどのと話したいこともあろうと気を使ってくださったのだ」

「…………勧誘なら断るぞ」

「ま、待ってくれ! せめてちゃんと条件くらい提示させてくれ」


 言ってみたら本当に俺を勧誘しろと命じられていたらしく、ハルトーネは慌てる。

 慌てた上で、胸元から指先で摘まめる程度の小瓶を取り出した。

 それって毒殺とかに使われる飾りに見せかけた液体入れるやつじゃねぇか。

 なんの衒いもなく小瓶を開いたハルトーネから漂う甘い香りに、俺は慌てて小瓶を押さえた。


「おま…………! おい、これが何かわかってんのか?」

「どうしたのだ? これは姫から賜った香水だ。魔法使いどのを勧誘する際にはつけるよう言われていたのだが」

「待て待て待て…………。お前、本当にその姫と関係悪くないのか? 大丈夫か? また気づかない内に嫌がらせされてるんじゃないのか?」

「何を言う! 我が姫は少々悪戯心に素直なところはあっても、真にお仕えすべき尊貴なお方だ」


 なんて真っ直ぐした目でいい切りやがる。

 ハルトーネ、これ、媚薬だぞ?

 悪戯? これ悪戯で済むのか? 最近の若い子は、これで性的に危険な目に遭うってわかってないで使ったりするのか?


「そんなに難しい顔をして…………あ、この匂いは気に入らなかったか? 人によっては拒否感があるかもしれないと、姫からも止められたなら使うなと言われ…………え?」


 小瓶の蓋を戻そうとしたハルトーネは、俺が手で蓋をしているのを見て顔を真っ赤にした。

 俺もつられて手元を見ると、ハルトーネの胸元を掴むような形で押さえていることに気づく。


「ち…………違う! 事故だ、事故! すまん!」

「い、いや、わか、わかっているとも。うん、わかっている、とも…………」

『婦女子の胸ぐらを不躾に掴みおって、この破廉恥め』


 こそっと責めてくる鼠にデコピンを食らわせ、俺は真っ赤になってショックを受けるハルトーネに謝った。

 その中で媚薬に気づいて止めたことも伝えると、今度は別の意味でハルトーネは落ち込んでしまう。


「ひーめー…………! 悪戯が、すぎます…………。いや、だから高名な魔法使いどのであれば平気だなどとおっしゃって?」


 やっぱり悪戯でいいのかこれ?

 ハルトーネなら男に襲われても撃退できると考えたから、とかか? 年頃の女にそれはちょっとどうなんだ?


「すまない、魔法使いどの。この無礼の埋め合わせは必ずする」

「いや、無礼は俺もだしな…………。えーと、今のはお互い忘れるってことで手を打たないか?」

「そ、そうだな」


 答えるハルトーネは俺と目を合わせず顔も赤いままだ。

 うわー、やっちまったなぁ。

 ラミア退治に横やり入れたり、フンボルト押しつけたりしたのに、さらにこんなことしちまって。


「…………なんかお前って危なっかしくて放っておけないな」

「え…………?」

「これは謝罪の、じゃなくて、餞別ってことで受け取れ」


 言いながら、俺は賜名の一つを光らせて胸元の媚薬に魔法をかける。


「精霊王にもらった賜名には毒を無効にするのと、薬にする力が宿ってる。この媚薬は飲めば一日死さえ免れるほどの幸運に恵まれる薬に変えた。好きに使え」

「え? え!? そんな妙薬を今!?」

「ほぼ精霊王の力だから俺は大したことしてないがな」


 驚いてようやく顔を上げたハルトーネ。

 途端に屍霊王が俺に来客を伝えた。


「どうした?」

「歓談中失礼します。例の場所への通行が今時分であるなら可能となりましたので、お伝えに参りました」


 暗がりから足音も立てずに声をかけるのは、刺客兄弟の一人だ。

 身構えるハルトーネの頭を撫でて、俺は刺客兄弟のほうに足を向ける。


「悪いな。俺にはやることがある。お前が仕える姫に会ってみたい気もするが、今は無理だ」


 肩越しに見たハルトーネは、俺が撫でた頭を押さえてまた顔が赤くなっていた。

 しまった。伯爵家の令嬢相手に、市井のガキにするみたいなことしちまった。

 俺は気恥ずかしくなって足早に廊下を歩く。


『貴様…………目の前の道筋を開拓した途端に放り捨てるようなことをよくやるものよ』

「なんのことだ? それより、予定じゃ明日以降だったはずだが、何かあったか?」


 屍霊王のいちゃもんを受け流して刺客兄弟に声をかけると、何故か鼠に頷いてやがる。

 なんでだよ?

 まぁ、いいか。


「…………実は魔術師長が施錠を忘れて宰相と密談に行きましたので、好機かと」

「こんな夜中にご苦労だな」

「密談前までは宮廷魔術師たちと、あなたを捕縛する策を練っておりました」

「じゃ、さっさと手の内を見せてもらうとするか」


 今はわざわざ城に入ってまでやると決めたことをさっさと終わらせることにしよう。

 で、その後寝る。

 ちょっと徹夜はきつい年頃なんだよ。


隔日更新、全三十七話予定

次回:師匠、対峙する

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