27話:義兄、仕込む
ヴァッサーラント家を出てから数日。俺は片目を瞑って使い魔と感覚を共有しながら洞窟を歩く。
『ここもだ…………。いっそ呆れかえるな』
そう吐き捨てるように言ったのは、使い魔と共に別行動をするクライネ。
クライネがいるのは戦場跡地を眼下に見る山の中腹。
同行者はダルフとヴァッサーラント家の領地から連れて来た魔術師たち。そして山を知る地元民の嚮導が一人。
『こりゃ、兵隊さんですなぁ』
『そうだな。身元わかるもんもねぇし、埋めてやろう。ちょいと手伝ってくれ』
『あい』
ダルフが嚮導に声をかけ、掘りやすそうな地面を探してクライネから離れていく。
クライネは嚮導が声の聞こえない範囲まで離れるのを待って、連れて来た魔術師たちに行動を起こすよう合図をした。
『さて、義兄どの。聞こえているか?』
「あぁ、聞いてるし見てる。嬉しくないが順調なようだな」
『そうか、貴兄は見えるのだったな』
そう言ってクライネは足元の死体を見つめる。
嚮導が言ったように、骨を晒す死体は兵士であったことを物語る武装だけが残っていた。
クライネは動きやすいよう乗馬服を身に纏ってはいるが、淑女と死体。なんとも釣り合わない様子だ。
『全く不甲斐ない。己の領地に手いっぱいで情報収集もままならなかった不手際がこんな形で見えてくるとは』
「上に睨まれても領地を保てただけ十分だろう。望みすぎて自分の首を絞めるなよ」
『ご忠告痛み入る。何処かの天才魔術師がいてくれたなら、領地の問題も数日で解決していたろうにな。私では数年かかって解決に至らなかったよ』
何も言わずに出奔したこと、根に持ってんなぁ。
俺がヴァッサーラント名乗ってたせいで割り食ったのは確かだから反論の余地はないんだが。
よし、話題を変えよう。
「あー…………クライネがわざわざ出向く必要はなかったんだぞ」
『ほう? この期に及んでまだ私を蔑ろにするつもりかね、義兄どの?』
話の振り方間違えた。
俺の目になってる使い魔を、睨み下ろす勢いでクライネが見つめてくる。
「そうじゃなくてだな。領主がこうも簡単に領地離れて大丈夫なのかって話だ。だいたい、ここの領主になんの連絡も入れてないんだろ?」
『入れてどうする? かつて脱走兵として死んだ元領地の人間を捜していると言うのか? まず領内への立ち入りを面倒がられる』
だからって、領主自ら戦力になる人間引き連れて秘密裏に動くのもどうなんだ?
『それに、この機を逃せばもう私は領地からやすやすとは離れられないだろうからな』
「昔はお父上がいたからこその遠出だもんな」
元義妹ってことで俺の養子先を宿代わりに旅行しまくってたもんな。
『今回は貴兄のお蔭だぞ? 何せ手を入れなければならない霊場は全て屍霊王の配下に任せておける上に、貴兄の弟子が暴れ回る中近隣の領地と諍いを起こそうという者もいない。屈指の傭兵を料金もなしに連れ回せるとなれば、この機を逃す手はあるまい?』
「ダルフと仲いいじゃねぇか」
『稼業となると案外厳しいぞ、あ奴』
クライネの声が一段低くなる。
俺が知らない間に何があったんだよ?
「それで、問題はなさそうか?」
『もちろんだ。我がヴァッサーラント家に無能はいない』
「そりゃ良かった。しっかり面倒見てやってくれ」
『言われずとも』
少しの哀愁を帯びたクライネの返事を最後に、使い魔との感覚共有を切ろうとすると、義妹が思い出したように言った。
『そう言えば、上層では義兄どのの名が良く聞かれたが、こうして庶民と話してみると、案外貴兄は知られていないようだ』
「なんだそりゃ?」
『貴族なら今回の弟子たちの暴走を義兄どのの復讐と考えるが、農民たちは魔女狩りで腹を立てた魔法使いたちの反乱と受け取っているらしい』
「国王周辺が情報統制もできてないってことか」
『農民が何を言おうと知ったことではないというところだろう』
そんな話で今度こそ仕舞いとして、俺は意識を洞窟の中に戻した。
と言っても、もう洞窟の入り口の光が見えている。
「さて、どんなもんかな?」
俺がいるのも山の中。
木々が邪魔であまり見通しは良くない。
ので、適当に風の魔法を放って枝を切り飛ばし、下生を刈り取る。
すると、隠れていたゴブリンが大騒ぎで逃げ出した。
あのゴブリン、俺が出て来た洞窟に住んでいた奴らだ。
いい感じに仲間同士固まって山を下りて行く。
「えーと、次は…………」
俺は同じように魔物の巣を襲って追い出し、山の下へと走らせた。
近辺の魔物たちを追い出すと、高い木に登り山の麓を一望する。
そこに、一匹の鼠が禍々しい気配を纏って現れた。
『ふむ、周辺の魔物は全て追い出したようだな、クヴェル』
「そっちはどうだ、屍霊王」
鼠の使い魔に封じた屍霊王は、小さな体で胸を張る。
全然さまにならない。
『わしがしくじるはずもなかろう』
「じゃ、なんでわざわざ亡霊連れてきてんだよ」
俺は鼠の後ろで禍々しい気配を発する女の亡霊を指差した。
屍霊王の支配下に入っているせいか、気配こそ禍々しいが攻撃的な様子はない。
『この体ではまともな屍霊術は使えん!』
「偉そうにするな!」
枝から鼠を叩き落とすと、器用に身を返して下の枝に着地する。短い足を忙しなく動かすと、瞬く間に俺と同じ枝に戻って来た。
その体使いこなしてるな。もう玉座の間に置きっぱなしの巨体、いらなくないか?
『亡霊を浄化する力はなかったが、貴様の手助けとなる仕掛けを施してきてやったというのに!』
「手助けになる仕掛け? 何しやがった?」
『その余計なことをしたという前提はやめい! あれを見よ!』
短い前足の代わりに長い尻尾で屍霊王が差すのは、山の麓にある村だ。
村の入り口は街道沿いに一つと、山側に一つ。
その山側の門には、魔除けよろしく吊るされたものがあった。
それは、屍霊王の背後に従う亡霊の躯。
街道ではなく山側に吊るしてあることから、見せしめではなく本当に魔除けのつもりなんだろう。
「うん? …………魔物寄せの魔法かけたな?」
山に登る前に見た時にはなかった躯に施された魔法。
どうやら屍霊王が亡霊を躯から離す際に、置き土産をしたらしい。
俺が追い出した魔物たちが麓へ向かう中、別々の群れだったものたちが寄り集まって大きな魔物の群れを形成していく。
向かう先は躯の吊るされた村だ。
「おいおい」
『滅ぼしてしまっても構わんのだろう?』
「…………まぁな」
村を守る壁はあるし、街道側は空いてる。助けを呼ぶ余裕はあるだろう。
『魔女狩り狩りとでも言おうか。派手に動き回る弟子と、誰にも気づかれずに始末する貴様と、どちら効率的かはわからぬな』
「効率なんて求めてねぇよ。知ってんだろう? 屍霊王」
『そうさな。復讐に効率など無粋よ』
ここは国境に近いが国境を越える道のない村。
つまり、辺鄙な田舎だ。
ヘンゼルとグレーテルも、さすがにここには来ていないし、派手な魔女狩りも行われてはいなかった。
だが、来てみればこうして被害者がいた。
「村を守る結界は、やっぱりその亡霊が?」
『そのようだ。村を守っていたはずが、村の外で魔物に襲われる者が出た途端に吊るされたそうだ』
無能の罰として吊るされた魔女の結界に未だ守られる村の人間。
魔女が死んでも結界は生きている。が、晒された躯がいずれ風雨に削られるように、結界も時を経れば劣化する。
この村が魔物に襲われるのは遅いか早いかの違いだ。
少しくらい早めても大した問題じゃない。
だったら、俺の復讐に使わせてもらおう。
「で? その亡霊の浄霊はどうやるんだ?」
『魔力をわしに回せ。そして少し声をかけてやれ。怨みから意識が逸れたなら、この貧相な体ででも送り届けるくらいはできるだろう』
俺は屍霊術に向いていない。
だが屍霊術を学んだことはあるし、理論や心構えならヴァッサーラント家の養子になっていた時、現役の屍霊術師たちから聞く機会があった。
「亡霊となる者には無念がある。肉体のみならず尊厳をも殺された心が無念を生み出す、だったか?」
その無念を確かに掴んで己に引き寄せれば使役ができる。
浄化するには無念を断ち切るために、尊厳を蘇らせろ。
そんな風に言った屍霊術がいた。
「お前は何も間違ってはいない。間違った者の言葉に惑わされるな。非道を受け入れる必要はない、囚われる必要もない。お前が受け入れるべきは己自身だ。己を見つめろ、肯定しろ。お前にもまだ奪われていな心があるはずだ」
亡霊は俺と目を合わせて、溜め息を吐くように声を漏らした。
『粗削りで乱暴、優しさもなければ慈しみもないが、なるほど貴様らしい』
おい、屍霊王。それ罵ってないか?
鼠は俺に尻を向けて屍霊術を使う。
屍霊王から放たれた白い靄に取り巻かれた亡霊は、何かに気づいたように上を向いた。
すると、白い靄に引かれるように上空へと移動を始める。
日の光りに白い靄が薄れていくに従って、亡霊の姿も薄れ、青空の中に溶けて消えていった。
「浄霊できたのか?」
『うむ、成功よ。比較的冷静な亡霊であった故に手間はかからなんだ。荒ぶっていてはこちらの声も聞こえぬからな。場合によっては下手に声をかけるだけで凶暴化もする』
そういうもんか。
屍霊術を学んだことはあっても、やっぱり実戦経験がないとわからない感覚ってあるな。
「俺もまだまだ経験が足りないな」
『ふん、その年で隠居する愚かさをようやく理解したか?』
「鼠が偉そうに言うな。ただ…………まだあいつらに教えてないことが多いなと思っただけだ」
『生きるからこそできる後悔もあるものよ』
「…………お前が言うと説得力がねぇよ、この不死者め」
言いながら騒がしい鼠に手を伸ばす。
肩にのぼったのを確認して、俺は次の仕込みのために魔法で枝から飛び立った。
隔日更新、全三十七話予定
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