24話:天才魔術師、義妹に会う
「あー、ともかくお前らはツヴェルク連れて王都に戻れ。で、こいつ連絡係な」
俺は刺客兄弟に蜥蜴の使い魔を渡して指示を出した。
「魔術師長が隠蔽に動いた場合如何いたしましょう?」
「もう一人、生贄連れて来い。今のところ情報多くて困ることないからな」
「…………この者の狂態を人目に晒すよう仕向けます」
「あぁ、それでもいい」
刺客兄弟はツヴェルクを連れて姿を消した。
んだが、何処に行ったか確認するために蜥蜴の使い魔と感覚共有したら、なんか言ってる。
『あれは敵に回してはいけない』
『裏切ったとは言え、知人をこうも壊すとは』
『その上でなんの怨みも感じないあの冷えた目よ』
『人間になってみるかとは、どんな考えで言ったのだろうな?』
『諾々と使われるだけの道具に興味はなかったのだろう』
『復讐を終えたら好きにしろと言っていたが』
『ともかくあの者には近づかないでおこう』
『強者の側だと思っておくべきか』
『暗愚の王よりましだな』
『あぁ、あの者を陥れて怨みを買うなぞ昏君の極みだ』
あれー? 俺の評価がマイナスにひた走ってないか?
別にツヴェルクの奴、一生そのままじゃないぞ? ちゃんと、状況把握は曖昧にしつつ、自分が何を言ったか覚えてる状態で正気づくようにしてあるから。
復讐すると決めたからには、ちゃんと破滅してもらうつもりだ。
「お、ありゃ懐かしい顔が先頭にいるぞ。覗き見やめて見てみろよ」
ダルフに揺さぶられて目を開けると、俺たちの姿を捉えた騎馬隊が駆け足で近づいて来ていた。
先頭を走るのは、金色の波打つ髪を靡かせた、乗馬姿の美女だ。
俺と目が合った途端、湖面のような瞳が悪辣な笑みと共に細められる。
背筋に悪寒が走って身震いする間に、目の前まで来た騎乗の姫は傲然と俺を見下ろした。
「さて、何か言いたいことはあるかね?」
声をかける間に、後ろの騎馬が扇状に広がって俺たちをいつでも囲い込めるように配置される。
俺は騎馬の顔を全て確認して、疑問を投げかけた。
「…………領主さまは何処にいるんだ?」
湖面のような目を見開いて、ちょっと泣きそうに顔を歪めたかと思うと、声を放って笑い始める。
「あははは! ずいぶんと大々的に喧伝したはずなのだがね? どうやらその耳には届かなかったようだ。いったい何処へ行っていたのだか。その様子ではダルフも知らぬと見える」
「おう、嬢ちゃん。久しぶりだな。クヴェルの奴はそこまで遠くには行ってなかったが、なかなか辺鄙な場所に居やがったぜ」
ダルフの答えに肩を落として、改めて俺を見据えた。
「答える前に一つ聞こう。何をしに来た、追放者?」
「迷惑はかけない。すぐに領地からは出て行く」
「まぁ、待て。別にここに来たことを責めはしないさ。私と君の仲じゃないか。なぁ…………義兄どの?」
「クライネ、もう俺はヴァッサーラントから出ている」
「何、一人娘の私のちょっとした趣味だ。兄と呼べる存在など、貴兄しかいないのだからな」
悪戯そうに笑うのは、クライネ=ヴァッサーラント。
俺がここの領主であるヴァッサーラント家に世話になっていた間の、義理の妹だ。
妙齢になった今、以前は総領娘として気を張って使っていた言葉遣いが板についている。
「義兄どの、暇ならつき合ってもらうぞ」
「何処へ?」
「何、ちょっとした墓参りだ」
クライネが片手を上げると、素早く馬を降りた騎士が俺に馬の手綱を寄越す。
「…………亡くなられたのか?」
「何処にいるとも知れぬ義兄どのには、報せるすべがなかった」
馬に跨って視線を合わせようとすると、クライネは目を逸らして馬首を返した。
馬を並べると、クライネは父である先代の死について語り出す。
「義兄どのが追放された後、私たちもできる手を打ったが、如何せん、当時は王都に伝手が少なかった。その中で、父が病に倒れ、先王陛下も倒れ、霊場に妙な悪霊が住みつきと、手いっぱいでな」
「あの旗を使っているということは、継承は問題なかったんだな?」
俺の質問に、クライネはわざとらしく笑ってみせる。
「義兄どのが、屍霊王退治の功を我がヴァッサーラント家に押しつけてくれたお蔭でな。女の私でも周りに反対されることなく、こうして女領主を務めさせてもらっている」
「押しつけたも何も、最初から養子となる時に立てた手柄はヴァッサーラント家に帰属するという契約だった」
そしてその貢献を足掛かりに、ヴァッサーラントからさらに上の家に養子として紹介され、国内を転々とした末に、俺は平民出身ながら宮廷魔術師となれた。
「全く、貴兄は華やかなりし宮廷に赴いても、その情緒のなさは変わらんな。素直に我が父のお蔭だとでも言ってはくれまいか。…………父上は、病の床でずっと捜していたよ」
しおらしいクライネなんて珍しい。いや、それだけ先代の死を悼んでいるのか。
「その…………すまん…………」
「おやおや、殊勝にも謝罪をするなら死者の寝床へ赴いてからにしてくれたまえ」
鼻で笑われ、騙された気分になる。
しかも続くのはお小言だった。
「だいたい、何処へ行くとも誰にも言わないその言葉の足らなさこそ、父上は憂慮していたのだぞ? 私も散々忠告したのをお忘れかな?」
忘れるわけがない。俺をコミュニケーション能力が低いと言い続けたのはこの義妹だ。
「一つのことにしか集中できない上に、集中してしまえば目の前のことでもなんでも見落とす。頭は悪くないから後から考えれば全体を正確に把握できるというのに、思ったことを不用意に口にすることもままある」
「おい…………」
「全く会話を楽しむということができない男だよ、義兄どの。コミュニケーションに必要な場を読む勘も、即応力も欠如しているんだ。しかも気遣うセンスが鼠の手より小さい。なけなしの気遣いも相手に伝えるという当たり前のことを怠って今日まで姿を見せないありさまだ」
「おい! いつまで続くんだそれは!?」
「夜明けまで尽きないこと請け合いだ。それだけの間、放置していたことを十分に悔いてくれたまえ」
うぅ、こいつ口の回りが良くなってないか?
同じように馬に乗ってついて来てるダルフは、そ知らぬふりで並んでこないし。
「さて、お喋りをしている内に着いたぞ、義兄どの。ダルフ、ここからは少し家族で話がしたい」
「あいよ。俺は外で待っておくさ」
丘の上に立てられた廟の前で馬を降りると、何故か俺だけにされた。
恨めしい思いを込めてダルフを振り返るけど、うるさそうに手で追い払われる。
「父が病に倒れた後、私は名代として先王陛下に呼ばれたことがある。その際、貴兄を捜し出せる人物について聞かれて、あのダルフを推した」
なるほど。傭兵なんてやってた奴に、どうして国王が声をかけたのかと思ったら。
俺はクライネと並んで白い化粧石で飾られた廟の中に入る。
中には歴代の当主を修めた石棺が並び、一番新しい物が廟の中央に据えてあった。
「父上、今日はお喜びいただける報告を持ってまいりました。不肖の義兄どのがようやく顔を見せました。どうも迎えに行かなければ便り一つ寄越す気はなかったようですが」
肩越しに振り返られて、俺は顔を逸らしてしまう。
そんな不自然な姿勢のまま、元義父の石棺の前に立った。
「最後まで、迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「もう少し気の利いたことは言えないのかね?」
「あいにく、俺は言葉が過ぎる上に足りないようだからな」
「はは、へそを曲げてくれるな、義兄どの。どうせなら一つ、私と父と答え合わせをしてくれないか?」
さて、なんの謎かけだろうな。
クライネは腹に一物抱えた笑みを浮かべている。こういう時、下手なことを言うと足元を掬われていた。
が、死者を引き合いに出されては断れもしないか。
「先王陛下に呼ばれたと言っただろう? その折、私は義兄どのとの仲介をするよう言われた。くだらない恋愛ごっこの末に冤罪をかけられ、辱められ、職も名誉も奪われて追放された義兄どのが、許すと言うように説得しろとは、なんとも無茶を仰る」
お、おう。先王陛下、人選間違ってるぞ。
「なのでな、私は貴兄が言いそうなことを考えた。単純にして難解な義兄どのなら、まずは謝れと言うだろうとな。たとえ相手が王族であっても、だ」
「それ、先王陛下に直接言ったのか?」
「もちろん。言葉は選んだがね」
うわー、領主の継嗣でしかない上に、王都でこれと言った地位もないのによく言ったな。
クライネのこの豪胆さは、正直すごいと思う。しかもそれが少女の頃から二十も半ばの今までぶれていないというのもすごいな。
「先王陛下の返答は、自らが頭を下げようと言うものだった。…………良かったな、義兄どの。少なくとも先王陛下は貴兄の才能を認められていた」
「俺と関わりのある奴らの目を考えれば、一国の主ならそれくらいの判断はできるだろ」
「後継者の頭は如何ともし難かったようだがな」
「お前、他に誰もいないからって、臣民が言うな」
そう注意した途端、クライネの目から笑みが消えた。
目から消えただけで、その口は笑みを浮かべてる。が、その笑みは本心を隠すための見せかけだった。
「全くあの行動力だけはある愚か者には困ったものだ。我がヴァッサーラントの名で義兄どのの悪評を流してくれたお蔭で、当時の義兄どのの養子先ではなく、我が家が後ろ指を差されることになったのだからな」
「そ、そうか…………。すまん、大変だったろう?」
「いやいや、愚者に追従する無恥な輩などなんと言うことはない。だがな、王都での足場にしていた義兄どのを廃されたお蔭で、私の社交界での立場まで潰された。その上、適齢期を婚約者の一人もいない侘しい暮らしを強制された上に、今を以てしても婚姻の目途が立たん!」
「…………え?」
「我が家はもはや存亡の危機だ! 愚か者の恋愛ごっこのせいで! なんと滑稽! なんと奇怪! 私の人生設計を一番大事なところで無茶苦茶にしてくれたのが、今や国王だ!」
俺が何も言えなくなっていると、クライネは天に向けていた掌を返して俺を指す。
「父上と言っていたのだ! もはやこれだけ捜して見つからないよう隠れた義兄どのがこの国に現れることがあったなら、その時は揺るがぬ目的を持ってのことだろうと!」
「あ、あぁ、まぁ…………」
「どんな目的であれ戻ったからには因縁は避けられん! ならば、我が家にまで迷惑をかけたあんちくしょうに報復を! 仕返しを! 復讐を! そうだろう、義兄どの!?」
「えー?」
「えーじゃない! やられたらやり返す! 男を見せろ、クヴェル=ヴァッサーラント!」
もうお前の怨みじゃねぇか!
本当、なんでこいつが俺の心配してたなんて嘘吐いたんだよ、ダルフ?
この負けず嫌い、会わない間にパワーアップしてんじゃねぇか。
騒がせてすみません、先代領主。
けど娘の教育、間違ってませんか?
俺はその後、ヴァッサーラントの領主館に連行されることになった。
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