20話:天才魔術師、名を賜る
行動を起こすことに決めた俺は、屍霊王の城に乗り込んだ。
途端に、城はパニックだ。
「死神が来たぞー! 皆逃げろー!」
「うるせー! 無駄に騒ぐくらいならさっさと霊場の回復に努めろ!」
魔法使いのローブを着た骸骨を怒鳴りつけ、俺は真っ直ぐ屍霊王の体を封印した玉座の間に向かった。
後ろについて来るダルフは怯える屍霊系の魔物たちを見回して笑う。
「懐かしいなぁ。あの頃は俺もお前も装備しょぼかったし、あのリッチやヴァンパイアには苦戦したよなぁ」
ダルフに名指しされた奴らが脱兎の勢いで逃げていく。
ここの魔物の厄介な所は、魂に直接攻撃できなきゃ、時間経過で復活するところだ。
…………なんでそんなのが俺のことを死神呼ばわりしてんだよ?
「玉座の間の入り口も封じてたはずだが、さすがに解除してあるか」
「あの、私たちもですね、自分たちの王をお助けしようとくらい、したもので」
「別に責めちゃいない。だから無駄に離れるな、シューラン」
なんで柱の陰に隠れた使い魔と話さなきゃならねぇんだよ。話しにくい。
先に入るぞ。
で、入った玉座の間の玉座には、相変わらず屍霊王のでかい体が鎮座していた。
んだが、封印半分くらい解かれてるな。
「今見ると、雑な封印だな。解かれるのも当たり前か。残ってる部分は聖女の力使って施した封印だけ、か」
ここの魔物じゃ相性的に解けなかったんだろう。つまり、俺が施したつたない封印はほぼ解かれてしまっている。
力不足だった頃とは言え、ちょっと悔しいな。
「何してんだ、クヴェル?」
「封印かけ直してる」
「ええー!? 待ってください、ご主人さま! 私たちが苦労してここまで解いたのに!」
「そうだ、ダルフ。どうせならその戦斧使わなきゃ解けないよう、封印に組み込んでやる」
「そうするとどうなるんだ?」
「ここの魔物に狙われると吹聴すれば、それ取り返したいなんて言う奴減るだろ」
「いいな、それ」
「良くないですよぉ! 死神のお友達が封印の鍵握ってるとか、もう屍霊王さま復活望めないじゃないですか!」
シューランがうるさいが、俺はさっさと封印の再設定を行った。
「よし、こんなもんか」
「なんか縄で縛られたみたいだったのが、檻に入れられたみたいになったな」
「あ…………あぁ…………。より堅固にぃ…………」
シューランが床に人間の両腕を突いて嘆いた。
うん、ぱっと見でも封印解いてやろうっていう意気込み折れる感じにできた。
前は技術的に未熟でできなかったが、今回は封印の自動修復もつけてる。寿命のない屍霊系の魔物相手にも長期戦行けるだろう。
ガタガタ音がして振り向くと、玉座の間の入り口に集まった魔法使いっぽい魔物たちがみんな新しい封印を見て膝から崩れ落ちていた。
「我らに死に等しき不条理な火力をぶっ放す魔法使いが…………不条理に磨きをかけて戻って来た…………」
なんか言ってるがまぁ、いいか。
「で、わざわざ喋れもしない屍霊王の所来て何するんだ?」
ダルフも気にしてねぇ。
「いや、ちょっとこいつの能力使いたくてな。封印から俺に術繋いで力を奪うか、手っ取り早くこいつの心臓でも引っこ抜いて触媒にするか…………」
「はいはい! ご主人さま、ちょーっとお待ちください!」
なんかシューランを先頭に屍霊王の部下たちが雪崩れ込んで来た。
「あ! せっかく開けた封印の穴塞がってる!?」
「くぅ、自動修復がついてて、穴の維持が…………!」
「屍霊王さま、どうか気づいてください! でなければ、御身がぁ」
「死神にこれ以上の辱めを受ける前にぃ!」
封印に群がって何してるんだこいつら?
使ってる術見るに、思念をどうにかする系統だな。そういう実体のないものってのは屍霊術の専門だ。
「もしかして、お前ら体越しに頭と連絡取れるようになってたのか?」
「う、えっと、その…………はひ…………」
シューランが噛んだ。いや、今それはどうでもいいか。
「だったら話が早い。ちょっと封印緩めてやるから繋げ」
「はい! ただいま!」
「いいのか、クヴェル? この体のほうでも頭使えるってことになると、屍霊王が二体に増えたことにならねぇ?」
「頭にはほとんど力行かねぇように斬ってある。そう簡単なもんじゃないのは、連絡取れていながら悪霊になったクルトを放置するしかなかったあいつらが一番知ってんだろ」
下手に封印を解けば、見境なく暴れる体にシューランたちがやられる。
順番を考えれば、こっちの封印を解くより頭を取り返すほうが先だ。
『ふむ、そのように取り乱してどうしたというのだ?』
「屍霊王さま! た、大変でございます!」
なんか、リッチの一人が屍霊王の声で喋り出した。屍霊王の体に声帯ないからなんだろうが、骨しか残ってないリッチにも声帯なんてないだろう? どうやって喋ってんだよ。
『見えぬが歯痒いものよ。そこにおるか、わしを封じた小賢しい小僧め』
「もう小僧と呼ばれる歳でもねぇよ。それに俺はお前と旧交を温めるために来たわけでもないんでな」
倒した時には気位の高い爺って感じだったが、ちょっと丸くなったか?
『くく、聞いておるぞ。国を追われ、何やら稚い弟子を使って国を荒らしておるそうだな』
「嬉しそうに事実誤認を語るな。っていうか、聖都に封じられてるはずのお前がなんでそんなこと知ってんだよ?」
『あの小娘が姦しく愚痴りに来るのだ』
「小娘って…………何やってんだよ、あの馬鹿! だから無理に理想の聖女演じるなんて後が辛いだけだって言ったのによ!」
『イメージ戦略に失敗したと嘆く小娘の声が、今のわしの無聊を慰める調べよ!』
「丸くなったかと思ったら、滅茶苦茶狡い趣味を見つけてんじゃねぇよ!」
屍霊王を怒鳴りつけたら、ダルフに肩を叩かれた。
「結局お前、何しに来たんだよ? 能力奪うんじゃないのか?」
「あぁ、そうだった。おい、屍霊王。二つに一つだ、選べ! この城の屍霊術関係の物品詰め込んだ宝物庫を、お前の権能で開いて差し出すか、俺にその権能を宝物庫の中身ごと奪われるかを!」
『強盗か貴様!? いや、世の強盗でもそこまで居丈高で恥を知らぬ存在ではあるまい!』
「知るか。あと、用が済んだら返してやるつもりだから強盗じゃねぇよ」
『お前は時と共に何か人として失くしてはいけないものをへし折ってどぶにでも捨てて来たのか!?』
なんか体のほうに指突きつけられた。
もしかして、意識繋いでると体の操縦もできるのか? それはちょっと面倒だな。今は都合がいいんだが、後で封印調整しとこう。
「いいから選べよ。どうせお前がそれじゃ使う予定ないだろ。前にここ来た時に壁に穴開けて中身は確認したし、数借りたいから扉開けたいんだよ」
『遠慮という言葉を知らんのか貴様!? あの小娘も愛され系元気っこを卒業しておしとやか路線に舵を切ろうとしているというのに!』
「そんな世知辛い聖女の近況とか聞きたかないわ! っていうか、お前元は復讐鬼だろうが! 聖女と慣れ合いすぎだろ! お前を魔物たらしめる怨念は何処いった!?」
指摘したら、なんかいきなり屍霊王が黙った。逆鱗にでも触れたか?
と思ったら、体のほうが手招きする。
『くれてやろう。手の甲を上にして差し出せ』
いきなり素直だな? なんか妙な真似したらぶった切ってやろう。
俺は左手を差し出し封印の中に入れて、右手で魔法の準備をした。
『害を与えし彼我の別なき狂える汝に名を賜う。復讐鬼と』
「あ!? てめぇ!」
賜名の光貴が輝き、俺の左手に新たな名が刻まれる。
『くくくく! これは貴様を害するものではない故に、その右手に講じた対抗策も意味をなさぬであろう? 光栄に思うがいい!』
「誰が思うか、この野郎! 嫌がらせに賜名とか、本当に人間以外の種族は何したいんだ!?」
お前で何人目だと思ってんだ!?
俺は右手に準備していた水の攻撃魔法で屍霊王を手首から切り落として封印の外に取り出した。
「やってくれた礼だ! こうしてやる!」
切り落とした屍霊王の手からさらに指を切り落とし、五本をそれぞれ核にして使い魔を作り上げた。
猫、狐、鳥、鼠、蜥蜴の五種は、触媒の性能が高いためか俺の予想以上のできになる。
『本当にやりたい放題か貴様は』
「おう、やりたいことできたからな」
俺の答えに屍霊王はまた黙ってしまった。
なんだよ? 今度は大人しく騙されてやらねぇぞ?
『その使い魔の目を一つわしにも寄越せ。それくらいの権利は主張しても良かろう?』
「こいつらこの国出る時には元に戻して封印の中に入れるから、目が使えるのは今だけだぞ?」
『構わぬ。わしが名をやったのだ。何を成すかを見てやろうと思うてな。最近忙しさにかまけてわしを放置するあの小娘も、行方知れずだった小僧の消息が知れるとなれば、わしを蔑ろにはすまい』
いや、聖女の気を引きたいとか仲良しか!?
「おいたわしや、屍霊王さま」
なんか俺の感想とは逆に、シューランたちは何故か目元を拭っていた。
聖都の大宝殿。
深奥の魔封じの間。
清浄な空気はそれだけで光り輝くように煌めき、一切の邪悪を滅する力を秘めていた。
「これ! 誰ぞおらぬか? 聖女の小娘を呼べ!」
真っ白でフリフリの繊細な布で飾られた台座の上で、頭に花を飾られた生首が騒ぐ。
周りを囲む磨き上げられた金属の祭具が幾重にも乾燥した生首の姿を映していた。
「今日は妙に元気だな? えーと引き継ぎ記録によ、る、と…………聖女さまへの不敬な呼称を確認。聖罰を検討されたし…………今も言ってたな。よし、聖罰!」
「ぎゃべべべべべ!?」
祭具が輝き生首こと、屍霊王に神聖な雷が放たれた。
すごく、雑に。
…………使い魔の感覚共有を応用して、本体の屍霊王の視界を盗み見た俺は、そっと感覚を遮断して、何も見なかったことにしたのだった。
隔日更新、全三十七話予定
次回:復讐鬼、暗殺者を送られる




