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25話:義兄、漢を見る

 少女だったクライネが妙齢の美女になるほどの時間が経っている割に、領主館には目ぼしい変化はなかった。

 通された応接室は、かつて枢機卿の一団が押しかけて来た時となんら変わりない。


 あ、クライネが好きだった花が飾ってあるのは違いだな。昔は季節の花が飾られてた。

 今飾られてるのは、月光を飲んで咲くと言われる六つの花弁を持つ青紫の可憐な花だ。ムーンドロップと言って月の下では純白に輝く。

 一つで二度楽しめると、この花を咲かせるために魔法を習いたがったほどだったが、どうやら念願叶って咲かせられたようだ。


「いやー、それにしても嬢ちゃん綺麗になったなぁ」

「ふふ、これだよ、貴兄に足りないのは。こうした心配り一つで会話というものは円滑に進むというのに。義兄どのと来たら世辞の一つもないのだ」

「それはお前が口を挟ませなかったからだろう」


 ダルフと並んで座る俺は、正面のクライネに異議を申し立てる。

 が、聞いてもらえない。

 っていうかダルフも呆れたように俺を見るな! 本当に口挟めなかったんだよ!


 顔を知る使用人に給仕されてお茶を飲むと、廟での興奮を落ち着けたのか、クライネが思い出したように言った。


「念のために聞いておくが、霊場の悪霊について、貴兄は関わりなかろうな?」

「なんでそこ疑うんだよ?」

「怒るな怒るな。ちょうど義兄どのが追放された後だったのだよ。復讐鬼レヴァナントになったなどというあらぬ噂も立っていたしな」

「ならねぇって。…………悪霊が住みついてたのは、霊場から逃げ出したラミアに聞いて十日ほど前に知った。もう悪霊は鎮めたから、安心しろ」


 ガチャン、と音を立ててクライネはソーサーにカップを落とす。


「鎮めた…………? 名うての屍霊術師たちがさじを投げたあの悪霊を?」

「あぁ、攻撃手段が実体のある大剣だったし、ダルフが相手してる間に一発入れて正気に戻してな。そうそう。屍霊王の配下使って霊場も整えさせてる途中だから、一月くらいすれば霊場の乱れも収まるだろう」


 説明してやったら、なんかクライネを始め顔見知りの使用人たちまで肩を落とした。

 俺がいた頃からあんまり人員変わってないな。

 あ、ヴァッサーラントの名前で悪評立てられたから人離れたとかそういうことだったりするのか?


「義兄どの、本当にこれだけは言わせてくれ。…………もう一人でなんでもしようとするな! まずは誰かに相談しろ! 勢いで行動をするな! この何年も悪霊に頭を悩ませていた私たちが馬鹿みたいじゃないか!」


 鼻先に指を突きつけられて、俺はソファの背もたれに身を押しつけた。

 なんでダルフは訳知り顔で頷いてんだよ?


「こいつなぁ、霊場が大変になってるって聞いて、行く予定もしてなかったのにラミア捕まえて真っ直ぐ霊場に乗り込んでよ。ほぼ一日で解決しておいて、ここ来る気なんて欠片もなかったんだぜ?」

「はぁ…………。本当に他人と対話をしようとする姿勢がないな、貴兄は」


 なんでダルフとクライネ二人がかりで残念なもの見る目を向けられなきゃいけないんだよ!?

 クライネは俺を横目で睨みつつ、給仕が入れ直したカップに口をつけた。


「私は領主だ。領内での事件には監督責任がある。きちんと報告してくれたまえ、義兄どの。それで、我が領内で暴れていた不届きな悪霊はいったい何者だったのだ?」


 うーん、クライネに落ち度はないことだが、無関係とも言えないし。

 下手に負担増やすより、なんて考えてたら、クライネはカップを置いて俺を真正面から見据えた。


「義兄どの。今飲み込もうとした言葉、父上にだったらお伝えしていたことか?」


 え? こいつ読心術でも身に着けたの?


「もう一度言うが、今、この地を治める領主はこの私だ。領主であった父に言えたと言うのなら、今この場で、私にも嘘偽りなく言えば良い」


 クライネは怒りさえ滲ませた眼差しで迫る。

 その表情は何処か、先代領主を思わせた。


「一時妹であったとは言え、私を侮ることは許さん」


 何を言われても、領主という立場を忘れることはないと姿勢で示すクライネに、俺は自分を恥じた。

 確かに、かつての少女の面影と親しみから、侮辱ともとれる間違った気遣いをするところだった。

 負担なんかじゃない。今のクライネにとっては、事実を知ることが負うべき責任なんだ。


「悪かった…………。霊場を荒らした悪霊は、お前も知る相手だ。名は、クルト=クリーガー。クリーガー家の四男だった男だ」


 クルトとナイアが結婚した時、俺はヴァッサーラント家にいた。もちろん、二人の馴れ初めはクライネも知っているし、なんなら二人の結婚式にも俺と一緒に招かれた。


「何故、クルトは死んだ?」


 いくつかの推測を自分の中で整理したのか、答え合わせを求めるようにクライネが聞いて来た。

 俺はクルトの霊に聞いた話を伝え、聖女の祝福と、ナイアの死にも触れた。


「ナイアまで…………。しかも泉に戻っていないのか」

「…………まだあるんだが」

「聞こう」


 顔を顰めたままながら、クライネは自分の感情を横に置いて俺に向き直った。

 どうやら本当に俺の気遣いは、ただのお節介だったようだ。

 クライネは、確かにこの地を治める漢、いや長の顔をしていた。


「俺の弟子を名乗って国への復讐を目論むヘンゼルとグレーテルは、クルトとナイアの子供たちだ」

「…………そういう、ことか」


 いっそ謎が解けたとばかりにクライネは頷いた。


「義兄どのがあんな回りくどい方法で復讐など、騙りだろうと思っていたのだ。いっそ、弟子が詐称であるなら、貴兄から魔法を学んだ私こそが討ち取ってしまおうかとも思っていた。だが、魔法の使い方を聞き及ぶ限り、型にはまらないのはどうも本物のように思えていてな。こちらには来ないので静観していたんだ」


 基本的にヘンゼルとグレーテルは魔女狩りが行われていた地域を回っている。

 クライネが治める領地では、聖女が直接足を運んでいたことと、屍霊術師が身近にいる状況から、魔女狩りは起きなかったそうで、ヘンゼルとグレーテルは来ていない。


「義兄どのの名が独り歩きしていて、クヴェル=ヴァッサーラントの復讐代行のように思われているのだ。本質は兄妹本人の復讐だったわけか」

「俺はあいつらを連れ戻すために来た」

「だけかね?」


 そう聞くクライネの目は、期待に満ちている。

 いや、最初はそのつもりなかったけどな。腹が立つとかそういう次元越える理不尽なこと知っちまったし。ヘンゼルとグレーテルを止めるだけってのも違うなとは思ったけど。


 俺が腹の内で言い訳してると、ダルフから小突かれる。


「やるんだろ? なんでここにきて迷ってんだよ。なぁ?」

『チュチュー』


 おいダルフ、屍霊王と慣れ合うな。

 っていうか、屍霊王。そいつもお前倒した一人だぞ。仲良く顔を見合わせてるな。


「ふふふーん! では、やるのだな? 殺るのだな!?」

「落ち着け、クライネ!」


 間に挟んだテーブル乗り越えそうな勢いで迫ってくるな!


「貴兄に頭を下げてもいいと仰った先王陛下はもはやいない。あの愚か者が自らの非を認めて義兄どのに謝罪するなど天地がひっくり返ってもあり得ぬことだ。ならば! やるべきことは一つだろう!?」

『チュー!』


 おい、復讐鬼レヴァナントから屍霊王にまで成り上がった奴が共感してるぞ。

 それ以上はヤバいから落ち着けクライネ。


「まずは何にしてもこの国の内情を知りたい。ヘンゼルとグレーテルの安否は確認したんだが、魔女狩りはまだ続いてるのか?」

「いや、そのヘンゼルとグレーテルのせいで魔女狩りは終息状態だ。元より、この国の魔女狩りは常軌を逸していた。教会側からも沈静化を求める使者が王宮に上がっている」


 どうやら、聖女のほうから苦言がいったらしい。


「我が領のように魔女狩りが行われていない場所もある。が、逆に祭のように進んで領主や住民が魔女狩りに精を出す所もある。そういうところほど、生活が苦しい傾向があるように思う」

「日常の不満の捌け口にしてたわけか。だが、魔女狩りは教会が執り行っていたはずじゃないか? 聖女のほうから苦言が行ったんだろう?」

「魅了の魔法にかけられた一件から、国王は魔女狩りの成果を求めるようになり、佞臣どもが追従した。その佞臣に抱き込まれた聖職者もおり、国王が推奨すれば喜んで成果を報告する外道に成り下がったそうだ」


 あの元王子の馬鹿は、聖女の苦言さえ聞かなかったらしい。


「私が裏から仕入れた話だと、どうも宮廷の魔術師長が焚きつけているようだ。あの凡才は目ぼしい功績を上げられない己の至らなさを、在野の魔法使いから研究を奪い取ることで補っているとか」

「はぁ? どういうことだ、いや、ちょっと待てよ」


 俺は蜥蜴の使い魔と感覚共有を行い、刺客兄弟に事実確認を行う。


「なるほど、わかった。…………魔女狩りに遭った魔法使いを助けるふりして、研究を差し出させた上に、飼い殺しにしてる、か。だが、国の中で続発する魔女狩り全てに手を回してたわけじゃない。殺された魔法使いの研究が放置される事例も多発していたんだな」


 それをヘンゼルとグレーテルが手に入れている。そしてその魔法を使って今、魔女狩りを行った者たちに復讐していた。

 こういうのを因果応報っていうんだろう。


 俺が刺客を引き入れて同僚の一人を生贄にしたことを伝えると、クライネは拳を握って悔しがった。


「私が行く直前に!? あぁ! 少しくらい待っていてくれても良かっただろう、義兄どの!」

「なぁ? 俺も見損ねてんだよ。クヴェルの奴、気が利かないよなぁ」

『チュー…………』

「お前は黙れ」


 屍霊王を片手に握り締めて、クライネに魔女狩りの現状の続きを聞いた。


「魔女狩りをしているとヘンゼルとグレーテルに襲われ、魔女狩りを過去にしたとなっても襲われ。そうなると、新たに魔女狩りで刑を執行しようという者はいなくなってる。故に、虐げられた魔法使いたちは今や、貴兄の弟子たちを英雄のように奉っているそうだ」


 どうもその勢いに危機感を持った国王が、姿を現さない俺を国家転覆容疑で指名手配したらしい。

 なんでだよ。恩赦でも出して従う魔法使い引きはがすほうが建設的だろうが。


「十代の子供相手に一カ月でこのざまか」

「先王陛下の時代に有望と言われた者たちは領地に引き篭もっている。だから、今この国の中枢に残っているのは阿諛追従の徒がほとんどだ」


 つまり、若干名踏み止まる者もいるということか。

 ふむ、そういうことならやっぱり城を爆破するのはやめておこう。

 クライネも噛む気満々だし、なるべく流れる血は少ない方向で、それでいて今の国王に重傷を負わせるようなやり方がいい。


「さてはて、それで? どうするつもりかね、義兄どの? 貴兄の計画を開陳してくれないのかな?」

「本当に関わる気か、クライネ」

「おいおい、ここまでやる気の相手の気概を削ぐこと言うなよ、クヴェル」


 ダルフお前、昔からなんかクライネの肩持つよな?

 それで二人して俺をはめようとしてさ。本当に落とし穴にはめられたことあるけど。


「…………ったく。まずは地味な情報収集と布石を打って行く。そのためには時間が必要だ。だから、ヘンゼルとグレーテルの足を止める。もうそのための手は打ってある」


 って言ったら、ダルフとクライネが呆れたように顔を見合わせていた。


「なんだよ?」

「「一人でなんでもしようとするな!」」


 なんでかいきなり二人に揃って怒られた。

 本当仲いいなお前ら。


隔日更新、全三十七話予定

次回:義兄、駄目出しをされる

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