23話:復讐鬼、生贄を手に入れる
予定を変更してさらに五日霊場に滞在するため戻ったら、ラミアのシューランに泣いて嫌がられた。
比喩じゃなく、泣きやがった。
屍霊王の部下たちが口を揃えて生きた心地がしないとか言ってたが、お前らほとんど死んでる魔物だろうが!
『仕掛けは上々よ、じゃなかった、チュー』
「お前、その鳴き真似すれば許されると思うなよ?」
完全に屍霊王が体代わりにし始めた鼠の使い魔が、報告に現れた。
調子に乗らない内にもう一回脅しておこうかと思ったけど、今の会話聞いたリッチとヴァンパイアが、どうしていいかわからないって衝撃顔してたからやめておく。
なんか、鼠になって鳴き真似までする屍霊王に、ムゴイものを見たような目をしてた。
屍霊王、お前知らないところでたぶん、評価が急降下してるぞ?
「ダルフ、俺は先に行くぞ。そこ片づけてから来い」
「お、ようやくか? お前にしちゃ、地味なことばっかりやってるから暇だったんだよ」
俺をなんだと思ってるんだ? 地味に隠居を選んだ男だぞ?
後、暇って言う割には嬉々として動く鎧を相手に稽古つけてたじゃねぇか。お蔭で屍霊王の城にいる鎧どもがベコベコだ。
昔は束で来られると逃げるしかなかった相手だったって言うのに。
『む? わし以外の使い魔を連れて行くのか? いや、どの使い魔もわしであることには変わりないがな、チュー』
「もう面倒だから、お前は鼠に固定な。他の使い魔に取り憑けないよう制限かけるわ」
『な、なんだと!? チュー!』
「俺がそのふざけた口調を我慢してやってる間に黙れ」
静かになった鼠とは別に蜥蜴の使い魔を連れて、俺はまた霊場を歩いて出て行く。
今度は湿地帯から林を抜けた先の草原に、俺を待ち受ける奴がいた。
「クヴェル? クヴェルじゃないか! 本当に戻って来ていたんだな!」
親しげに声をかけて来たのは、派手な装飾品で飾ったローブを着た、かつての同僚ツヴェルク。
うーん、こいつこんなに額の広い奴だっけ?
「わ、私のことを、覚えてはいないか? あ、この服が見慣れないのかな? 私は今、宮廷魔術師兼、公爵家継嗣の魔法指南役を仰せつかっていてね」
「覚えているさ、ツヴェルク。今さら俺に何か用か?」
「…………あ、あぁ、その、私は…………」
立派な肩書に無反応なのが意外だったのか、ツヴェルクは言い淀む。
そう言えば、こいつには魔術師長になるとか言ってたからな。
さすがに冤罪で追放された国の地位なんて、今さら欲しがらないし羨みもしないぞ?
なんて思ってたら、ツヴェルクはいきなり頭を下げた。
「すまなかった、クヴェル!」
「それは、何に対しての謝罪だ?」
「はは、相変わらず君は手厳しいな。もちろん、君が追放なんてされることになったあの冤罪劇でのことさ」
ふーん、冤罪の上に、劇、ね。
「言い訳にしかならないのはわかっているが、あの時は、仕方なかったんだ。王子やその周辺のお偉方に睨まれ、私は、偽証を強要されて…………」
ツヴェルクとは歳が近いこともあり、よく喋っていた仲だ。性格も知らないわけじゃない。そう言うだろうとは思っていた。
「私は何度も君に忠告をしたのを覚えているか? 魔術師長とは穏便に済ませて、事を構えるべきじゃないと。あの時、魔術師長も私たち宮廷魔術師に圧力をかけて来たんだ」
だから誰も逆らえなかったってか。
まぁ、そういう状況なのは当時からわかっていたことだ。
「冤罪をかけられた君からすれば、許せないだろう、受け入れられないだろう。だが、今さら復讐をしてどうしようって言うんだ? 無関係の人々まで苦しめるのが、君の望みなのか?」
「俺はまだ、何もしてないんだが?」
「君の弟子が今、この国で何をしているのかわかってて言ってるのかな? 村や町を襲って、軍と事を構えてこの国に戦火を広げているだろう?」
「別に俺がそうしろと言ったわけじゃない。復讐したいと言ったのはあいつらが先だ」
「そんな、無責任な! 今、君の弟子には凶悪な魔法使いたちが従って、被害を拡大させているんだぞ! まだ君が復讐をやめると宣言すれば、人々の大半は救える!」
さて、こんな所までこいつが来たのは、俺をどうしたいからなんだろうな?
「そこで、自分がなんとしても人々を救うとでも言えれば、お前にも見どころがあったのかもしれないな」
「何…………?」
俺の侮りを含んだ一言で、ツヴェルクの殊勝な態度は崩れた。
早ぇよ。
繕うならもう少し繕え。煽り耐性ないの変わってねぇのか? 変わってねぇんだろうな。
「お前は何も変わってないと言ったんだ、ツヴェルク。俺が宮廷魔術師してた頃から、理屈捏ねるばかりで実力が伴わない。そこで腕を磨く努力でもできれば弱いなりに認められただろうに、才能のなさを他人を見下すことで補おうとする卑屈さが、真面目に頑張るなんて当たり前のことさえできない半端者にしてる」
「な、な…………!?」
「つまり、お前は進歩がないんだ」
俺はツヴェルクが言葉に詰まる間に煽りの一言を口にした。
顔を真っ赤にして震えるツヴェルクは、すぐに言い返せずに悔しがってる。
いやー、この宮廷魔術師のお坊ちゃん気質を体現したような反応、懐かしいな。
ダルフならちょっと煽った途端に罵倒か拳が飛んでくるってのに。
こいつの反応で、言いすぎかどうかのラインを計ってた時期があったもんだ。
「…………君も、才に溺れて傲慢な振る舞いのつけが返って来るのは変わらないだろう!」
ツヴェルクは叫ぶとその場に身を伏せた。
途端に、俺を囲むように十の方向から光の板が押し包む。
円に近い形になって俺を封じ込めたのは、抗魔の指輪が形作る結界だった。
もちろん、俺はノック一つで無効化する。
「はぇ…………?」
顎が外れそうなほど口を開いたツヴェルクは、間抜けな声を漏らしたまま、草の中に寝そべってる。
さっさと近づくと、ようやく慌てて起き上がった。が、地面に膝突いた時にはもう俺は目の前だ。
こんな鈍い奴に教えられる公爵家の継嗣は大丈夫か?
「さすがにお前は抗魔の指輪を俺が作ったことを覚えてるはずじゃないのか?」
「お、覚えているに決まってるだろ! あれを横取りするよう魔術師長に進言したのは私なのだからな!」
あ、そうなのか? 今さら新事実。
まぁ、どうでもいいが。
「だったら、あれに製作者権限が付与されてることくらい想像しろよ」
「なんだそれは?」
「え? マジックアイテムに仕込む安全装置だよ。自分の作った道具で攻撃されちゃ堪らないだろ? 俺の魔力を流すと、抗魔の指輪は無効化するように術式に組み込んであるんだ」
「そ、そんな!? 卑怯だぞ、クヴェル!」
当たり前の安全策だろうが!
このくらいで卑怯なんて言ってたら、侵入者避けの罠を張り巡らせた屍霊王の城なんて処刑場みたいなもんだろ!
「はぁ…………。実戦経験ないお前らと、会話噛み合わないことままあったけど、この歳になってもまだそれかよ?」
合わねぇはずだよ。会話も性格も。
性に合わないことするなって呆れた顔馴染みたちを思い出しながら、俺は屍霊王の掌をツヴェルクの額に押しつけた。
「あれ? なんだ、もう終わったのか?」
遅れて来たダルフが、焦点の合わない目をしたツヴェルクを覗き込む。
顔を上げると、周りを見回して、確実に隠れている十人の居場所に目を向けた。
「あ、そうだ。刺客兄弟も出て来い。こいつは前後不覚にするから安心しろ」
俺の呼びかけに、隠れていた十人の黒衣が草原の中、湧くように現れる。
俺を狙った刺客の十人兄弟は、俺の偵察となることを了承した。
初仕事は、一番近場にいたこのツヴェルクを騙して単身ここまで誘き出すことだ。
「本当に一人なんだな。こいつ、なんて言って連れ出したんだ?」
ダルフの問いに、刺客兄弟の一番上が答える。
「魔術師長に報告する前に、顔を確認してほしいと。場合によってはその場で捕まえられるようマジックアイテムも所持している旨伝え、後は…………少々魔術師長の焦りや欲しがる手柄を吹き込んで、横取りしてはと唆したまで」
それでまんまと騙されるツヴェルク。やっぱり実戦経験のないお坊ちゃんだよな。
「それと、ずいぶんクヴェルどのへの劣等感を拗らせていたので、目の前で自らのマジックアイテムに捕らえられて悔しがるさまを見たくはないかと言ったら、存外あっさり」
「俺、こいつにそこまで怨まれることした覚えないけどなぁ」
『貴様は自ら口にした先ほどの罵詈雑言を覚えておらぬのか?』
「だから喋るなって。あと、言うほど罵ってないだろ?」
喋るなと言ったら屍霊王は黙ったけど、鼠の顔で不服そうにするなよ。器用だな。
「何言ったんだ、クヴェルの奴?」
「実力が伴わない、努力もできない、才能がない、卑屈、半端者と」
ダルフに答える刺客、確かにそこだけ抜き取ったら罵詈雑言だけど。
それ、客観的にツヴェルク評価しただけだからな。
俺が煽ったのは二回だけだから。
「おい、クヴェル。そいつブルブルしてるが、大丈夫か? このまま殺すのか?」
「おっと、やりすぎるところだった。…………おい、ツヴェルク。お前、公爵家の継嗣教えてるんだったよな?」
「えひゃひゃひゃぁ! あんな生意気なガキに、まともに教えるかよ! 公爵さまの前で失敗するように、間違った呪文教えてやったぜ!」
焦点の合わない目をグルグル回して、ツヴェルクは音の外れたような声で叫んだ。
「…………訂正します。先ほどクヴェルどのの仰った罵詈雑言と思しき言葉は、正当なこの者に対する評価でした」
だろ?
しかし、子供相手にまで何やってんだ。
足引っ張るところのある奴だったけど、俺が王宮にいた頃より悪化してんじゃねぇか。
「これも屍霊術か? なんでもそのまま喋っちまう感じか、クヴェル?」
「人間、心の中ってのは幾つかに区分けされてて、そう簡単に全部を引き出せるわけじゃない。理性の鍵で閉じられてる部分もあるはずなんだが…………。こいつ、ガバガバだ」
まぁ、王宮の中の勢力図は把握できたし、俺をはめた奴らの現状も知れた。
「これでいいか。どうせ俺に単身で挑む愚を喧伝する生贄だ」
「クヴェルどの、騎馬隊がこちらに向かってきます。すでに旗印が視認できる距離です」
刺客兄弟の三つ子の一人に言われてみると、確かに草原の向こうから近づいてくる旗印が見えた。
「あれは…………!」
「領主の旦那の印だな」
ダルフが言うように、あれは領主本人がいることを示す旗だ。
領内とは言え、なんで今ここで現れた?
え? 俺がいることばれてた? 挨拶もせずに滞在してたこと、叱られる、よなぁ。
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