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29話:復讐鬼、王宮に戻る

 軍から派遣された捜索隊を適当に引きずり回して撹乱し、王都のお偉いさんが出張ってくるまで粘って軍の求めに応じた。


 俺は今、久しぶりに王宮へと戻ってきている。

 謁見の間まで、クヴェル=ヴァッサーラントを連れ戻したと鼻高々な軍幹部に先導された。周りの兵は飾りと実用両方なんだろうけど、ぱっと見ダルフより強い奴はいない。

 いや、下手したら隣国の女騎士ハルトーネより弱くないか?

 恰好だけは立派なんだが、動きに見える洗練されたものはない。


「あれが…………」

「これは、以前より…………」


 謁見の間に入ると、居並ぶお歴々がざわついた。

 うん、俺もどうかと思うぜ。この恰好。


 俺は今、王宮に踏み入る礼儀として格式のある魔術師のローブを着ている。

 黒一色をモッサモッサ重ねたマントやコートやケープに、ストール、クラヴァットともう本当に重ねまくってる。

 俺の貧弱な見た目を少しでもましにしようと、義妹クライネが張り切った結果だ。


「なんて禍々しい…………」

「物は良くてもあれは…………」


 ですよね!

 なんせこんな黒一色のくせに光沢放って細かい刺繍とかびっしり入ってる服、屍霊王が宝物庫から出してきたやつだからな! なんか全体的に悪役っぽいんだよな!

 そりゃ、禍々しくもなるわ!


 まぁ、それでも舐められることはなくなってるみたいだから、いいと思っておこう。

 っていうか、これだけ着膨れしてると、マントの中で魔法使ってもばれなさそうだな。

 屍霊王じゃないが、目の前の国王の首、簡単にスコーンといけそうだ。


「…………」

「…………」


 目の前に来たんだが、国王何も言わない。

 うーん、王子の頃の面影あるけど、顔つき悪くなったな。あと、眉間の皺取れなくなってんじゃないか、それ?


「こ、これ…………! 陛下の前で立ち尽くすとは何事だ? 臣下の礼も忘れたか?」


 情報を見る魔法を使うと、話しかけてきたのは儀礼を司る大臣らしい。

 俺がいた時とは人が違う。年齢的に俺が王宮にいた時もいたんだろうけど、見覚えもないな。


「臣下でもないのに臣下の礼を取れとはおかしなことをおっしゃる」


 俺の一言で広い謁見の間に一瞬で緊張が走った。

 ま、こうなるか。


「貴様、我を愚弄する気か?」

「陛下!」


 早くも椅子から立とうとする国王に、慌てて周りが止めにかかる。

 短気すぎないか? 王子の時はまだ余裕を必死で繕うくらいのことはできただろう?


「一度はお仕えしたお方になんということを! 身のほどを弁えて膝を突くのだ!」


 大臣が焦って言うけど、俺が仕えた相手こいつじゃないぞ?

 奉職って意味なら、国という社会集団と、代表として宰領する王家を混同するのもどうかと思う。


「早う、膝を突かねば、困ったことになるのは貴殿だぞ?」

「何に困ればいいものか、わかりかねますな。ここ何年も、社会とも国とも関わらずに生きて、困った覚えがないもので」


 予想外の返しだったのか、大臣は開いた口が塞がらなくなっている。

 視界に入った元上司の魔術師長を見ると、うわぁって言いそうな顔してこっち見てた。

 元上司の前では同僚から言われて大人しくしてたしなぁ。っていうか、同僚の奴は額ヤバかったけど、魔術師長は頭頂部が寒風に弱くなってた。


 ま、このままじゃ話も進まないし、俺の立場ってものを明示しておこう。


「何かしらこの場で私に人間社会における地位とそれに伴う礼儀が必要であると言うなら、それを取得するために一度出直しましょう」


 そう言って、俺は少しだけ賜名を光らせた両手をマントから出した。


「さて、何処にどのような身分を求めたものか…………」


 静まり返った謁見の間で、喜色を感じさせる息づかいを聞いた。

 見ると、知った顔がいくつかある。

 そこにいるのは周辺国から派遣された大使や名代たち。うん、期待に満ちた目をして俺を見つめていた。


 …………一人口を覆って俯きながら笑ってるそこの、見た目だけは王子みたいな騎士。お前、吟遊詩人志望してた広報担当だな? いつの間に謁見の間に入れるくらい偉くなってんだ?

 誇張して騎士王に報告しないよう、後で釘を刺しておこう。


「きょ、今日のところは陛下の寛大なご判断により、貴殿の立位による謁見を許容する」


 宰相が大慌てで宣言して、後からその寛大な判断をしたという陛下を宥めてる。

 もうちょっと、ちゃんと対応を検討してから謁見設定しろよ。

 なんで俺が呼ばれて来たら、全面的に従うなんて頭の緩いこと考えてたんだよ?


 各国が捜してたの知ってて、俺を極悪魔導士だって悪評流したんだろ?

 だったら、表に出てきたら改めて引き抜こうとする奴らいることくらい予想してろよ。

 …………駄目だ。俺もこの流れは予想してねぇ。

 本当、俺がどういう対応すると思って呼んだんだ?

 さすがに刺客兄弟じゃ、国王の考え直接聞いたりできなかったしなぁ。

 …………もう一つ、こうして顔合わせたからわかる問題を、国王が抱えてるの気づいちゃったしなぁ。どうしよう? 俺もこれは予想外だ。


「これ、陛下の恩情に返事をせぬか!」


 あ、俺の返事待ちだったの?

 だったらここは見ないふりして話を進めよう。


「わかりました。どうぞ、お話を続けてください」

「貴様、許可への礼もな…………!」

「陛下! 陛下! 他の目もあります故!」


 そうだなぁ。なんで謁見の間でこんな大々的に俺を呼び出したんだか?

 俺の視界の端で、今度は女難の相を水の精から告げられた神官が笑いを堪えて震えてる。

 「んふっ」ってちょっと声漏れてるぞ?


『貴様が復讐する気も起きなかった理由がようやくわかったぞ』


 重ね着したマントの中から鼠が喋る。

 見えないけど、屍霊王はすごく残念な物を見る目をしてるんだろう。


『周りがまだましならば、取り繕うこともできただろうに。このような醜態を許すようでは、臣下も聞くとおりの佞臣ばかりであろうな』


 屍霊王の評価を聞いてる内に、儀礼の大臣と宰相が二人がかりで巻き巻きの進行を始めた。

 さっさと俺を呼び出した用件を済ますつもりらしい。

 現状が醜態だということくらいはわかる佞臣だったようだ。


 要点は二つ。

 この国だけじゃどうしようもなくなってるヘンゼルとグレーテルを俺が止めること。

 もう一つは、俺への冤罪は全て毒を賜って死んだ魔女のせい。

 以上!


『それで通じると思われるほど、貴様は人間に対しては甘かったのか?』


 大人しくしてたせいで、舐められてたのは否めないな。

 正直、王宮に来てからほとんど魔法使ってなかったし、使う場面もなかったし。

 実戦だといくらでも魔法撃てたんだけど、さすがに貴族が徘徊する城の中じゃなぁ。


「貴殿の働きに期待している。これにて」

「一つよろしいか?」


 各国の使者のほうがざわざわしてる中、無理矢理切り上げようとする儀礼の大臣を制して俺は声を上げた。

 言いたいことがあったからわざわざ来たんだ。

 俺の本題はここから。

 なんだけど、不穏な気配を察したらたらしい宰相がすぐさま首を横に振った。


「のちに時間を設けましょう。この場では予定にないことは遠慮いただこう」

「私の聞いていた予定では、陛下に一言申し上げていいとありましたが?」


 ま、あれだ。

 本当は「働きに期待している」「ははぁ、ご期待に添えてみせましょう」ってな、定型句のやり取りの予定だったんだ。

 けど、国王の台詞を大臣が取ったから、俺は返事する予定が開いてる。


「それとも、かつて因縁のある私の言葉では恐ろしくて一言も許されませんか?」


 宰相から国王へと視線を移して煽ると、簡単に乗ってくれた。


「見苦しく恨み言が言いたいというのであれば聞いてやる」


 こいつ、俺に冤罪かけたってこと、わかってるよな?

 魔女って言ってんだし、わかってるよな?

 なんか不安になって来たんだけど…………。っていうか、最初からすっごい苛々してるけど何かあったか?

 いや、見ないふりしてるだけで、原因はなんとなく察せるけど。

 うーん、国王はこの状態じゃ皮肉言っても通じないかもしれないな。

 ここは直球でいいか。


「では一言申し上げましょう。私の働き如何は、あなたの謝罪如何によって決まります」


 言って、俺は自分の足元を指差した。

 瞬間、音が止む。

 次いで、意味を理解した人々が、息を飲み、引き攣った声を漏らした。


「貴様!? 一国の王に何を求めているのかわかっているのか!」

「例えあなたが王でも乞食でも、過去の事実がある限り言う内容に変わりはありませんが?」


 追撃を見舞うと、各国代表のほうからまた「んふっ」という声が聞こえた。


 別に変なことは言ってないだろ? 悪いことしたら謝れ。話はそれからだ。

 そこに国王だとか、そんな身分は関係ない。

 だいたい、クライネに聞いたが、お前王都にある俺の屋敷荒らして財産没収したんだろ?

 全部魔女が悪いでそこら辺の返還の話もしないとか、偉ぶってれば誤魔化されると思うなよ。


「我がほうに謝罪の必要などあるか! そこの無礼者を斬…………!」

「ぃ一旦、解散! 謁見は終了だ!」


 宰相の叫びに、俺の周囲を兵が取り囲む。

 そのまま謁見の間を出るよう促されて歩き出すと、各国代表たちと目が合った。

 肩を竦めてみせただけで、また笑いの発作を起こす者が数人。

 渋い顔で見送ってくる者が数人。

 残りは呆れてるようだ。

 あ、ハルトーネ? 呆れてる中にいるドレスの淑女、ハルトーネだ。

 ちょっとびっくりした。こんな所で再会するとはな。


『可憐なるヴァッサーラントの怒りももっともよ。あのような暗愚に前途を邪魔されたなら、怨み骨髄というもの』


 なんか屍霊王が知ったように言ってるけど、王子の時はもう少しましだったんだぜ?

 なんであそこまで愚か者になってるんだか。

 愛した女に裏切られてたのがそんなに心の傷にでもなってたのか?


 その愛した女、お前の後ろで怨霊になって取り憑いてんだけど?

 あれ、触ったら暴れるタイプの面倒臭い怨霊だ。屍霊術師じゃない俺でもわかる。

 しかも取り憑かれた国王は、不眠や頭痛の体調不良出てるだろ。確実に寿命縮められてるぞ?

 あんなのの何処に惚れたのか、本当にわからんものだ。


 ま、わかったところで魔女狩りなんて推奨して、ナイアを死に追いやる手伝いをしたことは、許さないんだがな。


 俺は兵に囲まれたまま、さっさと国王との謁見を終えたのだった。


隔日更新、全三十七話予定

次回:復讐鬼、密談する

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