26話:義兄、駄目出しをされる
「温い! 生温すぎるぞ! ぬっくぬくだ!」
何をするのか聞かれたから計画を伝えたら、途端にクライネがいきり立った。
「おいおい、隠居して丸くなりすぎだろ。もっと派手にやろうぜ」
そしてダルフは他人ごとで焚きつけてきやがる。
『貴様の力ならこの国を取ることも可能ではないか。それをそのような小事で復讐を終わらせるとは、『復讐鬼』の名が泣くぞ!』
「お前は黙ってろ」
そんな賜名泣こうがどうしようが知ったことか!
「先ほどから気になっていたが、その使い魔はどうしたのだ、義兄どの? どうやら貴兄の支配下に収まり切れていないようだが?」
「あぁ、屍霊術使う媒介のついでに作った使い魔で、今は屍霊王の意識封じてある」
『うむ。まさか首にまで戻れなくなるとは、迂闊であった』
鼠に固定するって言っただろうが。
言う割に怒ってないのは、フワフワヒラヒラに飾られた首よりましってところか?
「ほぉ…………。まさかこのような形で、我が祖先の国を滅ぼした屍霊王にお会いするとは」
クライネの試すような発言に、屍霊王はふんぞり返る。鼠だけどな。
ヴァッサーラント家はこの国ができる以前から存在する家で、屍霊王が縄張りにしてる城は元々この周辺を納めていた国の王城だった。
屍霊王とヴァッサーラントの祖先が色々あって、国は滅んだがヴァッサーラント家は存続したとか、養子になってる間に聞いてる。
『安心するがいい、可憐なるヴァッサーラント。わしの復讐は果たされた。今は、この者がわしの与えた名にふさわしい行いをするかどうかを見届けるためにいる。貴公に害意はない』
「それはそれは…………。我が義兄どのは本当に癖の強い手合いに好まれるものだな」
俺は思わずダルフを見る。
するとダルフはクライネを見た。
途端に作り笑いを張りつけたクライネから、クッキーを投げつけられるダルフ。
「淑女を不躾に見るものではないぞ?」
「…………ふぉーい」
クッキーを食べながらぞんざいに返事をするが、クライネはそれ以上何も言わなかった。
今のやり取りなんなんだ?
「さて義兄どの。どうせやるなら、あんちくしょうにもっと痛い目を見せる方向で行くぞ。ここで私の秘蔵コレクションを提供しよう」
クライネが指を鳴らすと、使用人たちが幾つも冊子を持って現れた。
人物名と共に綴られた中身を確認すれば、国王周辺の人物たちに対する調査報告と弱みとなりうる人間関係や過去の悪事の証拠が連なっていた。
「お、お前…………」
「言っただろう? やられたらやり返す。くっくっく、貴兄の帰りを私は首を長くして待っていたのだ」
うわー、やっぱり会わないままでいたほうが良かったんじゃないか?
めちゃくちゃ復讐のための準備整えてやがる。
クライネは敵に回さないようにしておこう。
「それと、義兄どのが養子となった家のいくつかは、国王に睨まれて領地に引っ込んでいる。彼らにも声をかけるべきだと私は思うが?」
「こんなことに巻き込むのはなぁ」
「一人でするなと言っただろう? そこはご本人たちから答えを聞くべきだ。まぁ、誰も貴兄の復讐を止める者はおらんだろうがな」
クライネの秘蔵コレクションを流し見たダルフは、冊子を放り出して俺を叩く。
「どうせなら、城の屋根吹っ飛ばしてみるってのはどうだ? 謁見の間の丸天井を、こうスコーンとよ」
「想像すると面白そうだが、するには仕掛けが必要だな…………いや、いっそ一度城に乗り込むか…………?」
『それでは顔を合わせてすぐさま国王とやらの首をスコーンと飛ばしたほうが早かろう』
何故か当たり前のように屍霊王まで話に加わり、どんどん復讐計画が大きくなっていく。
国王とその周辺を城ごと文字通り潰すにはどうすべきか、という話に至って、俺は待ったをかけた。
「さすがに話を大きくし過ぎだ。これじゃ、国家転覆計画だろうが」
「いっそひっくり返しても私は構わんぞ?」
「俺が構う! こんな国の責任なんて取りたくない! どうせ出て行くんだからな」
「ちっ…………」
クライネがなんか舌打ちした。
『ひっくり返した後は、わしが面倒を見てやっても良いぞ?』
「お前はそろそろ黙れ」
『ヂュー!』
机の上でクッキーを食べていた鼠を掴んで絞り上げたら大人しくなった。
クッキー取り込んで疑似人形を体内に作成し、俺の縛りを移そうとしてるのなんてお見通しだ。
「まぁ、話大きくするだけなら、外の国の目を招き入れるだけでいいからな。大きくし過ぎて狙いがぶれるより、最初にクヴェルが言ってたとおり、国王に恥かかせて軍部を機能不全にする方向でいいんじゃないか?」
派手にしろとか言ってたダルフが、傭兵らしく現実的な着地点を示した。
俺もできれば世話になった人たちには、俺が起こした混乱の後で美味しい所を掻っ攫ってほしい。そのために今は大人しくしていてもらいたいところだ。
「そう言えば失念していたが、義兄どのの弟子たちは大丈夫なのか? 準備のために足止めをすると言っていたが? 中々に厄介な勢力だぞ? 何処かで見つけたゴーレムを操って、虐げられた魔法使いとその仲間が怨みを晴らすため暴れている」
クライネの質問に、俺は意識を鳥の使い魔へと向けた。
上空からヘンゼルとグレーテルを監視する使い魔は、同じ場所を旋回している。
『ふむ、俗世にはかような魔法が生み出されておるのか。なんという巨体』
「覗くな、屍霊王」
「む、ずるいぞ。何を見ているのだ?」
「二人だけで覗き見してるなよ」
屍霊王が俺の感覚共有に横入りしたことを知って、クライネとダルフが騒ぎ出す。
「おい、屍霊王。お前が触媒になって見せてやれ。ダルフは全く魔法の才能ないからいっそ感覚共有の邪魔だが頑張れ」
『わしに面倒ごと押しつけおったな!?』
クライネとダルフが鼠の短い前足を握るのを見て、俺はヘンゼルとグレーテルの様子を窺う作業に戻る。
場所は何処かの街道。
遠望できる位置にある町では、ヘンゼルとグレーテルの襲来を見て、大慌てで人々が逃げ出している。
当のヘンゼルとグレーテルは、山のように巨大でありながら芋虫のようなずんぐりした形のゴーレムに乗って、街道に立ちふさがる二人組と対峙していた。
「義兄どの、街道にいるのはラミアのようだが、もしや?」
「あぁ。屍霊王の部下だったシューランという奴だ。あいつも一時的に使い魔にしてる。で、シューランの隣の鎧は屍霊術で使役してる魔物とでも思っておいてくれ」
『わしのトゲトゲコレクションの鎧ぃ』
青黒い光沢を放つ鎧に、屍霊王が拗ねたような声を出す。
いたる所に装飾的な棘が生えた鎧は、屍霊王の宝物庫にあった屍霊術に適したマジックアイテムだ。
屍霊王の城にいた動く鎧の上位存在と言っていい。
「声なんかは聞こえないんだな」
ダルフが何かを喋る様子のヘンゼルとシューランを見て呟く。
鳥の目で状況は良く見えるが、さすがに風を切って飛ぶ中で、地上の声は拾えない。
シューランと感覚共有すればいいんだが、そうすると今度は視覚が独特になるしな。
「報告されていたより、弟子たちの周囲にいる一派の数が少ないな」
クライネが気づいたか。
「これで襲撃は二度目だ。最初の襲撃でヘンゼルとグレーテルをほぼ負かしたような状態で退かせたから、勢いだけで従ってた一部が離反してる」
「はぁ…………。この一カ月好き放題にされていた我が国の不甲斐なさよ」
「嬢ちゃん、クヴェル国外に出すなんて判断した時点で、この国の評判地を這ってるぜ? 先王陛下も自分の息子とその周りの馬鹿さ加減に一回ぶっ倒れたし」
「軟弱なことだ。そこで倒れたから、みすみす義兄どのを取り逃がすことになるのだ」
おい、俺を犯罪者みたいに言うな。
なんて話してる内に、戦闘が始まった。
ヘンゼルとグレーテルが魔法を放って鎧を近づけないよう弾幕を張る。
正面から大剣を構えて走る鎧を、シューランが魔法で守って弾幕に穴を空けた。
鎧は上段に構えた大剣をゴーレムに叩き降ろし、重量と堅牢を誇るだろうゴーレムを欠けさせる。
狙うのは、虫のように幾つもある足。三回ほど切りつければ、足が一本取れてしまった。
「これはまた…………。城塞を体当たりで粉砕し、従軍した魔術師がどれだけ魔法を放っても足の一本ももげなかったと聞くが。何か仕掛けがあるのかね、義兄どの?」
「単にゴーレムの形から力のかけ方で脆くなるだろう方向を教えただけだ。後は、経験の差だな。どうせ距離を詰められたら対処できない」
実際、ヘンゼルとグレーテルは距離を取ったまま鎧を魔法で攻撃して、シューランに邪魔をされている。
距離を詰めればシューランの邪魔も入らないが、ヘンゼルとグレーテルは近接戦闘できないから鎧の前に立つなんて自殺行為だ。
もちろん、近接戦闘ができるシューランに近づくのも悪手ではある。
「む? ラミアが前に出たな? 今度は何をするのだ?」
「ラミアという種の本領は誘惑と堕落だ。屍霊術師のシューランの戦い方が特殊なんだよ」
クライネに説明している間に、シューランは鎧を囮にゴーレムの上に乗り上がり、ヘンゼルとグレーテルに従う魔法使いたちを幻惑し始める。
そうしてシューランの手に落ちた魔法使いたちはヘンゼルとグレーテルを攻撃し、仲間同士での争いの様相を呈した。
「えげつないな…………。義兄どの、あの二人は弟子なのだろう? 手心を加えてはやらないのか?」
「ラミアと戦うっていうのはこういうことだ。ヘンゼルとグレーテルは俺が提示した条件をクリアして出て行ったんだから、本当なら俺は手を出さないほうがいい。だから、やるからには実戦を想定した戦いを経験させるべきだと思う」
もちろん殺さないようには言ってる。て言うか嫁入り前のグレーテルの顔に傷つけたら、尻尾を三枚におろすと言い聞かせてあった。
…………が、なんかシューランが調子に乗って余計なことを言ってそうな雰囲気だな。
ヘンゼルとグレーテルが焦ったように叫んで特攻かましそうに見える。
「おい、シューラン。調子に乗るな」
『ひゃい! ご主人さま!』
突然背筋を伸ばして叫ぶシューランに、ヘンゼルとグレーテルは辺りを見回して新手を捜す。
「その慌てよう…………。本当に調子に乗ってたな? もういい、怪我させる前に退け」
『はい、ご命令に従います! 今日はここまでにしておいてあげるわ! ほーほっほっほっほ!』
だからなんで高笑いしてんだよ? それはお前の決め台詞みたいなもんなのか?
「何が実戦を想定だ。ただの過保護じゃないか…………」
なんかクライネが言った気がするけど聞かないふりをしておこう。
頷くなダルフ! いや、無視だ無視!
隔日更新、全三十七話予定
次回:義兄、仕込む




