28話:復讐鬼、逃げ隠れする
冬になると雪に閉ざされる国内最北端。
巨人が住む山との国境を守る領地で、領主であるゴライトーア伯は古い兵器を飾る倉庫に来ていた。
巨人と戦うための矢は木を一本丸々矢軸にしており、専用の巨大な発射台と共に倉庫で眠っている。
「本当に発射台が歪んでしまっているな。直せそうか?」
「はい。見たところ、各所の固定が緩んだだけのようですんで、一回全部解体してから組み直せば」
「では作業にかかれ。わしは久しぶりに歴戦の武器を堪能しよう」
ゴライトーア伯は引き連れて来た技師たちを残して倉庫の奥へと進む。
護衛の類は倉庫周辺の警備にあたっており、ゴライトーア伯は供も連れず一人だった。
「全く…………本当にお前という奴は…………全く、全く…………全くもって」
「あの、手短にお願いできますか?」
俺は無人の倉庫の奥から、ゴライトーア伯の前に隠蔽の魔法を解いて姿を現した。
「一日かけても貴様に言うべき叱責は尽きぬだろうよ。何から叱責すべきか迷うほどにな」
厳つい顎髭のゴライトーア伯に、かっと目を見開かれて凄まれた。
一夜で済むらしいクライネのほうがまだましなようだ。
「ご無沙汰しております。急な呼び出しにも拘らずご足労いただき」
「良い。元は父と子と呼び合ったのだ。今さらわしにおもねって見せるな、クヴェル」
「お変わりないようで。ただ周囲の目を誤魔化すためとは言え、あの発射台を壊したことは謝らせてください」
「うむ、許す。直せる程度である。…………それで、貴様この国を潰す気で戻ったか?」
なんでこう、俺の養子先の人たちって血気盛んなんだ?
いや、功績上げるためにやる気のある家転々とした自覚はあるんだけどさ。
「国一つ潰すなんて、そんな面倒なことはしませんよ。ただ、ちょっともののついでに復讐する気になったんで」
「話せ」
簡単にヘンゼルとグレーテルとの関係と復讐に走る経緯を話し、自ら復讐する気になったことを告げた。
「…………その話、わしで何人目だ」
「入国した場所がヴァッサーラント近くだったので、その、最後です」
言った途端、老境に入ってるとは思えない力で額を掴まれた。
痛い! ちょ、本当に痛い! 誰だよ、関節痛で動けなくなってから弱ってるなんて言った奴!?
「わしを最後に回すとはいい度胸だな?」
「場所! 場所が悪かったんですって!」
「ここのところ王都から離れた土地で魔物の異常行動が報告されていたが、それも貴様の復讐の一端か?」
そうですけど、額に圧かけてくるのやめてくれませんかね!
「ここ! 安定してたから、来るのを後回しにしても平気で」
「後回しだとぉ? ずいぶん偉くなったものだな、クヴェル?」
「変なところで拗ねないでくださいよ! あんたどうせ、王都で何があってもここから動く気ないでしょ!?」
「ふん、父祖伝来の地を留守にするは、かつてこの地で散った英霊を蔑ろにするも同じよ」
ようやく放してもらえた額を摩りながら、俺は計画の概要を伝えた。
正直、ゴライトーア伯にやってもらうことはない。
ヴァッサーラント家と同じで、この国ができる前から巨人と争って生きて来た一族だ。王都で何があろうと正直興味ないだろ?
ただ、除け者にされるのは嫌いだから、こうして計画の報告だけはしに来たんだ。
「全く、お前は本当に『大いなる小さき者』の名に恥じぬちょこざいよ」
それ褒めてないですよね?
その賜名、巨人を撃退した時に、相手の巨人から貰った名前だ。
あいつらにとって小さき者は侮蔑語でもある。獣に獣と言っても問題ないが、人間に獣と呼びかけたら馬鹿にされたと思うようなもの。
だから巨人側に他意はなかった…………とも言えないな。
当時、巨人の文化も知るゴライトーア伯の養子だった俺に贈る意地の悪さを感じる。
そしてもちろんゴライトーア伯は、小さき者が侮蔑語であると知っていて、俺をちょこざいと言うんだ。
うーん、もし今後あの巨人に会うことあったら、十歩に一回小指を何かにぶつける呪いをかけてやろう。痛いかどうかは巨人の運次第だ。
「それで、王都周辺から兵力を地方へ移すだけで上手くいくと言うのか? お前が国内にいることは確かに噂になっておるが」
「あ、王宮に出入りできる暗殺者を確保してるんで、そこから情報の出し入れは自由です」
「そんな面倒なことをせずとも、貴様の力量ならば正面から王都の門を打ち砕き、王宮の門を吹き飛ばし、国王の寝所の扉さえ蹴り開けられるだろう」
本当、脳みそまで筋肉でできてる人ってのは、どうしてこうも力技で全て片づけようとするんだろうな?
「その後の国どうするんですか? ここは周辺国と巨人っていう脅威を共有してるから隣国からの侵攻なんてないでしょうけど、他はそうもいかない。国を潰すわけにはいかないんですよ」
「そんな小賢しいことを考えているから、今さらになって動いたか。阿呆め。あれが王子であった時に一発殴り飛ばしておけば早かったのだ」
「本当に、なんであなた方はそう王家に攻撃的なんですか?」
「…………わからんのか?」
「はい?」
「あなた方ということは、わし以外にもお前を養子にした家を回って同じようにさっさと復讐をしておけと焚きつけられたのだろう?」
「えぇ、まぁ…………」
それだけあの元馬鹿王子が無能ってことか?
クライネみたいに時期が悪かったってのは、全部の家じゃないだろうし。
「何故それだけ貴様を焚きつけるわしらが、動かずにいたのか、全く想像もつかんか?」
あ、これ下手なこと言ったら殴り倒されるやつだ。
って言われても、何処の家でも共通して攻撃的な理由?
土地も歴史も家族構成も何もかも違う家々だ。
あえて言うなら俺が回ったのは国王から遠ざけられた家。俺をさっさと切り捨てた王都の養子先にはさすがに話持って行ってないし。
他にも、俺の私見で計画漏らしそうだと思った人には言ってない。
うん? なんか目立つし邪魔だからクライネにつけて置いて来たダルフの顔がチラつく。
そして野放しにできないから連れて来た鼠の屍霊王が、ゴライトーア伯を同情するように見てやがる。
鼠にわかって俺にわからないってなんだよ? 共通点なんて俺が養子になったくらい…………あれ? そう言えばクライネが、俺が戻るの首を長くして待ってたって言ってたな。
「もしかして、俺を待ってたんですか?」
「国を出るくらいなら、我が家を頼らんかー!」
あー! 結局殴られたー! 平手だったけど痛い!
「貴様が馬鹿な茶番で国を追われたと聞いた時のわしの憤りがわからんか!」
「うぇ? 怒ってくれたんですか? 痛!?」
ってこれ、ダルフの時にもあったな。
下手なこと言うと殴られるやつだ。っていうか、聞き返しただけで殴られた。
「貴様はわしが、一度我が家に迎え入れた者を、容易く見捨てると思っていたのか、クヴェル?」
「お、思ってないです! もちろん、思ってないですよ! ですけど、その…………俺に、そこまでの価値って、ありましたか?」
だって、一国の王子と比べてでしょ?
「はぁ…………貴様はどうも他人との関係構築において、第一に利害を持ってくる悪癖があるな。まぁ、ヴァッサーラント以前の家がマジックアイテム扱いしたとは聞いているが」
「いや、どっちかっていうと雇用関係に近いと思うんですけど?」
「なんにしても、貴様は他人の好意を信頼しろ! 貴様の将来を思って送り出したことを後悔したわしの怒りは、国を見限るに値するとこのわし自身が断言するのだ!」
「え、…………あ、は、はい…………」
なんか、顔熱い。
…………マジか。
俺、国と天秤にかけてもいいくらいに思われてたとか、そんなの、想像できるわけないじゃん。
ほ、他の復讐勧めてた人たちも、俺のこと…………やめやめ! なんか深く考えると次会った時どんな顔すればいいかわからなくなる。ちょっと横に置いておこう! うん!
「全く、その歳になって言われねばわからぬとは。貴様はもっと大きく物事を考えろ。いっそ、わしらを踏み台に何処までも高みに登ろうという気概を示せ!」
「恩があるからこそ、そんな身勝手な考え思いつきもしませんよ」
「馬鹿者。こっちは身勝手に期待して送り出したのだ。お前が国盗りを行うなら乗ってやる。復讐で国を潰すならその後の土地は貰ってやる。欲しいと思ったなら思う存分行動をしろ!」
大きすぎるって否定しようと口開いたら、睨んで止められた。
いや、拒否ぐらいさせてくれよ。身勝手っていうか、押し強いの変わってないな。
なんて言えば落ち着けられる? いや、そう言えば俺もここに来たのは身勝手な理由だったな。
「この国に用はないですけど、欲しい者がいるんで、国を乱すとわかっていて迎えに来てるんです。俺はこれでも思うままに行動してます」
「そこで家出された弟子ではなく、思う相手一人国から奪うとでも言える気概があれば男もあがろうに。…………ヴァッサーラントも存外奥手よな」
「なんの話ですか?」
いきなり話変わってない? 大丈夫かこの人? 実はボケてるのか?
「クヴェルよ、今わしを愚弄する考えを持たなかったか?」
「イイエ、ソンナコト、アリマセントモ」
なんでばれた?
ここは話を本筋に戻そう。
「えーとですね、ということで王都のほうで騒ぎ起こすんで、それとなく王都近くのご家族は避難をしておいてください。それと、軍はガタガタにするつもりなんで、権威欲あるようなら、国の軍部乗っ取るのもありですよ?」
「む、あと十年早ければ考えたがな」
考えたんだ…………。
「そうだな、事後処理の人員を出して恩を売っておくか。砦を一つ新設する許可でも取れれば儲けものよ」
何処に設置する砦かは聞かないでおこう。この領地に入るための街道に置くとか言われたら、国とことを構える気満々じゃんって突っ込んじゃいそうだし。
突っ込んだらきっと手伝えって言われるし。
そういう大それたことしたいわけじゃないんだよ。
なんで大人しく隠居してたはずがこうなってんだろうな?
…………ヘンゼルとグレーテルが、泉に落ちて来たからだな。
そう考えると、悪い気はしないもんだ。
『果報者め』
鼠が図々しく俺の肩に登ってなんか言って来た。
だが、否定する気にもならないな。
俺が頷くと、屍霊王は面白くなさそうに小さな前足で俺の服を掻く。
『貴様の狙いどおり、魔術師長の成果のなさに国王が軍に捜索を命じたそうだ』
屍霊王は王宮の使い魔からの報せを告げた。
さて、ようやくか。
一カ月以上かかってしまったが、これでようやく下準備が終わった。
「それではゴライトーア伯、俺はこれで」
「全く慌ただしいことだな。…………わしが死ぬ前に、もう一度顔を見せろ。いいな?」
「それ十年以上先のことじゃないですか?」
「ふん! 褒め言葉と取っておこう」
いや、普通に本音だったんだけど。二、三年で死にそうには見えないって。
俺は下手なことを言わない内に、隠蔽の魔法で姿を隠すと、こっそり倉庫から抜け出して行った。
隔日更新、全三十七話予定
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