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19話:師匠、復讐を決める

 湿地帯の中には、屍霊術師が籠るための小屋が幾つか造られている。

 その一つを宿にして、俺は外で一人月を見上げていた。

 普段は霊障の霧で月さえ朧にしか見えないんだが、今はかつてないほど霧が薄い。ここで月を見られるのは今しかないだろう。


「おう、またボロ泣きしてるかと思えば」

「なんだそれ」


 小屋から出て来たダルフに茶化され、俺は不機嫌な顔を作って睨む。

 そんな俺を見下ろしたダルフは、勝手に隣に座ると少し考えるように黙った。


「…………クルトとあのラミアの使い魔契約に不備があったか?」

「ない。俺が仲介して結ばせたんだ。あっても俺のほうから改善できる」

「ふむ、だったらどうしてそんなに納得いかないって顔をしてんだ?」


 的確に心中を当てられ、俺は思わず自分の頬を撫でた。


「今ここにはお前と俺しかいないぞ、クヴェル。クルトに聞かせられないことならさっさと吐いとけ」

「…………お前は、本当に、なんでその見た目で」

「見た目は関係ないだろ。俺は眠いんだ。さっさと言え」


 聞く気あるのかないのか、どっちだよ?

 まぁ、ダルフの言うとおり、クルトに言えないことを考えてたんだがな。


「あいつ、このままじゃずっと悪霊のままかもしれない」

「どうしてだ? 屍霊術でどうにかできるんじゃないのか?」

「ナイアが、もうこの世界に存在しない可能性がある」


 ナイアは水の精だ。

 肉体が殺されても、その本質は泉に生じた集合意識。ナイアという個は消えても、水の精としての全体は残る。厳密には死がない存在だ。

 だが、大いなる集合意識を殺すすべを人間は持たなくとも、そこからわけられた脆弱な一片を消し去るくらいはできる。


「ナイアを魔女と認定した奴がそれなりの実力を持っていたら、ナイアという水の精を殺すために消滅させたかもしれない。だから、ナイアは泉に戻ってない可能性がある」

「ナイアが消えたこととクルトが悪霊であり続ける関連がわからん」

「聖女の祝福のせいで、クルトの魂が解放される条件にナイアとの再会が織り込まれてるんだよ。だからナイアと再会しなけりゃ、あいつは永遠にこの世を彷徨うことになる」

「おーい、それもう祝福じゃなくて呪いじゃないのか?」


 それ、聖職者に言うなよ?

 聖罰食らうぞ?


「どうにかできないのか、クヴェル」

「最悪、聖女を呼び出す」

「呼び出す? 聖都に会いに行けばいいだろ?」

「国家転覆容疑の男が悪霊を連れてか?」

「あー、国際問題とか、宗教問題起きそう。っていうか、聖都に悪霊連れ込む時点で、あそこの聖職者に満遍なく喧嘩売ってるな」

「だろ? だったらなんか理由つけて聖女本人呼び出したほうが早い。…………祝福を無効にする手段を、あいつが知ってたらの話だがな」


 正直、祝福を剥奪されるという実例は少ない。だいたいは罪を犯した者が罰としてされるものの、そういうことがあるのは生きた人間相手のことだ。

 死んで悪霊となってしまっているクルトに、そんな状態でもなおかかり続けてる祝福をどうにかできる方法を、俺は思いつけない。


 また月を見上げると、ダルフが硬い肘で俺の脇腹を小突く。

 いてーよ。


「まだ厄ネタあんだろ?」

「変な言い方をするな。…………ただ、色々腑には落ちないが理解しただけだ。あいつら、ヘンゼルとグレーテルの姓は、クリーガーじゃなくドルフだった」

「なんだ、ナイア浮気してたのか?」

「違う! だいたい、水の精は浮気するのもされるのも禁忌だ!」


 察しがいいのか悪いのかはっきりしろよ、お前!


「クルトは殺されて脱走兵にされたんだ。つまりは戦士なんて名乗れない罪人。だからその子供からもクリーガーという姓は奪われたんだよ」


 脱走兵なら戦に出ても恩給なんて出ない。

 遺されたナイアたちの生活は苦しかっただろう。


「しかも村の若い奴らを託されてたんだ。それが脱走兵で誰も戻らないとなれば」

「ナイアと子供たちは村の奴らから怨まれ、迫害を受ける、か」

「子供にも正体を明かしてなかったナイアが、どうして魔女として突き出されたのか不思議だったんだ。魔女狩りの標的になるのは社会に所属しないか、はみ出した者がほとんどだからな」


 夫もおらず、親類もいない母子という弱い立場だったからだと思ってたが、たぶん違う。

 夫や息子が帰らず、しかも脱走兵という不名誉な状況への鬱屈を、ナイアにぶつけた結果なんだろう。

 そして、幼いヘンゼルとグレーテルにも、その暴力的な悲哀はぶつけられた。

 だからナイアは俺を頼るよう幼い兄妹に言いつけたんだ。村にはいられないとわかっていたから。


「あぁ…………くそ!」


 俺は顔を覆って、地面に吐き捨てた。

 不条理だ、理不尽だ!

 クルトもナイアもヘンゼルもグレーテルも、こんな目に遭わなきゃいけない生き方していなかったはずだ!

 なんで誰もかれも不幸にされなきゃいけない!?


「あの二人だけは…………死なせて堪るか…………」

「頑張れよ、師匠」


 乱暴に頭を撫でてくるダルフの手を払って、俺は顔を上げた。


「ヘンゼルとグレーテルを回収して、さっさとこんな国出て行くつもりだったが、やめた」

「へぇ? どうするつもりだ?」

「復讐する」


 俺の言葉にダルフは口笛を吹いた。

 茶化してるのかと思って顔を見ると、呆れたような半端な笑いを浮かべてる。


「なんだよ、その顔?」

「いやー? この国終わったなぁと思って。お前がそう言うってことは、生半可なことじゃ済まさないつもりだろ?」

「当たり前だ。適当に魔法で吹っ飛ばして終わらせるなら、隠居する前にやってる」


 そんなの復讐にもならない。ただの腹癒せだ。


「復讐するなら、屈辱を、無念を、不名誉を、落胆を、悲嘆を全て返してやらなけりゃ気が済まん」

「おぉ、いっそ熱烈だな」

「あの馬鹿王子や周りの小物相手にやる気は起きなかったけどな。もう、この国全部対象に復讐してもいいかと思えた」


 ヘンゼルとグレーテルの母親が魔女狩りで殺されたことを、悼む気持ちはあったが復讐しようとまでは考えなかった。

 母親がナイアだと知った後は、やるせなさにヘンゼルとグレーテルの復讐を止めていいのか迷った。

 そして、父親のクルトまでこの国という土壌で生まれ育った人間の欲に殺されたと知って、もう、面倒だとか無関係の人間への被害がなんて、二の次だと思えた。


「クヴェルよ。お前、そういうとこだぞ」

「訳のわからない言いがかりで、俺を馬鹿にしたように見るな」

「いや、結局お前って、自分より他人のことに対してのほうが本気になるよなって」

「はぁ?」

「聖女と養子先丸抱えの屍霊王退治なんて、本当に面倒臭がってたらやらねぇっての。最終的に解決策捻り出すまで尽力してよ」


 俺だってやりたくてやったんじゃねぇよ。

 って顔したら、また馬鹿にしたように笑われた。


「だから、そういうとこだって。あーあ、本当お前って甲斐のない奴だよな」

「言いたいことがあるならはっきり言え!」

「そうやって知ってる奴が理不尽な目に遭ってると知って、怒らない奴がいるかよ?」

「捜せばいるんじゃないか? 痛!?」


 おい! なんで今殴った!?


「違ぇよ。お前が今、クルトたちのことを思って怒るように、お前が追放された時に怒ってた奴らがいたこと、少しは考えろっての!」

「…………え?」

「あー! だからお前は甲斐がない奴だよ、クヴェル!」


 そんな奴、いたのか?

 …………っていうか、この口ぶりからすると、お前、少しは怒ってたわけか、ダルフ?


 マジか。え、なんか落ち着かない。

 ダルフ、そういう奴だったか? もっとこう、ノリと勢いで生きてる戦闘馬鹿みたいな奴じゃなかった?

 俺が理不尽な目に遭って追放されたと知って、怒ってくれたわけ?

 …………この国離れるいい言い訳になったとか言ってたの、本気で国を出ようと思ってたからだったりする?

 そう思うくらい、俺の件で国を見限った、と。


「クヴェル…………俺になんか言うことないか?」

「なんか」


 痛! 本当にお前はすぐ手が出るよな!


「…………俺と一緒にいると、お前も国家転覆容疑かかるぞ?」

「ヤバくなったら自力で逃げるさ」

「何処まで付き合うつもりだ?」

「うーん、ともかくお前の弟子って奴らの面は拝みたいな」

「あいつら回収したら、俺はこの国出るぞ。…………お前が望むなら、一つ名を上げるための戦場を用意してやる」

「ほう、剛毅だな。だが、それはいらん。別にお前がこの国に復讐するのは止めないが、故郷を火の海にしたいわけじゃないからな」


 それってお前、何も得る物なくないか?

 いや、国宝借りパクして実質自分の物にしてる時点でおつりが来そうだけど。

 それ、俺がやるわけじゃねぇし。何か考えておこう。


「今度は蚊帳の外にならなきゃ、俺はいいんだよ」


 よくわからん呟きを漏らして、ダルフは別のことを聞いて来た。


「それで、この後はどう動くつもりだ?」


 俺は月明かりに浮かぶ岩山を見上げた。

 屍霊王の城を頂に乗せた霊場の中心。悪霊の鎮静化を知って、炎ではない灯りが夜にも拘らず盛んに行き来している。


「ヘンゼルとグレーテルの居場所掴むだけならシューランにやらせようと思ったが、もっと数がいる。あと早さも欲しい」

「使い魔的なことか?」

「それもあるが…………、さて、何処まで広げたものかな」

「クヴェル、お前今、屍霊王よりもずっと悪人みたいな面してるぜ」

「うるさい。やるからには何処で畳むかも考えてやらなきゃ、後が面倒なんだよ」


 まずは魔女狩りの現状を改める必要がある。それと、あの王子が国王になってからの評判と情勢の変化。軍の内情も調べたいところだ。できれば国内の様子は自分の目で見て確かめたい。

 そのためには、使える手駒が必要だ。


「最初は、屍霊王に会いに行く」

「はは! どうするつもりか、今は聞かないでいてやる。お手並み拝見と行こうか」


 予想外だったらしく、面白がるダルフに肩を竦めて立ち上がる。

 今は、明日のために休養が必要だ。


 少し遠回りをすることになるが、ヘンゼルとグレーテルを迎えに行くついでに、俺は積年の恨みを晴らすことに決めたのだった。


隔日更新、全三十七話予定

次回:天才魔術師、名を賜る

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