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30話:復讐鬼、密談する

 で、兵士でぎちぎちに固めて監視された部屋を抜け出し、俺はとある大臣の屋敷に来てた。

 公爵で、国を憂える比較的まともな大臣だとクライネに聞いてる。


「うぬ…………『復讐鬼レヴァナント』?」


 身分証明の代わりに賜名を求められたから見せたら、大臣は顔を引き攣らせた。


「国を出てから得た賜名で、相手は人間ではありません。私がこう呼ばれていることを知って、面白半分につけたようです」

「そうか…………賜名を刻めるほどの存在が面白半分で…………? できれば国内でこれは見せないほうがいいだろう」


 そこら辺はわかってるよ。

 さて、クライネから紹介された相手だから別段警戒はしないんだが、隣室に知った奴の気配が控えてるんだよなぁ。


「さすが天才の名をほしいままにした魔法使いだな。隣室に控える方に気づいたか」

「いえ、知った相手なので気にかかっただけです。一言声をかけても?」


 公爵の許可を得て、俺は本当に声だけをかけた。


「馬鹿な歌作ったら、またいいところで声が裏返る呪いかけるからな!」

「おぉ…………それは勘弁願いたい…………」


 吟遊詩人騎士が、本気で嫌そうな声で答えた。釘刺しはこれでいいか。

 俺たちのやり取りに、公爵は目を白黒させている。


「以前騎士王と共に沼妖精を討伐した際に面識がありまして」

「そ、そうか…………。なるほど、人の噂などあてにはならんな。物静かで反抗など考えない気弱な青年などと、いったい誰が言っていたのか。ヴァッサーラントの言うとおり、復讐さえも能わぬと見限って今まで静観していたわけか」


 誰だよ、そんな噂立てた奴?

 大人しくしてたとは言え、魔術師長でも俺の口が悪いことは知ってたぞ?

 俺に言い返されるのが面倒だから、言いたいこと言ったらさっさと逃げてたしな。


「…………やはり、各国からの使者が揃ってやってきたのは、君の手回しか?」

「もちろん。元義妹の所にまで連絡を求める手紙が山と積まれていましたので。連絡を取るついでに、ことの終息を見る気はないかと声をかけました」

「それだけで、騎士王の側近が…………」


 側近、そうか側近か。

 俺、あいつが騎士王になった後会ってないから、武者修行してた騎士見習いのイメージしかないわ。騎士王に負けて手下になった騒がしい奴らが今じゃ側近かぁ。


 っていうか、あいつが隣室に控えてるってことは、この公爵、騎士王側とパイプがあるんだな。

 王家に連なる血筋なら、周辺国と連絡手段持ってても不思議はない、か。


「そう言えば、ずいぶんと国王は虫の居所が悪かったようですが、何か理由が?」


 って聞いたら、隣の部屋から噴き出す音がした。目の前の公爵は困惑してる。

 怨霊のこと気づいてるか探りを入れるつもりだったんだが。この反応ってたぶん怨霊絡みじゃないよな?


「いや、そうか…………。君が国を出た後のことだ。知らぬのも当たり前か」


 戸惑った公爵が言うには、俺を国外追放にしたことで、王子の時ずいぶんと周りから叱られたらしい。

 先王はもちろん、当時の大臣級、血縁関係にある年長者も揃ってあの茶番を咎めた。

 その中で俺の能力を高く買っていた者がどれだけいたかは知らないが、俺の賜名の数と知名度の高い人物と繋がっていることを知る者たちは焦ったそうだ。復讐される、と。


 そして頭ごなしに俺への処分を怒られた王子は、これ以上勝手をしないよう軟禁状態。しかもその間に魅了使いの令嬢は他の有力者子弟に浮気。

 その全てを俺のせいで、と逆恨みしていたらしい。


「で、へそを曲げてた、と?」

「可愛い言い方をすればそうだな。実際にはその時の怨みを腹に溜めた末に、即位した途端、微罪や冤罪で王家の者さえ更迭、蟄居を乱発した。そのために誰も何も言わなくなり、あぁして増長してしまっている。君が先王の恐れていた復讐をしなかったことも、逆上のぼせあがる一助になったようだ」


 良識ある臣下は領地に引っ込む事案が続出し、今の王宮にまともな人材はほぼおらず、いても地位や発言力の低い者だそうだ。

 公爵は王子の頃に呆れてほとんど口もきかなかったために、眼中外だったとか。


「聞きたいのだが、君は何を求めている? 本当にあの国王からの謝罪を要求するのか?」

「まぁ、あれはちょっとした意趣返しです。正直、今さらこの国に求めるものはありません。あえて言うなら、こんな国のために弟子を危険にさらしたくないくらいですね」

「あれだけの力、我が国を出たとしても他国が放ってはおかんだろう」

「俺が放っておかれたくらいですから、あの二人なら時と共に忘れられますよ」


 って言ったら、また隣室から笑う気配がする。あいつこんなに沸点低かったか?


「では、私に求めることは何かな?」


 クライネから聞いてるはずだが、隣室に第三者もいる。改めて言葉にしろってことか。


「国王がどうなろうと知ったことではないですが、この国において不正や不合理で無意味に死ぬ者、不幸に陥る者がいることが我慢なりません」


 実際は知り合いがってもんだが、ここは大袈裟に言わせてもらおう。

 相手は公爵だ。ちょっと欲かいてお願いしてもいいだろ。


「俺がこの国を去ることに決めたのは、己の感情とこの国に生きる者の命を天秤にかけたからです。この国に生きる者がその命の価値を自ら貶める非道を進むなら、俺の天秤は俺の満足のためだけに傾くでしょう」


 それがどんな結果になるかも、どんな感情によるかも明言はしない。

 言葉尻捕らえられてなんか要求されるのもやだしな。


「…………本当に、噂などあてにはならん」


 俺が狡いことを考えている間に、公爵は自嘲気味に呟いた。


「魔女狩りについては、この後聖女さま直属の神官どのと協議する予定だ。できる限り、被害者の名誉回復に務めよう。軍については、事情は聞いている。実質国軍の三分の一を潰されることにはなるが、本人たちは自業自得だ。後のことは気づけなかった我々の落ち度のつけとして引き受けよう」


 おう、なんか思ったより大盤振る舞いだな。

 いいの? 軍の三分の一潰して? 後から大変になるけど?

 各個撃破か、被害の軽減を申し出されると思ってた。そうじゃないと国王の近くに残るこの公爵自身が割を食う。

 そういう姿勢見せてくれるなら、こっちも公爵の利に繋がる手札見せておこう。


「あの国王は気力が途切れた途端に衰弱することになるでしょう。あれを玉座に座らせたまま御することを目論むなら、体調ではなく気力のほうに目を向けるべきだ」

「おや、いつから予言など身に着けたのです?」

「うるさい。そんな力はない」


 茶々を入れる吟遊詩人騎士をあしらって、俺は一つ指を鳴らした。

 瞬間、外からノックの音がする。

 ここは公爵の屋敷で、俺の指示に従う者がいるはずはない。が、いるんだなぁ。

 入って来たのは刺客兄弟の一人だった。


「あまり知らないふりをし過ぎて、今回は酷い被害状況であることに気づくのが遅れました。今後はこうした者を配して動静を報告させるつもりです。必要なら使ってください。それと、もう私には必要ないので、国王周辺がうるさかった時には有効に使ってください」


 俺は先王からの赦免状を公爵に渡した。

 すでに先王から冤罪と認められていた文章記録だ。もし、今の国王が邪魔になったなら、旧悪を弾劾する一助になるだろう。


 刺客兄弟は抗魔の指輪使っていた点からも、魔法の素養があって連携も巧み、王宮で自由に動ける身分をそれぞれが持っていて使い勝手がいい。

 俺と繋がっているという優位を上手く使って、公爵に恩を売るなりして、いい暮らしをすればいいと思う。

 嫌になったら俺に連絡してくれればなんか考えよう。クライネに紹介してもいいけど、こき使いそうだなぁ。


「さて、そろそろ戻らないと、さすがに私の外出に気づく者が現われるかもしれない」


 王宮でちょっとやらなきゃいけないことがあるんだよ。

 驚きの後にはじっと考え込んでいた公爵が、俺の言葉で立ち上がる。

 同時に俺は隠蔽の魔法を使って姿を隠した。

 こういうのって目の前でやると効かなかったりするが、俺の場合呪文も前動作もないから案外視線を誘導するぐらいで上手く隠れられる。


「消えた…………」


 驚く公爵の声を背中に聞いて、俺は部屋を後にする。

 歩いて裏から出て行こうとしたら、人通りのない屋敷の横手に子供が一人でいた。

 拾った時のヘンゼルくらいの年頃だ。身なりがいいから公爵の血縁者だろう。


「ぐす…………」

「…………どうされました? どうやら魔法の練習中のようですが?」


 泣いてるし、魔法使おうとしてるのは力の流れでわかったから、姿を現した。


「うわ!? な、何者だ!」

「これは失礼。今しがた公爵さまと密談しておりました、しがない魔法使いです」

「密談…………。いきなり現れたのは、魔法か?」


 あ、知ってるぞこの反応。見たことのない魔法見た時のヘンゼルと同じだ。

 で、どうも話を聞いたら、こいつ俺の元同僚のツヴェルクが教えていた公爵家の継嗣らしい。随分遅くにできた子なんだな、公爵。


「呪文に囚われる必要はありません。まず何故呪文を唱えなければいけないのかはわかっていますか? 人間とは言葉で世界を表現する力を持っています。そして言葉で物事を決定づける力も持っているのです。では言葉がなければそれらの力は働かないのか? 答えはいいえです」


 俺はヘンゼルとグレーテルに教えていた時のことを思い出しながら、元同僚に適当な呪文を教えられていた継嗣の思い込みをほぐす。


「呪文は魔法を使いやすくするための道具の一つでしかないんです。魔法は世界に不定形に漂っています。それを自らにわかりやすく切り取るのが呪文という言葉です。では、道具は必ずしも誰にでも使いやすいですか?」

「違う、と思う。最近、幼い頃に使っていた木剣を握ったけれど、今の僕には小さすぎて軽すぎた。同じ木剣でも、僕の成長に合った物を使うほうがいい」

「そうです。合わない道具を無理に使い続ける必要はありません。武芸を嗜んでいらっしゃるなら、剣術の教師と弓術の教師が全く同じことを教えることはないとわかるでしょう。何をしたいかによって、やり方は違いますし、どう教わるかも変わってきます。魔法も同じです」


 喋りながら、俺は継嗣に合った魔法の属性と使い方を探る。

 どうやら魔力の操作が甘いから呪文に頼り切って、呪文が動作しないと魔法が上手く使えないようだ。こういうのが座学至上主義の弊害だよな。


「いいですか? 魔法に自分を合わせるのではなく、魔法を自分に合った形で扱うのです。魔法とはこういうものだと決めつけるだけ、魔法の効果を狭めてしまうということを知っておいてください」


 風に適性があったため、俺は継嗣に手で風を操るやり方を教える。手という目に見える形で風を思い通りの方向に吹かせ、渦を作る。

 基本的な魔法だが、魔法使いの腕の振りだけでわかりやすく威力が変わる。体を動かすことをしているなら、魔法の練習にもそれを取り入れれば本人の理解もしやすいだろう。


「…………これは」

「お父さま!」


 あ、公爵に見つかった。その後ろには吟遊詩人騎士もいやがる。

 俺はすぐさま隠蔽の魔法で姿をくらました。


「あれ? 今まで魔法使いの方が教えて…………。お名前も、窺ってないのに」


 なんかお節介なことしたな。時間食っちまったし、さっさと戻ろう。


「ご子息、あの方は我が王より『善悪両面グートンヴェーゼ』という名を賜った、天才魔術師にございます」

「騎士王さまから!? その賜名にはどのような物語が?」

「別の言い方をすれば反面教師、それでありながらツンデレとも言える賜名の由来は」


 あ、くそ! あの吟遊詩人紛いめ!

 次に会った時には歌のいいところでしゃっくりが出る呪いかけてやる!


隔日更新、全三十七話予定

次回:復讐鬼、徘徊する

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