3話:泉の精、自分を重ねる
仮名、ヘンゼルとグレーテルを拾った俺は、さっそく二人をこき使うことに決めた。
ま、ご主人さまに偽名名乗るなんて舐めた真似したお仕置きだ。
俺が本物の精霊だったら、今頃問答無用で呪われてたぞ。
「寝る間も惜しんで俺のために働け! それがお前たちの役目だ!」
それっぽく手を広げて命じてみたら、兄ことヘンゼルに冷めた視線を返された。
妹ことグレーテルは、何度も瞬きをして首を傾げる。
「働くって、何をすればいいんだ? こんな水の中で、俺たちにできることがあるとは思えない」
「大抵のことは魔法でどうにでもなるがな。ちゃんとお前たちように仕事は考えてやる」
「今から考えるのか」
その青い目で胡散臭そうに見るな!
ちゃんと、生きる気力のないお前らに、生き方ってものを教えてやるさ。
というところで、ちょっと魔法を使う。これは俺が考えた魔法で、相手の基本的な情報を読み取れるというもの。
王宮で人の名前とか血縁関係とか覚えられなくて作った魔法なんだよな。
えーと、ヘンゼルの本名はヨハネス=ドルフ。グレーテルはマルガレーテ=ドルフ、ね。
ドルフってのは家名じゃなくて、村を表す名前だ。つまり村人っていう身分を表す。
が、気になる項目が魔法にある。血筋だ。
こいつら、水の精とのハーフだな。水の精が女って知ってたのは母親が水の精だったからか。けど兄妹の反応からして、正体は秘密にしてたんだろうな。
水の精は誘惑の性質があるから、たまに人間の男と結婚する奴いるんだよなぁ。
「いつまでも座り込んで怠惰に耽るな。立ってこっちにこい」
「なんだその言い方!」
「あの、泉の精さま!」
グレーテルがなんか言った! い、泉の精さま!?
いや、そうか。召使とか言ったし、そう呼ばれても…………。
「…………なんだ?」
「このお家は、どうして水の中にあるのでしょう?」
「どうして? 地上にいい家があったから、買い取って、そのまま沈めただけだが」
隠棲するにあたって、やっぱり住まいって大事だろ。終の棲家にするつもりだったし。
国外追放された後、なんかこの白い石の家気に入って買い取ったんだよ。
元国一番の魔術師だったから、それなりに蓄えあったし。
で、泉に細工して結界張って、家のほうにも魔法で補強して、後はドボン!
「買い取ってって、金があるのか…………」
おっと、そこで俺への不信深めるのかよ。
「お兄ちゃん。こんな水の中におうち作れるなんて、すごい精霊さまだよ、きっと」
「魔法の腕は、確かみたいだけど…………」
うわー、背中に猜疑の視線が突き刺さるー。疑り深いな、ヘンゼル。
いや、こうしてなきゃここまで妹守ってこれなかったってことか?
で、行き場失くして、このままじゃ死ぬってわかったから、命の終わりは自分で始末つけようって? ふざけんな!
死んだら負けなんだよ。
国が相手で歯が立たなくて、強がってその場を去ることしかできなくてもな、自分を陥れた奴らの思うままに死んでやる必要なんかないんだ。
俺はちょっと、復讐とか見返しやるなんてやる気起きない年齢だけどさ。お前らはまだ子供なんだ。今から巻き返しの未来を見据えて生きていいはずだ。
「そうそう、この結界は魔法を使えなきゃ抜け出せない。泳いで泉を出ようなどと浅知恵を働かせるなよ」
「…………し、しねぇよ」
図星、にしてはどうも反応が妙だ。悔しそうって言うより、恥ずかしそうな感じがする。
「あぁ、泳げないのか」
「なんで!?」
わかったとでも言いかけたのか、ヘンゼルは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
わー、すっごい自爆見たわ。ま、俺も泳げないんだけどな。
そこは、魔法でどうにでもなるから別に泳げなくてもいいし。
「そんなみすぼらしい体では、身体能力の伸びも見込めないだろう。少しは俺の役に立つように魔法でも覚えてみるか? まぁ、覚えられるだけの頭があったらの話だが」
「はぁ? 言ったなてめぇ…………」
いや、本当、ヘンゼルくん? なんでそんなに喧嘩っ早いの?
睨み殺しそうな顔するなよ。教える気が失せるから。
俺、小さい時から天才って持て囃されたから、肉体言語とか嫌いなんだよ。
「お兄ちゃん、泉の精さまにそんな口きくのは」
グレーテルはいい子だなー。
「やるなら魔法を覚えてからでいいでしょ?」
前言撤回! グレーテル、恐ろしい子!
「お前たちに才能があるかもわからないのに、魔法を修得できる気でいるとはおめでたい。仕事を疎かにすることは許さないからな」
「やってやる」
覚悟を決めたようだな。ま、親が親だから魔法は覚えられるだろ。
じゃ、さっそく一仕事してもらうか。
「ヘンゼル。お前は今からこの斧で薪を十本作れ」
「なんだ、それくらい…………!? なんだよこの斧! 刃がないじゃないか!」
家の横に立てかけていた斧を渡すと、ヘンゼルが食ってかかって来た。
渡した斧の刃は潰れており、薪にするべき木はグレーテル並に太い。普通に腕力でやろうとしても無理だ。
「できないことを仕事としてやらせるなんて、卑怯だぞ!」
「ほう? こんなこともできないのか。では、手本を見せてやろう」
俺はヘンゼルの手から斧を取ると、木を一本土台代わりの切り株に置く。
で、魔力を流して一振り。
カッコーンといい音を立てて、木は二つに割れて飛んだ。
やべ、ちょっと力んでやりすぎた。
薪割りって、一発で両断するもんじゃないんだよ。色々危ないから、斧刺して、もう一回木ごと打ちつけて割るべきだ。
そうしたらできた薪も今の俺みたいに飛んで行かない。
「とまぁ、ここまでしろとは言わん。普通に薪割りをしていろ」
俺から斧を受けと取ったヘンゼルは、もう一度刃がないことを確認している。
刃がないのに切れる理由は簡単。その斧、俺が作った魔法道具だから。
魔力流せば刃ができるようになってる。魔力を流すことさえできれば、斧を木に刺すだけの簡単な仕事だ。
そのためには、魔力を操ることを覚えなくちゃいけない。
無心になって自分の力を感じるままに動かす感覚を掴むには、ヘンゼルは気が強すぎた。
四苦八苦した上で、肉体疲労の限界の中で魔力が引き出されるのを待つほうが、口で教えるより良さそうだと思ったんだ。
「お兄ちゃん、無理なら…………」
「む、無理なんかじゃない! 俺はできる!」
おうおう、お兄ちゃんは大変だ。
「グレーテル。お前はこっちだ」
「幼い妹まで働かせる気か!」
「当たり前だろう。役立たずはいらないぞ」
グレーテルを見て言えば、なんか、驚いた顔された。
そこ、怯えるんじゃないの?
うーん、この子は良くわからんな。ヘンゼルくらい鼻っ柱が高いなら、俺も自分の子供の頃に覚えがあるから扱いやすいんだけど。
「やります! お仕事、やらせてください!」
なんでかやる気満々になった。
えー? これって簡単な炊事やってもらおうと思ってたんだけど、意気込みを買ってちょっときついことやらせるべき?
「グレーテ、ル! こんな変質者みたいな奴に何を言ってるんだ!」
「お前こそ何言ってるんだ、こら! 誰が変質者だ、誰が!」
腹立ったので、ヘンゼルには作る薪を四本追加した。
家の中に入っても、ヘンゼルは窓から室内を窺ってくる。
変質者みたいなことはしねーよ!
「私にできること、あまりなさそうですね」
何故か室内に入ったグレーテルが一気にやる気をなくした。
室内はいたって普通の家。
窓際にロッキングチェアがあり、それとは別にダイニングテーブルと椅子がある。
台所は最初から二口の竈があり、流しは広く、収納棚も備えていた。
元の家がいいから家具の必要はあまりなかった。だから正直、物は少ない。
「もっとドロドロの薬品とか、なんの痕かもわからない染みとか」
「何を想像していたんだ、何を」
ちょっと想像力逞しすぎじゃないか?
「魔法使いなら怪しい本とか、大きな鍋とかがあると聞いてたんですけど。泉の精さまは違うんですね」
「そうした研究をする者もいるが、研究とは求めるもののある者がやることだ」
「泉の精さまには、求めるものはないのですか?」
「求めて得たものが、永遠に己の手の内にあるわけではない。求めることは、何かに束縛されることだ。得るだけ無駄だ、甲斐もない。そう知っているから、最初から求める気も起きない」
期待に応えようと王宮に上がって、地位を得て、失った。
あの国から持ち出す物などなくていい。
そう思って物品に拘らなくなると、自然、この家の中も物が少なくなっていた。
あえて気に入って手にしたものと言えば、この家と泉くらいか。
「家事はできるか?」
「お、お掃除なら…………」
「炊事は?」
「まだ早いって、包丁も持たせてもらえなくて」
あちゃー、家事できないか。
近所じゃ、この年頃から教えてたと思ったけど、教える前に母親殺されたみたいだ。
「そうか、それなら拭き掃除と洗濯を基本的な仕事にしよう」
「炊事も、私、覚えます!」
おっと、またやる気が出て来たな。
けど、そう簡単に俺が与える仕事をクリアできると思うなよ。
「さて、ではグレーテル。お前はこれに水を汲んで来い。家の外に出て右手に行くと井戸がある。そこで水を汲んでくるんだ」
「あの、泉の精さま? この桶には穴が開いています」
「それが?」
「なんて卑劣な虐めを! 今助けるぞ!」
「えーい! 仕事をしろ、ヘンゼル!」
斧を片手に入って来たヘンゼルに追いかけられながら、俺は怪我をしないようにヘンゼルを制圧できる魔法を考える。
これもグレーテルの魔法を使うための一歩だっての。
水の精の力があるなら、水との相性もいいし、魔法使う才能もある。穴から水零さないように、ちょっと魔力で操作できればいいんだよ!
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次回:泉の精、泉を爆発させられる